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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    道漣(2019/09/21)

    ##道漣

    いらない 居場所なんて、いっこあればじゅーぶん。


     色は似てない。大きさがちょうどよくて、なんだか懐かしい感じがした。そんでふかふかで、いい匂いがする。
     これはオレ様のもんだって決めた。チビはそっちのを使え。そういえば呆れたようにチビが口にする。「好きにしろ」
     蝉の声が聞こえる少し前、らーめん屋が引っ張り出してきたブランケットはオレ様が寮に置きっぱなしにしているブランケットに少し似ていた。よく考えたらそれはふかふかだったから、似てるってのは勘違いだったのかもしれない。オレ様のそれはごわごわで、汚くて、野良猫の毛並みみたいだったはずだから。
     この時期に眠るのなんて、布一枚あればじゅーぶん。腹を隠してそれでおしまい。らーめん屋の家は寝心地がよかった。フウリンが何のためにあるのかはわからなかったけど、これを聞くとらーめん屋は涼しくなるって言って、チビが同意した。音で涼しくなるわけねえだろ。変なの。
     夏の間ずっと離さなかったブランケット。これはもうオレ様のもんだ。そう言えばらーめん屋は笑ってそれを受け入れた。理由はわからないけど、オレ様はどうしてもこれがほしかった。だから、手に入った時は悪くねえ気分だった。それをらーめん屋に言わなかった理由は今でもわからない。嬉しい、って。一言そう伝えたららーめん屋は喜んだはずなのに。
     秋になってもオレ様はブランケットが手放せなかった。我ながらガキみてえだって思っても、手放すことができなかった。らーめん屋の家にいる回数が増えた。三人で並んで眠る日より、らーめん屋と二人きりで夜を過ごす日が増えた。公園より、路地裏より、事務所より、数回くらいしか足を踏み入れたことのない寮よりも、らーめん屋の家にオレ様は居た。そうやって、温かい茶なんかを飲んで、ブランケットにくるまって眠った。
     もうそれだけじゃ寒いだろってらーめん屋は言うけど、らーめん屋の家は暖かかった。だから、これでじゅーぶんだった。もうなんにもいらないって思ってた。そりゃうまいメシはほしいけど、他人が施せるような自分の望みなんて、本当に少ないんだと理解していた。


     寮の部屋なんて忘れていたから下僕に場所を聞いた。オレ様の部屋ははじっこにあった。きっと、誰も知らない部屋だ。誰も、扉を叩いたことがない部屋だ。
     その真ん中に、オレ様とらーめん屋は突っ立ってた。らーめん屋はなにもないこの部屋を見て、言葉を失っていた。困ったように部屋を見渡して、オレ様を見て、少し悲しそうな、泣きそうな顔をして、もう一度、縋るように部屋を見回した。
     何度見たって、なんにもねえよ。言ってやればよかったのに、なんにも言えなかった。
     オレ様はらーめん屋の手から紙袋をひったくって、中身をドサドサと床にぶちまけていく。ここはいわゆる物置だった。食えない貢ぎ物だとか、台本だとか。そういうのを部屋の端に、片っ端から積んでいく。
     用事は終わった。帰るぞ、ってらーめん屋の背中を叩けば、かがんだらーめん屋が本当に嬉しそうな顔でそれを手にとってオレ様に問いかける。
    「漣、このブランケットはなんだ?」
     それは床に置きっぱなしにしていた、ぼろぼろのブランケットだった。
     ブランケットはブランケットだ。そんなアタリマエのことが知りたいわけじゃないってわかってたけど、わからないふりをしてそう返した。
    「なんだか、古いブランケットだな。漣がずっと持ってるものなのか?」
     その声は期待に滲んでいた。オレ様はそれを嗅ぎ取って、バカバカしいような、イラつくような気持ちになっていた。オレ様の中に勝手に共通点を見出して、それでつながったと思いこんでるバカ野郎にらーめん屋が成り下がっていくのをただ見ていた。
    「……もういらねえもんだ。持って帰って捨てる」
     本心だった。だって、もうオレ様にはあのブランケットがあるから。
     らーめん屋がくれた、ブランケットがあるから。
     それなのに。
    「捨てるなんて言っちゃダメだ。これ、昔から持ってる大事なものなんだろう?」
     それを聞いた時のオレ様の腹んなかはぐらぐらと煮えていたのに、頭は氷の塊になったみたいにひんやりしてた。昔から持ってる。だからどうした。昔から、それしか持ってない。それだけだ。大切なんかじゃない。大切なんかじゃない。
    「もういらねえだろ」
     声が滲まなかったのはオレ様がオレ様だからだろう。キョトンとした顔のらーめん屋は本当になんにもわかってなくて、オマエがくれたブランケットはなんだったのかとイライラしてくる。
     そんなもん、必要ない。だって、オレ様にはもうあのブランケットがある。らーめん屋の敷く布団がある。雨をしのげる屋根があって、風を通さない壁があって、隣にはらーめん屋がいる。それで満足してやってんだ。それなのに、コイツは何を言ってるんだろう。見知った感覚だ。たまに、オレ様は世界中の人間と言葉が通じなくなる。
    「そんなこと言っちゃダメだ」
     なんか、似たようなことを言ってる。でも、もうわからない。言葉がもう、通じない。
    「思い出の品ってのは、なくしてから後悔しても遅いからな。うちに持っていってキレイにしよう。洗えばちゃんとふかふかになるから」
     ふかふかなブランケットならもう手元にある。いっこあればじゅーぶん。ブランケットなんて、居場所なんて、いっこあれば。
     自分の考えに脳が揺さぶられる。いつの間にオレ様はあの家を居場所にしていた?
     他人を、居場所にしていた?
     バカみたいだ。こんなどうでもいい思いやりに、居場所を奪われたような気分になるなんて。
    「…………好きにしろよ」
     こういうとき、らーめん屋は何を言っても好きにする。らーめん屋の、らーめん屋が思う『正しいこと』に従って、オレ様が欠片も欲しくない優しさをばらまいて笑ってみせる。その身勝手さを咎める人間はいない。オレ様でさえ、何も言えない。
     部屋を出る時、オレ様は不機嫌でらーめん屋は上機嫌だった。いや、少し違う。オレ様はバカバカしくってバカバカしくって仕方なかった。
     バカばっかだ。ボロボロのブランケットを大事に抱くらーめん屋も、新しいブランケットが手放せないオレ様も。
     一番バカなのは、ブランケットが二つもあると、どうしていいのかわからないオレ様だろーけど。
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