麗しドレスアップドール 正直に言う。俺に服のセンスはない。
同年代の人と比べたら、俺の服はあまりにも機能性に傾いている。私服とランニングウェアが一緒くたになってるときもあった。服は増えたがデザインは似通うし、同系色の服を好む。服を選ぶポイントは機能性、通気性、それと、ポケットがあるかどうか、だ。
それでもアイドルをやるぶんには問題がなかった。服は用意してもらえるから。私服コーディネートみたいな企画だって、呼ばれるのは俺たちじゃなくて華やかな人たちだ。四季さんとか。
そういうわけで、俺のクローゼットは見栄えしない。そんな状態が二年くらい続いただろうか。今、俺の目の前には色とりどりの洋服が並べられている。
「おら、オレ様が選んでやったんだ。ありがたく受け取りやがれ!」
そう言って、鮮やかな赤の服を俺の方に投げてくる、見知った相手。二年経ってなお定住をせずに、恋仲である俺と恋仲ではない円城寺さんの家を同じように行ったり来たりする男、牙崎漣。どういう気まぐれか、コイツが俺に大量の服を買ってきた。
もともとコイツの服は俺の服より少なかった。ただ、それは一年近く前の話だ。
雑誌の特集で様々な服を来たコイツは、色んな人に絶賛されたんだ。そんな矢先に四季さんがファッションの楽しさを教えたみたいで、コイツは様々な服を集めだした。その服は俺や円城寺さんの家に置かれる。家を借りろ。
そもそも、コイツは背こそ高くないがスタイルがいい。ダボダボのズボンを脱いでタイトなスキニーを履くだけでも印象が変わって一気に年上に見えた。色は白黒だったり、やたら鮮烈な赤だったり、カーキだったり、紺だったり、ピンクだったり。オーバーサイズの服、パーカー、ジャケット。様々なイメージがコイツに従って、コイツを飾り立てた。
コイツは楽しそうだった。それだけだ。それなのに、コイツは自分を着飾ることに飽きたのか、俺をキャンバスにしようとしてる。
「……別にいい。第一、俺にこんな派手な色は似合わない」
「バカじゃねえの? オレ様が選んだ服が似合わねえわけねえだろ」
そうは言っても、本当に似合うビジョンが見えないんだ。コイツの善意はありがたいけど、服で冒険する気持ちにはなれなかった。冒険も衣装チェンジも、ゲームの中だけで十分だった。
「……なんでいきなり服なんだ?」
「あ?」
だって、オマエは俺と同じで自らを飾り立てることをしてこなかったじゃないか。一年越しの疑問がこぼれる。多分俺の声はふてくされていた。だって、オマエがファッションに興味を持ったのは、きっと四季さんがきっかけだろう。
コイツは俺に影響されている。いや、されていた。俺がランニングをしてたから毎日走ってた。俺がラーメンを食べていたからラーメンを食べはじめた。そして、俺がアイドルを始めたからアイドルになったんだ。
俺の人生はオマエに基づいてはいない。逆も然り。だけど、なんでかコイツが少し離れたような気持ちになっている。
そして、コイツからこうやって服を渡されるのも、なんだか情けをかけられているみたいで嫌だった。いや、きっと何をされても気に食わないんだ。だって、俺は未だにコイツがくまっちの服を着ているとちょっともやもやするから。
でも、コイツの口から何か聞けたら諦めがつくんだろう。楽しいから、って。そう言ってくれれば。
「なんでって、そりゃチビの腑抜けた面がおもしれーからに決まってんだろ!」
「……はぁ?」
そりゃ、楽しいから続いてるんだろう。コイツはそういうやつだ。でも楽しいってのは、服を選ぶ楽しさとか、自分を着飾る楽しさとか、同じようにファッションを楽しむ人との会話とか、そういうのだと思ってた。
「オレ様が新しい服を着るたびに情けねー面しやがって。そうやってオレ様に夢中になってる、そのマヌケ面が傑作だからな!」
思い上がりも甚だしい。と言いたいが、最初にコイツが今までとはまったく違う服を着ていたとき、ときめいていないと言えば嘘になる。それから毎度、服によって新しい一面を引き出されるコイツに見惚れていたんだろうか。今更ながら、情けない顔をしていなかったと言い切れない自分が情けない。
「……別に、オマエがどんな服を着ようと関係ない」
「あ? テメーで言ったことも忘れたのかぁ? オレ様がジャケット着た日、オマエ『似合ってる』って言っただろうが」
ちょっとだけ喧嘩腰の声。そういえば言った気もするセリフ。確証がないのは、きっとそれが本当に心から、無意識に出た言葉だから。
俺がランニングしてたから並んで走って、俺がラーメンを食べれば並んで食べて、俺がアイドルを始めたら並んで歌うようになって。
俺が似合ってるって言ったから、洋服を選んで。
「褒められて悪い気はしねーからな。チビにも褒められるチャンスをやるんだよ。オレ様はカンダイだからな!」
だから、ともう一度服が押し付けられる。俺は観念して袖を通す。
サイズはぴったりだった。同じベッドで寝て、抱き合って眠るんだ。別に驚いたりしない。鏡が見たかったけど、満足げなコイツの顔を見ていたら、きっと今の俺はかっこいいんだって一発でわかった。
「……似合ってるか?」
「まあまあだな!」
なんだそれ。
「オマエが選んだ服だぞ」
「中身の問題だろ」
そう言って次の服を選ぶコイツは楽しそうだった。コイツが新しく見つけた遊びにつきあってやるのも悪くないだろう。
「なあ。俺に似合う服が見つかったら、デートしてくれよ」
「オレ様に見合うカッコになったらな」
じゃあ、俺も一生懸命探す。今度、服を買いに行こう。俺だって、俺の選んだ服を着たオマエが見たい。そう言えばオマエは笑うんだ。
「四季よりマシな服持ってきたらな」
ああ、やっぱりちょっとだけ妬ける。