例えば別れの言葉とか「なんで嘘なんざつくんだよ」
コイツは『できない』とは言わなかったが、演技をする対象のことがわからないというのは『演技ができない』と言っているのと同じことだろう。いつだって当て書きの役がもらえるわけじゃない。コイツの演じる青年は嘘吐きではなかったが、最後、ひとつだけ最初で最後の嘘を吐く。たったひとり、愛する人間のために。
「それは……相手のことが好きで、大切だからだろ」
かと言って俺は嘘は吐かないし、吐けない。嘘を吐こうと思ったことはないが、考えただけで喉の奥に重さのあるモヤのようなものがまとわりついて気分が重くなる。コイツが同じことを思っているかはわからないが、嘘が吐けるタイプではないのはわかる。円城寺さんはどうなんだろう。あのひとは優しいから、優しさから嘘を吐く人間の気持ちがわかるかもしれない。
別にコイツのことを薄情だと思ったことはないが、常識が通用しないことが度々ある。常識って言っても、それは俺にくっきりとついた痣みたいなもので『正しい』と同じ言葉ではない。『間違い』と同じ言葉なら楽なんだけど、そうじゃないのがもどかしい。
「チビは?」
反応が遅れた。返事を待たずにコイツは続ける。
「大切なヤツのためなら嘘つくのか?」
どうだろう。結局、俺は思ったことしか言えない。
「どうなんだろうな」
他人事のようになってしまったのはなんでだろう。具体的なイメージはないくせに、嘘を吐く未来がないと言い切れない。
「オマエは?」
言って、馬鹿な返事をしたと思った。なぜ嘘を吐くのかと問いかけてきた人間に聞くことではなかった気がする。
それでも、コイツは言った。
「そりゃ、つくときゃつくだろ」
以外だった。コイツは嘘なんて吐けないと思っていたから。
「……じゃあ、なんで聞いたんだよ」
「アァ?」
「嘘を吐く、理由」
人のために嘘を吐く理由。
「別に。わけわかんねーやつだと思って」
必要なら嘘を吐くと言って、嘘を吐く人間を理解できないという。コイツはどういうときに嘘を吐くんだろう。人のためではないなら、自分のために嘘を吐くのだろうか。
「オマエは俺に嘘を吐くのか?」
目が合わないわけじゃない。最初から、お互いに別のものを見てる。アイツはテレビを見てるし、俺だってゲームしてる。
「必要なら」
淡白な声だ。
「それは俺のためじゃないんだな」
「なんでチビのために嘘をつくんだよ」
「なら、自分のためか?」
「最強大天才に嘘なんて必要ねーし」
「意味わかんねぇ」
返事ではなく、呟いた瞬間にゲームの中で俺は死んだ。ゲームに集中できなくなってる。やめどきだろうか。
電源を落とせないまま惰性でコンティニュー。新しくゲームが始まる。
「チビは」
「……ん?」
「自分のために嘘をつくのか?」
「……わからない」
「決めろ」
「……は?」
決めろ、とはなんのことだろう。コイツと未来の約束をしろというのか。
「……いまのところ、俺は自分のために嘘は吐かない」
「じゃあ、オレ様のためにはつくか?」
「はぁ? なんでオマエのために嘘をつくんだ」
バカバカしい。そう吐き捨てる前にコイツが言った。
「好きだ」
「…………え?」
ようやく目があった。アイツはもうテレビを見ていないし、俺だってもうゲームなんてしていない。
「チビは?」
逃げられない、のだろうか。嘘を吐いたっていいけど、俺は誰のために嘘を吐くんだろう。