愛してるのやりかた 同業者の中には『クリスマス』が希薄な人間がいるかもしれない。
散々クリスマスの特番に呼ばれて、まだきていないクリスマスを祝う。なんなら正月も。そんな生活をしてても俺たちがクリスマスを見失わないのは、事務所のみんなでこうやってクリスマスを祝う機会があるからだろう。
たくさん笑って、いっぱい食べた。片付けをして、円城寺さんの家に三人で帰った。
ケーキはたくさん食べたから、こたつでアイスでも食べようって笑いあった。一通りくつろいだらアイスの前に風呂だ。実は一番風呂が好きなアイツに順番を譲って俺と円城寺さんはテレビをぼんやりと見る。きっとずっと前に撮ったんだろう映像はクリスマスを祝っていて、俺はぼんやりと楽しかったクリスマス会を思い出していた。
「タケル、よかったのか?」
「え?」
ふいに円城寺さんが呟く。困ったような、嬉しいような、遠慮するような。すべてがわかるわけじゃないけど、きっと明るい感情じゃない。
「せっかく漣と恋人になったんだ。漣とふたりきりのほうがよかったんじゃないか?」
円城寺さんが難しく笑う。円城寺さんは俺とアイツが恋人であることを知っている、数少ない人間だ。
付き合い始めたのは秋。始まりはずっと前だろうけど。キスはクリスマスまで我慢できなかった。そんな関係だ。
クリスマスを恋人と過ごす人は多いんだろう。それでも、俺もアイツも当然のように円城寺さんの家にあがりこんだ。
「……俺にとって円城寺さんは家族くらい大切だから。言わないだけでアイツもそう思ってる。家族と過ごすクリスマスのほうが、俺たちは嬉しい」
俺たちって多分家族って形を手放して久しいんだろう。だからってわけじゃないけど、こういうのはうんと大事にしたい。アイツと俺は恋人だけど、ふたりして円城寺さんのことが大切なんだ。
「……あっ、円城寺さんが彼女ができたらそっちを優先してくれて構わない。……もしかして、もう彼女がいるのに俺たちと過ごしてくれてるのか?」
「ははっ、まだ彼女はいないな。じゃあ今年は三人で過ごそう。……自分も、ふたりが大切だ。自分に遠慮は無しだからな」
きっと円城寺さんは俺たちがふたりでクリスマスを過ごすと言っても笑ってくれるんだろう。仲がいいって喜んでくれるかもしれない。でも、いまはまだ三人がいい。
「……いつか、アイツとふたりっきりのほうがいいって思うようになるのかな……」
「どうだろうなぁ。まぁ、どっちでも間違いじゃないさ。クリスマスに恋人と過ごすってのもいいもんだぞ。普段とは違うムードが出るというか……」
円城寺さんの言葉はふわふわしていて、実体験なのか想像なのかが判断しにくい。こんなに素敵な人だから、恋人がいなかったってことはないだろうけど、円城寺さんがどんな人と付き合うのかってのはイメージできなかった。
考えたのは一瞬だ。ふと視線を円城寺さんにやると、ばちりと目があった。
「……コンビニにでも行ってくるかな。漣が風呂から出たら自分はコンビニに行ってくる」
「えっ? いまからか?」
「思ったより腹が減ってきたんだ。アイスを買い足してくる」
これは、あれだ。気を使われたのか。
「……気を使ってくれてるなら、大丈夫だ。」
「なんのことだ?」
「円城寺さん……。じゃあ、俺とアイツが買い物に行く。それじゃダメか?」
「子供を夜遅くに外にやりたくないんだ。それに、漣が湯冷めするだろう」
円城寺さんは一切ペースを崩さずに立ち上がり、ジャケットを羽織る。円城寺さんは聞き分けが悪いとか自分勝手とかではなく、ただマイペースな時がある。
円城寺さんがマイペースになったら止められない。それに、恋人と初めてのクリスマスにふたりきりってシチュエーションに興味がないわけじゃない。俺の興味はさて置いて、円城寺さんの気遣いがなにより嬉しいのは本当だ。
「……いってらっしゃい。サンキュな」
「自分がコンビニに行きたいだけだ。何か欲しいものはあるか?」
「ん……にくまん」
「わかった。……おお、いいところに」
円城寺さんの声に振り向けば、そこには髪の毛をびしゃびしゃに濡らしたアイツが立っていた。
「あ? なにがいいとこなんだよ」
「自分はコンビニに行くんだ。漣はなにか欲しいものはないか?」
「ん? ……んー……にくまん」
「はは、わかった。ああ、それと」
円城寺さんの視線が俺へと移る。
「ん?」
「自分は一時間は帰ってこないと思ってくれ」
「……円城寺さん。コンビニなんてすぐそこだろ」
「雑誌を立ち読みしたいんだ」
そう言って円城寺さんは行ってしまった。あとに残された俺の横にコイツが座って、不思議そうに玄関を見つめている。
「らーめん屋が夜遅くになんか買いに行くの、めずらしいな」
「気を使ってくれたんだ。俺たちが恋人だから」
「……恋人だとなんで気ぃ使われるんだよ」
「クリスマスだからだ」
ああ、とコイツは短く呟いた。コイツはわりとテレビを見るから、恋人がクリスマスをともに過ごすってセオリーはなんとなく知っているんだろう。
「別に、クリスマスだろうがなんだろうが、なんも変わんねぇだろ」
「それはその人次第だろ」
俺はコイツの手を取って、自分の胸にそっと置いた。
「……俺は少し、ドキドキしてる」
「……くははっ! それ、らーめん屋んちでこんなことしてるからじゃねーの?」
こんなことってなんだよ。そう口を開く前にコイツの手のひらが胸元から上に伝って俺の唇に届く。ふにふにと俺の唇を触るその指を軽く噛んでやれば、特徴的な笑い声が一層深くなる。
このドキドキはコイツの言うとおり、ここが円城寺さんの家だからだろうか。背徳感とか、スリルとか。よくわからないけれど、性的欲求と少しだけ距離を置いた鼓動だけが早まっていく。とっちらかって、ちぐはぐになる。
我慢ができないというよりは、単純にやり返してやりたい気持ちで指に立てていた歯をコイツの首筋に向ける。おとなしくしているコイツの首を痕がつかないように甘く噛んで舌を這わせた。痕は残せない。俺たちアイドルの、食事のマナーだ。
コイツはエロい気分じゃなかったのかもしれない。ただ笑いながら俺の額に何度も口づけをくれる。また今度な、って言うみたいな手が俺の頬を撫でて、チャンプがするように鼻をちょんってくっつけた。
コイツにだって性欲はあるのを知っている。それでも恋人でいる時間ぜんぶでやらしいことをしてるわけじゃなくて、たまにこうやって、チャンプにするみたいに俺を慈しんでくるときがある。
ただ俺の髪の毛を撫でて、額にキスをして、思い切り抱きしめて、ひとりじめするみたいに胸に収めるようなときが。
そういうとき、俺もそういう愛し方をするべきなのかなって思う。でも俺は知っている愛の形が少なくて、数少ない愛し方のひとつが妹と弟のためにだけある。別に同じようにコイツを愛したっていいはずなのに、そのぽっかり空いた席に誰かを座らせるのがひどく怖い。
コイツはチャンプじゃない。兄弟じゃない。仲間だけど、円城寺さんとは違う。家族じゃない。家族になりたい。
愛し方ってなんだろう。
俺はコイツにキスをするけど、それは愛しているからだ。キスだって立派な愛情表現だろう。それを疑ったことはない。
でも愛し方はいくつもあるはずで、もっといろいろ、俺のできる全部でコイツを愛したい。
そっと背中に手を回して、背筋をつつ、と撫でた。くすぐったそうにコイツは笑って、意地悪な声を出す。
「『らーめん屋が帰ってこなけりゃ』とか、『今日はチビんちに帰ればよかった』とか、考えてるか?」
思ってもいなかったセリフに面食らってしまう。ちょっと手つきがエロかったのだろうか。キスしたいって、バレてるんだろうか。
キスはしたい、けど。
「全然。円城寺さんは大切だ。……オマエのほうこそ、どうなんだよ」
もしかしたら、コイツはふたりっきりになりたかったんだろうか。
「チビはそれでいい」
コイツは俺の質問には全く答えず、俺に触れるだけのキスをしてくる。触れ合わなかった舌を出して奥へと絡ませようとしたが、笑いながら甘噛みされてしまう。どうやら、今日はここまでのようだ。
「……妬かれても困るが、妬かれないのも複雑だな」
「チビが一番惚れてるのはオレ様だろ。誰が誰に妬くってんだよ。妬く意味ねぇだろ」
「……伝わってるならいい。好きで、愛してる。好きな人はたくさんいるけど、愛してるのはオマエだけだ」
「そんくらい知ってんだよ、バァーカ」
愛されてることをしっかりとわかってる恋人って、こんなにかわいいんだな。口には出さないけど、たくさん好きって伝えててよかったなって思う。
「……知ってんなら、意地悪するなよ」
半ば恨みがましく視線で訴えれば、意にも介さないコイツが少しだけ口を空けて、舌をぺろりと出してきた。
その舌に舌を絡めて、そのまま口内をめちゃくちゃにしてやろうと身を乗り出した瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「おーい! 鍵を忘れたみたいだー。あけてくれー」
ああ、タイムアップだ。せっかく円城寺さんが時間を潰してくれたのに。
「ああ、いま行く」
「鍵忘れてたら鍵かけらんねぇだろ」
「気を使われてるんだ」
コイツの呑気な問いに小声で返事をして扉を開ける。円城寺さんに風呂を譲って少しの時間だけまたふたりっきりになって、それでもキスはしなかった。
交代で風呂に入る。湯船に浸かって考える。
円城寺さんは大切だから、こういうイベントごとは一緒にすごしたい。きっとアイツもそう思ってる。
じゃあ、恋人はどうやって大切にすればいいんだろう。なんでもない日に、ふたりの記念日でも作ろうか。
ふたりで作ったふたりだけの記念日を、きっとアイツも愛してくれる。でも、なんだかんだでふたりして円城寺さんに報告しに行きそうな気もするな。特別な日を作ったから三人で一緒にいよう、だなんて。
難しいな。俺はまだ、たくさんの大切とたったひとつの愛してるのバランスがうまく取れてない。でもきっとアイツはそんな俺が好きだって、ちゃんと自惚れている。
記念日じゃなくて、なんでもない日に愛し合おう。気まぐれにバラでも贈ったら笑うのだろうか。
風呂から上がれば、さっきまで触れ合っていたアイツと同じシャンプーのにおいがした。俺の家のじゃない、シャンプーのにおい。
とっても優しいにおいだ。
三人でいるときの俺たちのにおいも、俺の家で俺のにおいに染まるアイツも、おんなじように愛してる。