全問不正解「らーめん屋」
さっきまで寝っ転がっていた漣が音もなくそばによってきてぴたりと寄り添った。じとりとした上目遣いでこちらを見て、無言で何かを待っている。
これは漣が最近覚えた遊びだ。自分たちTHE虎牙道がテレビに出るようになって知った遊び。もっとも、本人が遊び以外の意味を見いだしていたとして、それは自分にはわからないのだが。
漣は最近、自分にクイズを出してくる。
漣はクイズを知らなかった。いや、問いかけは当たり前にしていただろう。しかし、それを勝負のように扱うことを初めて知った。
漣はクイズ番組を知らなかったのだ。
知ってるか、知っていないか。それがそのまま勝負になるのだと知った漣は、しかしそれをタケルに仕掛けることはなかった。
「らーめん屋」
最初はルールすらわからなかった。漣はルールをひとつも教えてくれないのだ。
「くいずだ」
そういって涼しげな目を閉じてみせる。その姿はキスを待つように見えてドキッとした。恋人のそういう表情は、突然見せられると心臓が跳ねる。
どういうことだろう、と。最初は頭か頬を撫でたんだと記憶している。漣は自分の手のひらを一通り享受した後、こちらの二の腕をぺちりと叩いて呟いた。
「ハズレ」
そういって、突然に遊びは終わって日常に戻るのだ。そんなやりとりを両手の指では足りないほどに繰り返した。まぁ、足の指を足したら足りるかな、と言ったところ。
正答率は芳しくない。というか、悪い。正直に言うと、正解したことがないのだ。自分以外にこのクイズを出されている人間を見たことがないから平均点はわからないが、これは比較するまでもなく悪い成績だろう。頭を撫でるか、背中を撫でるか、頬に触れるか、だっこするか、手を握るか。そういえば肩を揉んだこともあったっけ。ラーメンでも作ってやろうかとしたら引き留められたから、離れるのは論外らしい。そうなると出来ることも限られるのだ。
触れると、うれしそうにする。目を細めて小さな声で「ん、」と言う。そうしていつも「ハズレ」と言って、するりと離れてしまうのだ。
今日はどうしたものか。頭か、背中か、頬か。少しだけ悩んで、考えてもわからないと諦めて頭を撫でた。
二の腕が、ぺちりと叩かれる。
「ハズレ」
またハズレてしまった。しかし、今日は漣の様子が違った。近かった自分との距離を詰めて、ぎゅっと抱きついてくる。
「……漣?」
「ヒント、やろーか?」
相変わらず尊大な物言いだ。でも、今日の声色には普段は混じらない色があった。高揚と、緊張と、艶。
「…………頼む」
聞いてはいけない気がする。何か、予感がするのだ。それでも、漣の言葉を無視するわけにはいかなかった。どこかで正解を望んでいた。
「ヒント」
漣が顔をあげる。瞳が、水面に浮かんだ月明かりのように滲んでいる。
「らーめん屋になら、なにされたっていい」
そう言って漣は瞳を閉じた。月明かりが途絶える。心臓が存在を主張する。ふれあった熱が熱かった。見つめる薄い唇は大人のキスすら知らない。
「……漣」
額に口づける。漣が目を開けた。ぱっちりと開くことのない目。眉間のしわ。
ああ、目に見えて怒っている。
「いまは、ここまでな」
しかし仕方がない。これは漣に強いているたったひとつのワガママなのだ。ほかのことはいくらでも叶えてやりたいが、これ以上踏み越えたら自分はこの子を手放せる気がしない。
「もっとずっと経って、まだ漣が自分のことを好きだったら続きをしよう」
そういって頭を撫でて、頬に触れて、背中に手を回して、つむじにキスをした。
漣はするりと腕から逃れると、こちらの二の腕をぺちりと叩いて、不機嫌そうにテレビの前に戻っていった。