4匹の勇者猫と真っ赤なピエロのパイナップル(mikan).
正直、嫉妬している。年下の恋人に執着して、あろうことかその友人──16才の少年相手に嫉妬をしてしまっている。
自分は寛容な方だと思っていた。なるべく漣には自由にしていてほしいし、束縛する気は毛頭ない。そのつもりだったがこんなに些細な、漣に言わせたらくだらないと一蹴されそうなものごとにこだわるとは。
漣はよく人から服をもらう。
自分もジャケットをあげたことがあるが、たいていは四季からもらった服を着ている。確かに四季はセンスがいいし、その季節に着やすい服を選ぶし、ちゃんと漣のために動きやすい服を見繕う。それでいて四季からもらったと一目でわかるような個性もある。この個性が問題なのだ。正直に言うと、恋人をほかの男に染め上げられているようで、ほんの少しだけ気になってしまう。本当に少しだけ、だ。それでも一度気にするとそれは意識に度々浮上してしまう。
別にいつもそんな嫉妬に駆られているわけじゃない。ただこう、たとえば夜なんかに夕飯まで少しだけ時間があって、たまたまタケルの仕事が遅いときなんかにテレビを二人でのんびりと見ているとき、ふといい感じになったときに洋服にびっちりと敷き詰められたくまのマスコットと目があったりなんかしてしまった日には意識せざるを得ないのだ。
最近はいろんな人が漣に服をあげているので自分があげた服の出番は少ない。というか、夏はゼロだ。まぁジャケットしかあげていないから当たり前なんだけど、一度おさがりを着せてしまった手前、改めて新品をあげるということがしにくいのだ。周りのみんなも新品はあげないのだろう。新品をしれっと着せているのは四季だけだ。
服を気軽に買ってあげれたら。でもそれでは四季と一緒なのだ。16才相手に差を付けたいと思っている24才なんて口に出すのも情けないが、ちょっと情けなくてもいいから自分は特別が欲しい。
ふと思いつく。では逆に、漣が服を選んでくれたのなら。
それはすてきなアイデアに思えた。漣が自分のことを考えて、自分のことを思って服を選んでくれる。そして自分はそれを着て出かけるのだ。「あれ? 普段と服の系統違うね?」だなんて聞かれてしまったりしてしまったりして──いやむしろその服を着てデートに行ってしまうのはどうだろう。漣はその手で選んだ服を着た自分を見て、なにを思ってくれるのだろうか。考えれば考えるほど、それは魅力的な出来事のように思う。
「と、いうわけで」
「アァ? どんなわけだよ」
「こっちの話だ」
そういって漣に茶封筒を渡した。最近のファッション雑誌を参考にして算出した金額に多少を上乗せした万札が袋の中で出番を待ちわびている。
思いつきの話はどこまでをしていいのかがわからないし、ましてや四季の話などは出来ないので、ただどこかで服を見繕ってきてほしいとだけを頼んだ。
「ハァ? なんでオレ様がんなことしなきゃなんねーんだよ」
「そこをなんとか頼む」
「んなもん四季に頼めよ」
「それはダメなんだ。……漣にしか頼めないんだ。漣がいいんだ」
「……オレ様じゃねーとダメ、か。くはは! いいぜぇ。そこまで言うなら最強の買い物をみせてやるよ!」
漣にしかできない、という言葉がいたくお気に召したらしい。漣は得意げに笑って茶封筒をこちらへと返してくる。
「いらねぇ」
「え?」
「いらねぇ。オレ様が買う」
「え?」
間抜けな回答に苛立ったように、漣はもう一度「いらねぇ」と言った。これ以上気を損ねないように、慎重に疑問を告げる。
「なんでだ? これは自分のわがままなんだから、自分が金を出すぞ?」
「うるせーな。たんなる気まぐれ……ホドコシだ、ホドコシ」
言葉を探すように呟いたホドコシという単語がしっくりきたらしい。ホドコシ、と確認するように呟いて、漣は金色の双眸を細めてニヤリと笑った。
「オレ様のジヒに泣いて感謝すんだな! くはは!」
何はともあれ自分の願いは叶うようだ。ありったけのお礼を言って抱え上げれば降ろせと暴れられてしまう。
今日は漣の好物を作ろう。でもタケルの好物も作らないと不平等か。そんなことを考えながら作ったら豪勢になってしまった夕飯を見てタケルは首を捻っていたが、漣はいつものように食べていた。
漣が自分のことを考えながら服を買っている。それはすなわち『牙崎漣の中の円城寺道流』が垣間見れると言うことだ。
漣は自分に対してどんなイメージを持っているのだろう。大人っぽく見られていたりするのだろうか。
どんな色だろう。どんな柄だろう。シンプルなのか、派手なのか。色はいつも自分が選ぶような色だろうか。プレゼントだから、いつもと違う服がくるかもしれない。
いつもと違う服がくるかもしれない。そうは思っていたが、いま自分の手にあるのは欠片も想像することのなかった服だった。
いわゆる、『ダサい』と形容される服だった。
目の前では漣が得意げにしている。
自分の手の中には、独創的なTシャツがある。
Tシャツの中心には真っ赤な髪と鼻と唇をしたピエロがデカデカと描かれており、その周りに勇者の鎧を着た猫が4匹ほど宙を舞っている。襟刳りと袖と裾の部分がピンクの豹柄に染め上げられており、背中には大きなパイナップルのイラストと『mikan』という筆記体の文字。しかもおそらく、このパイナップルのイラストは蓄光──暗闇で光る素材に違いない。なお、漣のTシャツは宇宙空間で両手に鮫を抱えた猫が頭から鮫に食われているTシャツだ。色はオレンジと緑色のストライプ。両者ともに、非常に情報量が多い。
どうしよう。
まさか漣がこんなに独創的なセンスを持っているとは思わなかった。漣が選んだ洋服でデートだとか浮かれていた自分を殴りたい。洋服に貴賎はなくセンスというのは個人の好みだが、これを着て出歩くのは正直近所のコンビニでも勇気がいる。個人的な感情を差し置いても、これをパパラッチされたら師匠に多大な迷惑がかかるだろう。ましてや漣と並んでこの独創的なTシャツだ。色ボケなどしていないで、タケルの分も頼めばよかった。そうだ、これはかわいい弟分を蔑ろにして嫉妬を爆発させた哀れな男への罰なのだ。
漣の選んだ服を罰だなんて失礼なことを考えていると、漣が得意げに聞いてくる。
「らーめん屋、こういうのが欲しかったんだろ?」
「こういうの……? というか……」
漣から服が欲しかったとも言えず、あいまいに返事を返す。漣は聞いているのかいないのか、上機嫌に言葉を重ねた。
「トクベツだからな。これもくれてやるよ」
トクベツ。なんて甘美な響きだろう。
そんなとびきりの果実のような言葉とともに差し出されたのは、朱雀や玄武が着るような特効服の刺繍をさらにド派手に精密にしたような、俗に言うスカジャンという衣類だった。
そんなことがあったのが先日。うれしい気持ちはもちろん本物だが、それ以上に心配になってしまった。漣が他人から服をもらわなくなったらどうなってしまうのだろう。
ありったけの喜びを伝えてそれとなくファッションの話をしたが、漣は自分の礼を聞いたら上機嫌になってラーメンをねだってきたのでなあなあになってしまったのだ。
自分たちの仲を知っているタケルにそれとなく事の顛末を話したら、「アイツだろうと、人からもらったもんなら大切にしないとよくないと思う」と至極全うなことを言われてしまった。なので、それを着てこの前コンビニに行った。家に帰ってから『円城寺道流 Tシャツ』でエゴサをした。無事だった。
もうこのさい『恋人の選んだ洋服でラブラブデート♡』とかは抜きにして、自分は漣が心配なのだ。だから、そのためにはライバルに頭をさげることも厭わない。
「四季、漣にそれとなくファッションのことを教えてやってほしいんだ」
自分の思惑など、ましてや嫉妬心などをこれっぽっちも知らない四季に頭を下げる。
頭なんて下げないでほしいっすと慌てる四季に、ただ漣のファッションセンスが心配なこと、そして漣の戦利品を撮った写真を見せた。
四季は写真を見て、もう一度写真を見て、事務所いっぱいに届くような大声で笑い、その声を聞いて様子を見に来た師匠からスマホを隠している間も笑い、師匠が戻ってからもう一度写真を見てさらに笑った。
「……やっぱり、おかしい服だよな? 自分はファッションに詳しい訳じゃないが、どうにも漣が心配で……」
「漣っちなら心配しなくても平気っすよ?」
あの写真を見てあれだけ笑ったはずの四季が少しだけ悪い顔で笑う。
「漣っちのセンスは普通にいいっすよ。動きやすさを重視してるけど、シンプルでかっこいいやつ選ぶっす」
「そうなのか?」
よくない。自分の知らない漣を知っている四季を見て、また嫉妬しそうになってしまった。
「じゃあ、なんでこんな服を………」
まさか、漣が自分に似合うと思っているのはこういう類の服なのだろうか。その場合自分はどういう感情になっていいのかわからずうろたえていたら四季が言う。
「それ、たぶん道流っちのせいっすよ」
「え?」
「道流っち、もしかして漣っちに着てほしくないんじゃないっすか?」
「……なんの話だ?」
「オレからもらった服、着てほしくないんでしょ」
四季はうんうん、と頷いた後、嫌なら言ってくれればよかったのにと眉を下げた。道流っちは気にしないと思ってたけど、やっぱり恋人がほかの男からもらった服を着てたら妬いちゃうっすよね、と。
「ま、まってくれ四季」
「はえ?」
「……なんで、自分と漣が付き合ってるってことを知ってるんだ」
「漣っちに聞いたっす!」
「漣が!?」
曰く、聞いたら教えてくれたらしい。信頼する人にしか教えてはいけないと言ったが、漣は誰にも言わないと思っていた。
「四季は信頼されているんだな」
「めちゃくちゃ聞いたんすけどね。ほら、漣っちって大事なこととか言わないだけで、聞いたら結構教えてくれるっすよ。麗っちも知ってるもん」
「それは……たぶん四季と麗が信頼されているんだ」
「そうならうれしいっす!」
四季が屈託なく笑う。こういう友達がちゃんと漣にいてよかった。しかし、四季がこういうということは。
「つまり……漣には自分の嫉妬がバレていたってことか。四季からの服を着てほしくないってことが……」
急激に頬に血液が集まってくるのを感じる。バレていた。こんなにも子供じみた独占欲がバレていたとは恥ずかしい。そのワガママを受け入れて漣が服を買ってきてくれたという事実もうれしいが、それよりもやはり後ろめたい。自分はどれほど漣に甘やかされていたのかと。
「……自分のせいって言ってたな。つまり、こんな嫉妬をしてる自分を懲らしめるためにこういう服を買ってきたってことか?」
「いや、漣っちはそんなことしないっすよ」
もう完全降伏だ。四季の言うことがすべて正しいという保証はないが、いまの自分よりはよっぽと漣のことをわかっているんだろうという気持ちになっている。
「道流っちはオレからの服を漣っちが着るのは嫌、ってのだけ気がついてるんだと思うっす」
「なるほど?」
「でも漣っちって鋭いのに鈍感だから、『四季からもらった服を着ないでほしい』じゃなくて『おしゃれな服を着ないでほしい』って解釈したんじゃないっすか?」
敗北宣言に等しいが、かなり納得してしまった。確かにあの服は漣の趣味じゃない。でも、
「……自分のワガママはバレてるし、なんだかんだワガママを聞いてもらってるんだな……」
「いいんじゃないっすか? 恋人なんすから」
「……誤解を解かないとな。おしゃれな服をたくさん着てもらわないと」
結論。四季からもらった服を着たってもう嫉妬はしない。あんなどこを探しても無いような服を、自分のワガママを叶えるために一生懸命探してくれたんだ。ちゃんと打ち明けて、嫉妬ごと愛してくれと頼もう。それと、認めたくなかったけど四季からの服は似合ってるって事も。
「……いや、本当に恥ずかしい。これからも漣を頼む。洋服も、よければ選んでやってくれ」
「解決したならなによりっす! オレの服……そりゃ着てくれたらうれしいっすけど、デートはオレの服じゃなくてもいいんじゃないっすか?」
「そうか……じゃあ、誤解を解いてまた漣に服を買ってきてもらうことにするか」
次はなにを買ってくるんだろう。そんなことを思いながら四季に提案したら、四季はふふふ、と含み笑いしてこう言った。
「そんなことしなくても、お買い物デートしたらいいんすよ!」
二人で服を選べばいい、と。
「…………じゃあ、デートスポットを教えてくれないか?」
四季がスマホを取り出して、カラフルな店を次々と紹介してくれる。
こんなにも優しいライバルの助言を経て、週末にでもデートをしようじゃないか。タケルにもおみやげをあげようとなにが欲しいか連絡を取れば、洋服以外を買ってきてくれと返事が返ってきた。