眠りの浅瀬で会いましょう 最近、予知夢を見る。
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予知夢って単語は最近知った。らーめん屋が漫画の話かと笑ってた。漫画じゃなくてオレ様の話だっての。
オレ様には未来が見える。なんというか、オレ様としてはつまらない。オレ様にやましいことなんて一個もないのに、なんだかズルしてるような気分になる。
夢は断片的なもので、見える未来もたいしたもんじゃねえから放っておいているが、見なくて済むなら見たくない。そんなことを思いながらオレ様は一度見たはずの光景を見る。厳密には、少しだけズレた現在に触れる。
「おい、オマエ。聞いてるのか」
チビの表情も、疑問も、感情も、全部見た。でも、本当にどうでもいいことが決定的に違う。現実のほうがいいはずなのに、頭にこびりついているのは夢に響く声。
『おい、漣。聞いてるのか?』
呼ばれる名前。それだけが、それだけが決定的に違うのだ。
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チビはオレ様のことを名前で呼ばない。それでいい。オレ様だってチビはチビだし。
えんじょーじさん。はやとさん。チャンプ。で、オレ様のことはオマエだとかアイツだとかコイツだとか。別にどうだっていいと思ってたけどそうじゃなかった。夢の中とはいえ、チビから名前を呼ばれると不思議な気持ちになる。不思議っていうか、変っていうか。どっちかっていうと、なんかムカつく。
だいたい、名前を呼ぶくらいなら態度も一緒に変えりゃいい。それなのに、いつもどおりの目、いつもどおりの声、いつもどおりの態度でただ名前だけを呼ぶチビには少しうんざりしてる。このままなら、だいぶうんざりすることも目に見えてる。でもしょせんこれはオレ様の見ている夢なわけで、チビに文句を言おうにも勝手に俺を夢に出すなと苦情を言われるのがオチだろう。オレ様だってチビが勝手にオレ様の夢を見た時、出演料でたいやきを奪ったしな。
こうなると寝るのも癪だ。寝るけど。だってチビごときのせいで生活を変えるのはムカつくから、オレ様は眠る。事務所のソファ、目覚めた俺にチビが声をかける。『漣、起きたのか?』
名前。名前さえ呼ばれなければ、本当に夢だってわからねえんだ。パチ、と目を開いたら、そこにはチビのツラ。
「オマエ、起きたのか?」
もう、さいあく。
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絆物語の舞台でチビがオレ様を呼ぶ。これは未来じゃない。これは予知夢じゃない。
『……漣、なにしに来たんだ? 今回は役ないだろ』
表情はあの時と変わらない。オレ様は何も言わず、一瞬だけまたたき。そこにはワイヤーアクションに挑むチビ。
『漣は教え方がヘタクソだ。あと俺は弟子じゃない』
記憶にあるブスッとしたツラ。頑なに認めない強情なチビ。今度は意識して、一度瞳を閉じる。
『こっちから願い下げだ。漣とはウマがあわない』
きらびやかな装飾をまとったチビとオレ様。こうやって思い返せば返すほど、チビの言う「漣」って音の響きが似合わない。
『漣』
「もういいだろ」
今度は森にいる。チビは獣人の衣装をきていたはずなのに、オレ様が呼びかけた途端に普段の服装に戻っている。いつもと違う、突拍子もない夢。
『……漣』
「んだよ。気持ちわりい」
チビはずっと見てくるだけだ。いつもと同じ目でオレ様を射抜こうと光を研ぎ澄ます。終わりの結び目がわからない。試せることはいくつかあるが、気が乗らない。
しばらくシカトしてた。夢なら覚めるってのはわかりきってる。チビはオレ様に合わせるようにしゃがみこんで、ずっとオレ様からの言葉を待っている。
「チビ」
『なんだよ。漣』
チビはなにがおかしいのかわかってない。自分も世界もオレ様も、何もおかしくないと思ってる。願いがあるなら言えばいい。でもこれはオレ様の夢で、コイツはチビじゃない。
根比べのように、ずっと座っていた。暇すぎて横をちらりと見たら、チビはゲームをやっていた。なんだそれ、ズルいだろ。どっから出したんだよ。
覗き込んでもチビはまったく気にせずにゲームを続けてる。これ、現実でもチビがやってたゲームだ。覚えてる。いや、忘れてけど思い出した。主人公は『タケル』、魔法使いが『キョウジ』、盗賊が『ダイゴ』で、僧侶が『ハヤト』。んで戦士が『シロウ』で、
「……レン」
忘れてたんだ。もしかしたら、忘れようとしてたのかもしれない。でも知っている。職業だって覚えてる。だって、志狼が言ってた。「オレこっちがよかった」って。
『格闘家:レン』
よくわかんない二頭身のキャラクター。あれをオレ様にした意味がずっとわからなくて、あやふやなまま忘れてた。
『漣?』
くるりと振り向いてチビが問う。ゲーム画面では小さなオレ様が動き回ってた。
「……オレ様はゲームとかしてないし」
『漣はゲームしないだろ』
当たり前だ。チビもオレ様もそう思ってる。
「らーめん屋いれてやればよかっただろ。最近オマエ、仲いいやついっぱいいるじゃねえか。勝手にオレ様の名前、使ってんじゃねえよ」
『うるさい。格闘家ってイメージの人がいなかったんだから仕方ないだろ』
志狼でよかったじゃねえか。思ったけど言わなかったんだ。いや、一回だけ、別のことで口を出したっけ。ペットの名前がチャンプだったから、覇王にしろって、そう言った。
『オマエ、何なんだよさっきから』
「……試すだけだ」
試すだけだ。どうせ夢だ。オレ様以外、なにも知らねえ。なんもわからねえ。
「………………タケル」
口に出した三文字は違和感しかない。笑えるくらい変な感じだ。やっぱりそれは自分が名前を呼ばれた時みたいに、喜びとはかけ離れたところに佇んでいる。
綱渡りみたいだと思った。落っこちた先にはダメになりそうなほど柔らかいクッションがたっぷりあるって知ってるのに、オレ様たちは張り詰めた一本のロープにしがみついている。
「……なんとか言えよ」
『なんだよ。変なやつ』
そういえば、夢の中でチビが笑うのは初めてだった。こっちは意地だ、表情はふてくされたまま。変なのはチビだと教えてやった。
『そうだな。そういうことじゃないよな、俺たちは……帰るか。ほら、オマエも』
ようやくチビは納得したみたいだった。オレ様はその手を取らず、二人で並んで歩き出した。
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ハッ、と目覚めたら地味な天井が広がってた。ここはらーめん屋の家だ。そういえば、昨日チビと一緒にここに泊まった。
らーめん屋は飯を作ってる。ふと横を見れば、普段なららーめん屋を手伝ってるはずのチビが寝っ転がっていた。
情けないツラをしてる。なんだか、悪夢を見ているような。チビにはそういうとこがあって、そういう時がある。こういうとき、オレ様はジヒを与えてやることに決めている。
右手で鼻を、左手で口を塞ぐ。こうすりゃチビはいつも目を覚ます。今日だってそうだ。もがきだしたから手を緩めれば、思い切り振りほどくように体を動かして目を覚ました。
「っは! ……は……オマエ……」
「くはは! バァーカ! 情けねえツラしてっからだ!」
「なんだと…………そもそもオマエが悪い。夢に……いや、なんでもない」
チビは寝起きでもわりとしゃっきりしてるタイプだ。そんなやつが夢にオレ様が出たせいでうなされていたと言う。勝手に出しといてなんだと言いてえけど、勝手にチビを出演させてうんざりしてたのはこっちも一緒だ。
「んだよ。オレ様がどーしたって?」
らーめん屋が飯を作り終えるまでは暇なんだ。だから、飯が出てきたらこの話はおしまい。それなのに。
「……オマエが呼んだんだよ。俺の名前」
「……はぁ?」
「夢の話だ。忘れろ」
忘れるも何も。口を開きかけた瞬間、らーめん屋のほがらかな声がオレ様たちの空気を断ち切った。
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あれから予知夢は見ていない。そもそも、チビの夢を見ていない。
そういえば、チビはあれから変な夢を見ているらしい。らーめん屋に夢見を良くする方法を聞いていたのを見た。確か、玉ねぎを渡されてたっけな。
ざまあみろ。オマエもせーぜー困りやがれ。そうして、最後の最後でオレ様の名前を呼ぶといい。