魔法のリボンでメタモルフォーゼ「百々人先輩に秘密を教えてあげます」
そう言いながらアマミネくんはしゅるりとリボンタイを解く。どうやらなにやら、始まるらしい。
「……いやらしい秘密?」
「別に脱ぎませんよ」
子供と大人の中間みたいな指先が、華奢なリボンタイを弄ぶ。そういえばリボンタイってつけたことがない。
「このリボンタイ……実は、つけると誰でも『天峰秀に見えるようになる』リボンタイなんです」
内緒ですよ。とアマミネくんは釘を刺す。僕は無視してカメラを探す。
「……ドッキリ?」
僕の返事を無視して手渡されるリボンタイ。特に何も言われていないが、僕はネクタイを外して心許ない紐を首にかける。これがドッキリならお仕事なわけだから、ぴぃちゃんの期待を応えないとね。
「あ、アマミネくんはリボンを解いてもアマミネくんのままなんだ」
設定が甘い気がする。まぁいいんだけど。
「まぁ、俺は天峰秀ですから」
そう言うとアマミネくんはスマホを持って立ち上がった。聞けば、屋上に身を隠すらしい。
「じゃあ、俺は隠れます。天峰秀が二人居たら騒ぎになりますからね」
「あ、うん。……っていうか、僕もうこれアマミネくんに見えてるの?」
「はい。どこからどう見ても、立派な『アマミネくん』ですよ」
さっき着たトークの通りなら、ここにそろそろマユミくんがくる。よし、僕は立派に天峰秀になってみせよう。
「じゃあ、またあとで」
アマミネくんはするりといなくなる。五分後にマユミくんがやってくる。大丈夫、僕はうまくやる。
「アマミネくん……」
屋上には王様のようにのさばるアマミネくんがいた。僕はと言えばそれなりに大きかったショックが隠せない。
「あ、どうでしたか?」
アマミネくんは何処吹く風。引き戻すように、僕は触れてしまった世界の秘密を口に出す。
「……アマミネくんって、もしかして……マユミくんに嫌われてるの?」
沈黙。肯定、なのだろうか。待って待って、それはとても困る。
「お気づきですか」
「ひぇ」
やっぱりそうなのか。そして、このリボンタイは本物なのか。
僕は先ほど思い知った。そう、このリボンタイは本物なのだ。本物の、魔法のアイテム。
マユミくんが僕をどうしようもなく『天峰秀』として扱うから、そして、その目が余りにも違うものだから、想像よりもパニックになった僕は適当に理由をつけて外に出てしまったのだ。するとどうだろう、明らかに無関係であろう人が僕を指さしてこう言った。「天峰秀だ」と口にした。
「本物だった」
「そう言ったじゃないですか」
「……マユミくんの目が、なんか違った」
翡翠の双眸。その温度。
「……どんなふうに?」
「優しく……ない……」
なんか、違ったんだ。見たことがあるような、ないような、きっと、僕じゃなきゃ気づかないような。
「充分に優しいですけどね。それ、俺が嫌われてるわけじゃないです」
するりと、僕のリボンタイを解いて彼は呆れたように言う。
「鋭心先輩にとって、百々人先輩が特別なんですよ。俺は天才だから気がついちゃう」
まぁ、本人に隠す気はなさそうですけど。こう呟いて隠す気もないためいきをひとつ。
「百々人先輩も鋭心先輩が特別でしょう?」
「……え?」
「だから、早くくっつけばいいのにって思って。だからコレ、貸してあげたんですよ」
「えっ、えっと……ちょっと待って、」
アマミネくんが特別に嫌われているわけではない。これは安心。
僕が特別に好かれている、というアマミネくんの発言。これはどうしよう。僕の混乱は喜びまでの道のりを塞いでいる。
「あの、アマミネくん」
何か言わなきゃ。息を吸って、吐き出す前に屋上の扉が開く。
「……ああ、こんなところにいたのか。百々人」
その目と声に、気がついてしまう。天峰秀だった僕が、花園百々人に戻って理解する。
「……アマミネくん」
「なんですか?」
笑いもしない後輩。あー、かわいくない。
「……もーやだ」
「どうした百々人。具合でも悪いのか?」
マユミくんが僕に触れるまであと8歩。優秀な後輩にはもうバレてるし、付き合っちゃおうって言っちゃおうか。