クレープ食べる道漣ちゃん 最近は忙しくて三人の予定が合わない。個人の仕事だって増えたし、それぞれの交友関係も広がっている。当たり前に一緒にはいられないのだ。
ところが漣と一緒にいる時間はうんと増えた。ふらふらとしていた漣が、居場所を我が家に決めてくれたからだ。それは保護者を気取った「うちにいてほしい」という言葉ではなく、一人の男として口にした「一緒にいてほしい」という一世一代の告白を漣が受け止めてくれた結果だった。一緒にいてほしいと伝え、特別に好きだと伝えた。返事らしい返事はないが、こうしてこの安アパートに居着いたということは嫌ではないのだろうと自惚れている。
タケルにはそれを伝えた。その上で、タケルの事だって大切だということも。ただ、愛しているのは漣なのだと。
タケルは最初大層驚いて、本当に大丈夫かと聞いて、本当にいいんだなと聞いて、円城寺さんがいいなら、と考え込んで、思案の末にもう一度本当にアイツがいいのかと聞いてきた。あんまりにも聞いてくるもんだから笑ってしまったら、タケルも少し頬を緩めて「応援してる」と言ってくれた。
だからというわけでもないが、タケルを抜きに何かをすることもそれなりにある。今日はそんな、たまに訪れる休日だ。
卵、砂糖、溶かしたバターをよく混ぜて薄力粉を振るい入れる。漣に食卓に着くように促せば、手元を覗き込んだ漣がまだ液体じゃねーかと眉を潜めた。
ホットプレートを取り出して電源を入れる。冷蔵庫から次々と出される食材に漣は戸惑いながらも、少し嬉しそうだ。
熟したバナナ、漣が寝ている間に予め切りそろえておいた苺、缶詰のみかん、すでに泡立った生クリーム、前に三人でホットケーキパーティをしたときの残ったカラースプレー、チョコシロップ、はちみつ、それとバニラアイス。
漣は甘いものが好きだけれどそれだけだと飽きてしまう。ハム、ツナ、レトルトのテリヤキチキンと、それを受け止めるレタスやチーズ。ちゃぶ台に乗り切らないぶんはキッチンに置いた。並べていないけれど、あとで卵も焼くつもりだ。
「で? 何が始まんだ?」
「まあ見てろ……っと」
生地をお玉に半分くらい掬い、ホットプレートに落としていく。そのままお玉の背でくるくると生地を薄く伸ばして薄く焼き目をつけたら、我が家で一番平たくて大きなお皿にそれを取った。
「……なんだそれ。ぺらっぺらで腹たまんねーだろ」
まだ漣は正体に気がついていないらしい。そう言えば、四季と一緒に時にチョコバナナを食べたって言っていたっけ。おいしかったとは言わなかったが、「悪くなかった」と楽しそうな笑みを見せないように伝えてくれた。
生地にバナナを乗せて、たっぷりの生クリームで覆って、チョコシロップとカラースプレーで飾る。そして具材を乗せなかった部分をぱたんぱたんと折っていけば完成だ。ようやく見たことのある形になった三角形を手渡された漣が声をあげた。
「くれーぷじゃねーか!」
「ああ。簡単に作れると聞いてな、具材も色々揃えてみたんだ」
「……これ、全部くれーぷになんのか?」
どうやら漣は数あるメニューの中から吟味してチョコバナナを選んだわけじゃなく、四季のオススメを口にしていたらしい。確かにチョコバナナはクレープっぽいし、おいしいしな。でもクレープにはたくさんの種類がある。
「ああ、しょっぱいクレープもおいしいと思うぞ」
くるくると伸ばしておいた生地が焼き上がる。同じように皿に取り、今度はそこのレタスを敷いた。そうして、そこにたっぷりのツナを盛り、マヨネーズをかける。他にも何か入れようかと迷ったが、シンプルなのもいいだろう。
「ん! ……んん、悪くねえな」
漣の、食べたことのない食べ物でも口いっぱいに頬張る姿が好きだ。それが自分の手渡した食べ物だと、なんだか信頼されているような気分になってしまう。
「よかった。どんどん焼こうな」
くるくると伸びる生地。でも、少しやらかした気がした。何枚か生地を焼いてから始めるべきだっただろうか。漣は待たされるのはあまり好きではないのではないかもしれない。
そんなことを考えながら漣に視線を向けると、バシッと目があった。自分が考え事をしている間、ずっと見られていたのだろうか。
「……漣、」
「あ?」
「次に食べたい具を選んでてくれ」
なんとなしにいたたまれなくなって、視線を具材に向けるように促す。それでも漣はじっと自分を見ていた。
「らーめん屋がオレ様に貢ぎたいモンを包めよ」
「なんだそれは…………じゃあ、みかんと生クリームでいいか?」
いいぜぇ、と楽しそうな声。そうして、ずっと自分を見ている漣。漣が楽しそうなのは嬉しいんだが、ずーっと見られているんだ。理由もなく照れてしまう。
「……ほら、できたぞ」
そういって受け取ったクレープを一口齧って、そのままそれを自分の方へと向けてくる。
「おら、一口恵んでやるよ」
「お、おお。いいのか?」
いいって言ってんだろ、との声に後押しされてクリームがたっぷりと詰まったそれをかじる。みかんの甘酸っぱさが混ざり合って、なんだか懐かしい味がした。
「ありがとうな、漣。次は何を……」
「次はらーめん屋が一口よこしやがれ!」
「ん? 一口じゃなくて、漣が食べたいものを、」
「あ?」
「いや……ああ、そういうことか」
どういうことだよ、っていう不満げな声。それは本当にどういうことかがわからないんじゃなくて、クレープの皮に何重にも包んだ優しさが気恥ずかしいからだろう。漣は遠回しに、次は自分の分を作れと言っているんだ。
「じゃあ、何にしようか。次はしょっぱいのがいいか?」
「らーめん屋が好きなもん作れよ」
焼き上がった生地にチーズとハムを重ねてくるくると巻く、その手付きを漣がじっと見ている。
一口、生クリームの甘みを上書きしていくチーズと肉の味をシェアしようと、そっとクレープを漣の口元へと差し出した。