黒猫のコーラ どうして人を殺してはいけないのですか。明確な答えを返せる人間って、多分暴力的な正義で人を死に追いやれる人間だ。そうじゃない人間には逃げ場が必要。その最たるものが法律だろう。裁きがあるから人は人を殺さない。それが一番無難な答え。
じゃあ僕たちが人を殺すのって、裁きを恐れていないからなんだろうか。そんな気もするし、そうじゃない気もするし、どうでもいい気もしてる。ただそういう生き方をしてるだけであって、正直僕は殺そうが殺すまいがどうでもいい。そう、僕にはどうでもいいことが多すぎる。
でも、どうでもよくないこともある。例えば、今の現状。
なあ、僕ら人殺しなんだ。法律違反で道徳違反。人の道を外れて生きる、犬畜生にも劣るってやつ。それなのに。
「……セブン。僕が酒を飲んだらいけない理由、説明を求めるよ」
「未成年だからに決まってるだろう」
「いまさら僕らに法を守れって? 馬鹿馬鹿しい。それに僕は任務で酒を飲んだことくらいある。知ってるはずだ。それなのにさっきも今も僕の手から酒を取り上げる。なんで……」
「それはそれ、これはこれだ。……俺はな、クロー。こういう……あれだ、こういうやつだ。そういうことだ」
セブンは深刻な顔をして僕の瞳を覗き込んだ。ガーネットと、僕らの前じゃないと絶対に見せないローアンバーがぐらぐら、って揺れている。じっと見つめていたら、それは弧を描いて柔らかな笑みをかたどった。大きな手が僕の頭を撫でる。
「くははっ! 酔っぱらいに答えなんて求めても無駄だぜぇ。おこちゃまクローくんにはコーラをやるよ。そら、」
「いらない! なんなんだよ二人して!」
セブンの手を払って、ファングの向けてきたコーラの口をぺちりと叩く。はたき落とすほどの力じゃあない。ちょっとだけ、甘ったるい液体がこぼれた程度。
「さっきだって飲めなかった。知ってる? 僕は赤ワインが好きなんだ。もう大人だ」
「オマエが好きなのはハンバーグとオムライスだよ。くははっ」
「うるさい。酔っぱらい」
そう、さっきまで僕たちはお祭り騒ぎの中に居た。普段は集まらない人数がここで一番広いスペースにあつまって、酒と食事と歓談を思う存分楽しんでいた。いわゆる、飲み会。
どうやら死神がこの組織にえらく貢献したらしい。浮かれた上層部の指示により、ナンバー持ちは大体この会合に呼ばれていた。そう、僕だって呼ばれた。セブンのオマケじゃなくて、ナンバー持ちとして呼ばれたんだ。だから僕は上等なプライベートスーツを身にまとい、スマートな笑顔で挨拶をし、乾杯のシャンパンを手にとった。それなのに、セブンが言ったんだ。「ノンアルコールはないのか」って。
いいよ。百歩譲る。セブンは僕にはシラフでいてほしかったんだろう。ファングより僕が頼りになるから、何かがあった場合とっさに動けるように。事実、飲んでないやつはある程度いた。セブンもファングも付き合い程度にしか飲んでない。だからいい。
でも、じゃあ、今の状況ってなんなんだよ。ファングが言ったんだ。全然酔えなかったからセブンの部屋で飲み直すぞ、って。セブンの部屋には高そうな酒がたくさんあった。僕好みの重たい赤ワインと、まあ飲んでもいいかなって思える甘ったるいリキュールの瓶がキラキラしてる。それなのに僕はコーラ。最悪。
「別にクローが子供っぽいと言いたいわけじゃないんだ。クローはちゃんと大人っぽかったんだぞ? 挨拶もちゃんとしていたし、服装も文句なしだ」
「あの七五三みたいなやつがかぁ?」
「……ファングはクローを見習うべきだったぞ。挨拶のしかたくらい覚えてくれ」
「そうだよ。こんな年だけ上のちゃらんぽらんよりも僕のほうが大人だろ」
「でも飲めないんだよなー、未成年は! くははっ!」
そう言ってファングは一気にテキーラをあおる。笑い声からは酒の匂いがした。開け放たれたシャツの内側、首筋が真っ赤に染まっている。
「……コーラは飽きた。酔っぱらいの相手もまっぴらだ。僕は部屋に戻る」
宣言して立ち上がれば、慌てたようにセブンも立ち上がる。瞬間、ぐらりと巨体が傾いだ。
「おいセブン。酔っぱらいすぎだろ……もう寝ろ」
「はは、お前ら二人の前だと、つい気を抜いてしまうな。そろそろ寝るか」
セブンはでろでろに酔っていて、それが僕たちへの信頼の証だというのは悪くない。一緒にお酒を飲めたらもっといいんだけど、セブンの意志が変わらない限りその日は当分やってこない。
「はいよ。……片付けは明日のセブンがやるってことで。オレも戻る。おやすみ」
ファングは何もせず、僕の手を引いて部屋を出た。僕は部屋を片付けそこなったし、酒は一滴も飲めなかった。
***
「飲み直すか?」
ファングが言う。僕はファングに肩を抱かれ、ファングの部屋の前まで来ていた。
「……コーラはイヤだ」
「酒でもいいぜ。オレはそういうの、気にしねーし」
でも、ってファングは続ける。
「セブンはこういうところくらい、法を守ってほしいんだろうな。自分の手の届く範囲では真っ当でいてほしいんだよ」
「……わかってる。だから僕は無理に飲まない。君とも飲まないだろ」
三人で飲めないなら意味がないんだ。だって僕が酒を飲みたいのは大人としてセブンと対等になりたいからで、セブンを困らせたいわけじゃない。
「……いいだろ、毎回聞いてみるくらい。明日にはセブンだって気が変わってるかもしれないんだ」
「どうだかな。セブンは遵法精神溢れる男だぜ」
「人殺しの遵法者? 黒い白馬みたいな男だな」
でも、それがセブンなんだ。僕もファングもセブンのことは裏切れない。諦めてため息一つ、僕は目の前の扉を開く。
「ファングの部屋で飲み直す」
「あ? コーラはイヤ、酒もダメ。何飲む気だよ」
「ファングを飲む。お酒でお肉は柔らかくなるんだ。頭から丸呑みにしてやる」
そうやってファングを引っ張って、ベッドくらいしか家具のない簡素な部屋に押し入った。思い切り手首を引っ張れば、わざとらしくファングがベッドに倒れ込む。
「これって犯罪じゃないだろ?」
「逆なら犯罪だ。ってかよ、犯罪だったらやめるのか?」
ファングはよく質問に質問で返す。普段はそういうのムカつくんだけど、ベッドの上のやりとりなら嫌いじゃない。
「……セブンは愛情たっぷりだからね。大好きな僕らが愛し合ってるって知ったら手放しで喜ぶさ」
「……くはは! それもそーだな」
ファングに覆いかぶさって乱暴なくちづけを一つ。僕は大人だから、大人のキスだって知っているんだ。