45分後の話勝手知ったる春名の家のリビング。家主はお風呂。春名のお母さんが今日は帰ってこないから、お泊まり。
一人きりの六畳一間。誰も聞いてやしない、って思ったら想像よりも大きなため息が出た。
プロデューサーには控えるようにと言われていたこの行為。いや、厳密にはこれは自分のことではないから、と言い訳がましく思う。
先ほどからずっと眺めているスマートフォンの画面にはSNSのタイムラインがどこまでも伸びていて、その全てのコメントにユニットメンバーであり、頼れる兄貴分であり、悪友であり、秘密の恋人でもある「若里春名」の名前が踊る。当然だ。「若里春名」で検索をかけているのだから。
いわゆる、エゴサというやつだ。自分自身の名前を検索しているわけじゃないから、厳密には違うけれど。という言い訳。プロデューサーは見てもいないのに、弁明のようにそう思う。
嬉しい言葉ももちろん多い。ただ、大半の好意的な言葉も、どこか揶揄するような言葉も、調べたことを後悔するような否定的な言葉も、どれを見ても心がざわつくのを抑えられない。それでも指先は画面をスクロールして、次々と言葉を拾っていく。
きっかけはなんだったっけ。ぼんやりと考える。
きっかけは二人で立ち寄った公園で、子供達に言われた言葉だと思う。
俺たちを、というより春名をみた子供達はざわざわとし出して、なんだか泣き出した子までいた。
そしてその中の少女は春名を見て、人差し指をびっ、と向けてこう言った。
「不良だ!」
俺はなぜだか無性にどきりとして、春名はあはは、って笑ってた。子供達は不良がきた!と騒ぎながら公園から駆け出していった。
最近決まったドラマの役で、春名は主人公と対立する役に抜擢された。抜擢されたのだが、まぁ、その役が悪いのだ。なんというか、不良。プロデューサーも仕事を受けるかギリギリまで考えて、春名と何度も話をしてた。
最初に別の映画で不良の役をやっていた時から思ってたけど、なんというか、春名はワルの役が似合う。いや、違うな。春名はわりと何でも似合う。そう思うのはリーダーの、そして恋人の欲目だろうか。
まぁ、そんなはまり役だったから、あの少女にもあんなことを言われたのだろう。春名だって、むしろ誇らしいことだと言っていた。それはわかるんだけど。
元々春名って、当て馬というか、ヒロインにふられる役が多かった。正直、その役もすごい似合っていた。「春名がやってる役は絶対ふられるからネタバレ」なんて言われるくらい。その時もその言葉を笑いながら、だけどもやもやした気持ちで聞いていた。そのときはこんなことしてなかったけど、春名がどんなふうに、何を言われているのかはずっと気になってた。
「春名くんってめちゃくちゃ不良の役似合うよね」
「マジで不良だったりするのかな。めっちゃ留年してるし」
「ないべー!だったら春名くんフラれ役絶対しないっしょ」
「言えてる-。春名くんフる女とかいないわ」
「でも不良役の春名様わりとマジで怖いから早く王子役やってほしいわ」
「でたよ春名様呼び」
「またフラれ役でしょ」
コンビニでわいわいと雑誌を立ち読みする女子高生の会話が気になった。
きっと、彼女たちが思う春名と、俺が思う春名って違うんだって思う。きっと、あの少女の中の春名も。
春名ってどう思われてるんだろうな。
なんてことを考えて、春名がお風呂に入ってる間中ずっと「若里春名」で検索しつづけてしまった。
履歴が春名でいっぱいだ。「若里春名」「若里春名 フラれる」「若里春名 不良」「若里春名 ワル」「若里春名 モテ」
いろんな人のいろんな感情が出てきて、飲まれちゃいそうだ。ネット上の、春名をよく知りもしない意見に感じる、俺の知ってる春名という優越感と、よく知りもしない春名を語る人への、苛立ちとは違うもやもやした何か。
そんなものをぐるぐると抱えながらページをスクロールしつづけていたら、首と腰のあたりに温かい腕が巻き付いてきて、そのまま背中から抱きつかれた。振り向かなくてもわかる、シャンプーの匂いがするお風呂上がりの春名。
「……春名?」
「全然気がつかないのなー。そんなに気になる?」
「えっ?あ、これは」
「見えちゃった。何?『若里春名 モテ』って」
「ちがくて……」
春名の指がスマホに触れて、俺が春名のことを検索してたことがバレる。しかもよりによってな単語が。
「何、エゴサ?ってかなんで俺のこと?」
「だってさー……」
「俺が不良って呼ばれたの、気にしてんの?」
「……はい」
図星だ。春名って女の子には鈍感なのに、俺には妙に鋭いときがある。俺がわかりやすいだけなのかもしれないけど。
「……だってさ、みんな春名のことよく知らないのに、なんか色々言ってるの、気になっちゃって」
「そんなの、わざわざ調べなきゃ目に入らないのに」
「う……そうだけどさぁ……」
正論だ。でも、気になるモノは気になる。
「……春名はイヤじゃないの?色々言われてるの。春名のことよく知らない人に、勝手なこと言われるの」
「んー。まぁイヤだって言ってもどうこうできるもんじゃないじゃん?だったら気にしないのが一番いいだろ」
「そりゃそうだけど……わかってるけどさ……本当は春名、めちゃくちゃいいやつなのに、泣かれたりして……」
「あー、アレはビックリしたな」
そう笑う春名に不良の面影なんてない。あの子供達はこの笑顔を知らない。
「でもさ、そういうの、俺は知ってる人が知ってれば別にいいよ」
絡んだ腕の力が強くなる。首筋に顔を寄せられて、シャンプーの匂いがふわりと香った。
「母ちゃんと、友達と、315プロのみんなと、ユニットの皆と、あと、隼人がちゃんと知ってるからいいの」
くる、と向きを変えられる。腕に収まるように、向き合って抱きかかえられる。
「……これは隼人だけが知ってる顔」
そう呟く柔らかな表情が近づいて、いくつものキスがふってくる。
「ね、こういうのは隼人だけが知ってたらいいから」
「……言いくるめられてる気がする」
「はは!だからさ、隼人も俺以外にそんな顔、見せちゃダメだぜ?」
そんな顔ってどんな顔だよ、って言ってやりたかったけど、多分情けない顔だろうから黙ってた。
俺って単純だなぁ。今のやりとりで、抱えてたもやもやがどっかにいってしまった。
「……風呂借ります」
「おー。風呂上がったらイチャイチャしような」
「はるな……」
期待というより呆れて呟けば、腕から解放される前にまたキスがひとつ。
「隼人には俺のこと、いっぱい知ってほしいからな。本当はいいやつなとこも、実はちょっとスケベなとこも」
「ちょっとじゃないだろ、スケベは」
はは、と笑う春名から否定の言葉はでてこなかった。
風呂上がりの俺は、俺にしか見せない春名の表情をこれでもかと浴びることになるんだけど、それは45分後の話。