僕らが知っていればいい 花言葉ってのは聞いたことがある。紳士的な初老の微笑みとともに差し出された赤の意味はなんだったか。愛だか欲だかだった気がするが、まあ覚えちゃいない。何の問題もない。
そもそも、誰が言い出したのか。神様がこんなもん決めるわけがないから、決めたのはどこぞの人間だ。勝手に名前をつけて、勝手に意味までつけるなんて。なんともまあ、大層なこって。
で、存在する以上、それを有難がるヤツはいる。オレに贈られてくる花束にはきっと全部に気持ちが込められているはずなんだ。オレが知らない以上、それに意味なんてないんだが。
その意味を囁くやつだって、もう何も言えずに足元に転がってる。じわじわと広がる血がカーペットを侵食して、薄紫の花びらを汚していた。
「ファング、おつかれさま。あー、またこんなに汚してる……」
「うるせーな。いいだろ死んでんだから」
「探しものがあるときは別だよ。血まみれの遺留品を持ち歩くのって嫌なんだ」
そうやって家探しを始めるクローをオレは止めたくなる。整った調度品を乱したり、迷子みたいに視線を彷徨わせたり、必要なら床に這いつくばったり。そんなもんは下っ端にでもやらせとけって思うけど、現チームだとオレたちが一番下っ端だから何も言えない。どうやらセンパイ方がヨロシクやってくださったようで、屋敷は完全に沈黙したと連絡が入っている。オレもクローも完璧に気を抜いて、雑談なんかをしながらチップを探していた。
「あ、また花を贈られてる。ファングに花って死ぬほど似合わないのに、なんでだろうね」
「バーカ。ガキにはわかんねえ気品とか色気とかがオレには備わってんだよ」
きょとんとしたクローの顔。このガキにはたまにジョークが通じない。
「なんで花なんて贈りたがるんだろうね。こんな、すぐに枯れちゃうもの」
「ああ、なんだか花言葉がどうとか言ってたな。こんなの、言ったもん勝ちだってのに」
軽口を叩きながらも仕事は終えた。わざとじゃないけど、踏みつけた花びらが一枚ぺたりと靴底にこびりついていたのに気がついたのは、ベッドサイドで靴を脱いだときだった。
***
「ファング! 見てくれ!」
嬉々とした声に揺り起こされて、最初に感じたのは腰の重みと甘ったるい匂いだった。横で眠ったはずのクローはラフな格好をしていて、その手の中には花が咲いている。
見た目だけなら、本当に似合うのに。なんだか胸がざらついた。拳銃を握った手で花に触れたって、誰も咎めやしないってのに。
何が面白いんだ。そう問えばクローは満面の、年相応の笑みでオレの応える。
「見たことのない花だろう? きっと誰も知らない花だと思うんだ。ファング、知らないでしょ」
「……いや、オレは知らねえけどよ……」
誰かしらは知ってるだろ。思ったけど口に出せなかったのは、その目があまりにもきらきらとしていたからだ。一ヶ月に一度のお祈りの日、シスターから手渡される焼き菓子を小さな胸に抱くような光。
オレが思ったことはクローもわかってるんだろう。君が知らなければいいんだよ、とクローは嬉しそうに目を細める。
「僕も知らない。ファングも知らない。だからね、僕らで名前も花言葉も決めちゃおうよ」
そう言って、クローは意味のなさない言葉をむにゃむにゃとつぶやきはじめる。あーでもない、こーでもない。その音はデタラメで、名前ってのは耳に馴染む言葉で出来てるんだなって感心してしまう。
「……名前はあとでいいや。それでね、この花の花言葉は『死ぬときは一緒』ってことにするから」
そういって、見たこともない花を目の前に突きつける。噎せ返るような匂いと色彩が脳に訴えかけてくる。
死ぬときは、一緒。
なんだか、この花に相応しい言葉のような気がしてくるから不思議だ。クローは可愛らしく小首を傾げて目線をこちらに向けてくる。甘ったるい匂いと甘ったるい表情、その二つに似つかわしくないギラギラとした目。
「……受け取って?」
躊躇なく花を摘む子供の笑みだ。ただし、本質が決定的に異なっている。やってることは無邪気そのものなのに、足元に染み付いた赤銅色が綺麗なままでいることを許してくれない。
「……宝物にしてやるよ」
そういって受け取った花は死に向かって刻々と歩き始めている。少しでも長く生かすために水をやろう。そこまで考えて、ここにそんな命を繋ぐ器はないと気がついた。