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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    タケ漣ワンドロ7「空」(2019/07/12)

    ##タケ漣ワンドロ
    ##クロファン

    空想的絵空事「猫が飼いたい」
     どんな状況だろうが判断に迷いのないファングでさえ、この気の抜けきった空間に響いた声、その内容が理解できなかった。
     時刻は二時で、先程食べたチキンステーキとロブスターが胃の中から眠気を誘っている。場所はと言えば組織の根城であったから、ここに攻めてくる敵の事は――想定しておけとは言われているが――誰も考えてはいないだろう。ファングとクローも例に漏れず、少しだけ警戒はしつつも、それ以上に油断していた。そんななかでの一言だ。ファングが反応しきれてない以上、その声は音と言っても差し支えない。
    「猫が飼いたいんだ」
     ファングが言葉の意味を理解していないと感じたクローが、同じセリフを口にした。そこでようやくファングは内容を理解するが、言葉を捉えてもそれはファングの喉元に咀嚼できない疑問になって、二の句を次ぐための空気を濁らせる。
    「……オマエが? 猫を?」
     疑問はもっともだが、それに同調する声はない。なんせ、この空間には二人っきりだ。ファングの中でクローは「思考回路のよくわからない、それなりに冷徹なクソガキ」だったため、猫を飼うという献身的かつ慈愛的な行動が、この小柄な同業者とうまく噛み合わなかったのだ。
    「そう。僕にはね、ちょっとした夢があるんだ」
    「夢」
     復唱。夢、だなんて。自分たちの置かれた境遇では犬に喰わせる価値すらない。そんなもの、少しでも見たやつから死んでいく。
    「たんなる願望だよ。でも聞いて」
     聞いて、と言われて断る道理はなかった。そういうとき、ファングはクローに流されるがままでいることを好んだ。彼の意味不明な思考回路から繰り出される言動は大抵が心身ともに疲労を伴うものだったが、それ以上に退屈を嫌うファングはこの愉快な生き物に振り回されることを良しとしている。そうやって、受け入れてきたワガママや熱や興味や欲がいくつもあって、そのいくつかに少しずつ絆されていったことを、当の本人たちだけがわかっていない。
    「猫が飼いたいんだ」
    「それはもう聞いた」
     繰り返す会話は退屈だ。退屈は嫌いだ。続きを促すファングに気づいているのかいないのか、マイペースにクローは口にする。
    「それでね、その猫は銀色の毛並みで金色の目をしているんだ。本当は赤目がいいんだけど、ウサギじゃないからね。……ん、そっか。ウサギでもいいかもしれない。だけど、ウサギって感じじゃないから……」
    「おい、オレを置いて話すんならオレは寝るぞ」
    「それはダメ。うん、やっぱり猫に決まりだ。赤い目じゃないのは残念だけど、きっと銀には金色が似合う」
     そういって、気がついたようにニコニコと笑ってみせる。笑顔だけなら、いや、顔だけならとびきり可愛い。ただそれに中身が伴ってないのだと、ファングは内心ため息をつく。
    「猫だろうがウサギだろうがネズミだろうが、なんだっていい。んなもん飼って、どうするつもりだ」
    「ネズミは飼わない」
    「ものの例えだ。バカ」
    「僕はバカじゃない。ファングのがよっぽどバカだ」
     僕は読み書きができる。そういってクローはむくれてみせた。その年下らしい仕草ですら冗談に見える。
    「ああ、バカでいい。わかった、わかったからそれで? どうしたいんだ?」
     こういうとき、ファングは取り合わないことに決めている。何度も言うが、繰り返す会話は退屈だ。ファングが諦めたようにクローの言い分を受け入れると、そのたびに彼は上機嫌になる。双方、これが甘えであると知っている。
    「ふふ、それでねファング。僕は猫に『ファング』って名前をつけるんだ」
    「…………は?」
     幸せな未来を思い描くように、うっとりとクローは口にする。対して、ファングの胸中は穏やかではなかった。
    「……畜生にオレの名前か? ずいぶん贅沢な猫じゃねーか」
    「ネズミじゃなくてよかっただろ? それで、やっぱりウサギも違う」
     猫だよ。と、クローは口にした。ファングは苛立った。しかし、それは弱く小さな生き物に自分の名前がつけられ、挙げ句それを愛玩動物としてクローが飼うことに対する苛立ちではなかった。

     『クローの未来には自分がいないのではないか』

     無意識だった。しかし、意識の外にある憂鬱を拾ってしまったら、もうダメだった。ずるずると芋づる式に負の感情がくっついてきて、それはファングのもともとの気質によって悲しみではなく、怒りに変換されていく。
     クローの未来で、自分は死んでいることになっているのだろうか。その慰みに、同じ名前と同じ色の猫?
     ファングは苛立ちを口にするのが苦手だった。苛立った時はすぐ手が出るからだ。しかし、クローのことを本気で殴ることはあまりしない。本人はセブンにどやされるからだと言っているが、それはファングがクローに思いのほか甘いからであり、また、その好意的感情を持ってしても殴り合いになったときに、クローが決して引かないことを知っているからだ。一度それで、文字通りお互いに骨を折ってからというもの、どうにも本気の喧嘩はする気にならない。
     クローは歌うように、ファングを無視して続ける。聞きたくないと素直に思った。だが、物理的に口をふさぐ前にクローの口から歌が漏れる。
    「それでね、僕が『ファング』って呼ぶだろ? そうすると、君と猫、二人共が振り向くんだ」
    「…………はぁ……?」
    「面白いところはさ、ファングはもうおじいちゃんで、猫は子猫なんだ。おじいちゃんと子猫が同時に振り向くのさ」
     すとん、と怒りが収まってしまった。ファングはその機微を正しく理解していなかったが、その感情は喜びに近い。
    「ね! 素敵だろ?」
    「……ジジィになってもオマエと一緒かよ……」
    「え? 違うの?」
     僕と君は将来、隠居して庭でハーブなんか育てて暮らすんだ。そんなことを言う。
    「……くはっ」
    「……何がおかしいんだ」
     本気で意味がわからないというふうにクローが口を尖らせる。かたや、ファングの笑いは深くなるばかりだ。
    「ははは! ……あー、傑作だぜ。オマエ、意味わかんねぇことばっか言ってるくせに、こんなにわかりやすい……絵に描いたみたいな幸せを語るんだな」
    「僕は意味がわからないことなんて一回も言ったことはない」
     さっきまでの上機嫌が、一瞬で不機嫌になってみせる。
    「それにしても、よく思いついたな。そろそろヤキが回ったか?」
     俺達には縁のない話だろ。そう問えば、クローはどこか誇らしげに言ってみせる。
    「絵本で見たんだよ。前に殺した男の家にあったやつ」
     表紙が猫でね、かわいいんだ。だなんて。腹が減れば猫なんて躊躇なく捌いてしまうだろうコイツが言う。
    「絵本なんて見るのかよ」
    「僕は読み書きができるからね」
     そう言ってクローは胸を張ってみせる。他人の描いた幸せを語る人殺し。それがどうにも滑稽に映って、ファングの笑いは止まらない。
    「何笑ってるんだよ!」
    「あー、悪い悪い、あんまし面白いから……」
    「なんにも面白くなんてない!」
     ごつ、と。肩にクローの投げたライターが当たる。意外と喧嘩っ早いコイツが重たいガラスの灰皿を手にする前に、宥めなければ。
     そう思うのに、ファングの笑いは止まらなかった。
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