木曜日/酩酊 別に必ず木曜日にいやらしいことをするわけじゃないけど、するとしたら木曜日だからちょっと意識する。別にいつやったって誰も怒らないけど、なんとなくの不文律だ。
木曜日は少し寂しい。木曜日には百々人先輩がいない。ちょっとだけ欠けていて、不安定さの上にふたりっきり、みたいな感じ。
毎週木曜日は百々人先輩だけ仕事がある。北村さんが受け持っている番組の短期レギュラーに選ばれているのだ。溶かした砂糖をまとった真っ赤なリンゴ飴に似た北村さんと、少しの着色料で着飾ったマシュマロのような百々人先輩が並んでいるのは、なんだか甘くて好ましい。そんな二人が学校帰りに集まって、ふわふわと都内を探索するっていう、そういう番組だ。
番組が終わる時間は合流するには微妙な上に、百々人先輩はそのまま北村さんと食事をするのがお決まりらしい。北村さんのことを気に入っているのか俺たちに気を使っているのかは正直わからないが、理由も言わずに百々人先輩はその日食べた夕飯を俺たちに飯テロしてお馴染みのスタンプを押してくる。あの人は俺たちの関係を知っているけど、そういう気を回す人なのか、わかんないんだよな。鋭心先輩のことは少しだけわかったつもりになっているけど、百々人先輩は本当にわからない。
そうやって生まれた空白に、俺たちは恋人としての行動を詰め込むのがうまくなっていた。そういう、不文律。別に破ったっていいけど、これは不自由というよりは免罪符なので俺としては生きやすい。
木曜日の夕方、俺たちはよく映画を見る。たまに仕事の話をする。俺が一方的にする話を先輩がただ聞いていたりする。そうやって三人でもできることをやって、沈黙の後に二人でしかできないことをしたりする。
***
エンドロールが流れる薄暗い時間の、頼りない光に紛れ込んでいる鋭心先輩が好きだ。先輩のようなハッキリとした生き物が不明瞭になる、ただぼんやりと美しいだけの時間が好きだ。別に百々人先輩でも見られるような特別ではない瞬間を俺は特別に愛していて、同じ深さで取り憑かれている。
鋭心先輩はエンドロールを見ていたけど、俺はもう鋭心先輩しか見ていない。アイドルになってからひとつのものを作るのにはたくさんの人が動いていると知ったのに、そういうものの証明がいまいち頭に入ってこない。ただ、ぼんやりと鋭心先輩の唇を見ている。なんだか、無性に触れたかった。二人が座るソファの距離はいつも一定で、たまに心が追いつかないときがある。
「鋭心先輩」
名前を呼ぶ。この人は俺や、手の届く全てを裏切ることはない。落ち着いた声で、俺の名前を呼ぶ。
「どうした、秀」
律儀にからだごとこちらを向いた鋭心先輩の手にそっと触れた。いつだって、この瞬間は慣れない。
「……俺はそういう気分なんですけど……先輩は?」
俺よりも骨張った指が俺を受け入れるから、指を絡ませる。きゅっと力を込めたら強く握り返されて、期待したら瞬間にそれは気まぐれに離れていく。
「……その気にさせてみるか?」
でた。先輩のこういうところ。滅多に出てこないけど、たまに出てくるイタズラ心みたいなやつ。いつもは真一文字に結ばれた唇が俺を試すように少しだけ弧を描いた。三日月よりも浅い笑みに怯むようでは、この『ラスボス』には立ち向かえない。
沈黙は時間で重さを増すことを知っているから一拍で呼吸を整えて口づけた。触れるだけのキスをしてそっと胸に触れる。
そういえば、普段は余裕がないけれど今日は鋭心先輩をその気にさせるのだと──ふと見たその表情は、欲と言うより慈愛に溢れていたので俺はちょっと不機嫌になった。
「……鋭心先輩、やらしい気分になるつもりあります?」
「ああ、すまない。なんだか愛おしくてな」
シンプルにカチンときた。二歳しか違わないくせに、こうやって俺のことを子供扱いする。何が腹立たしいって、普段の彼は絶対にそういうことはしないのだ。どんな年齢だろうと相手を尊重し一人の人間として敬意を持って振る舞う人格者が、どういうわけか恋人としての俺にだけは甘やかすような声色を向けてくる。それも、こういう色恋の場でだけ、だ。
「俺は、鋭心先輩の弟とか子供とかじゃないんですけど」
「わかっている。だからそんな顔をするな」
拗ねた自覚はあった。そのせいか、先輩の笑みは深くなる。
「俺を甘やかしたいなら、猫にでもなりましょうか?」
「それなら子犬がいいな。忠実で……俺を裏切ることがない」
「がう」
動物らしく手を使わず、投げ出されていた手首に噛み付いてやった。鋭心先輩は怯むことも振り払うこともせず、あろうことが自然と下がった俺の頭を撫でてくる。
「……やってみてわかったけど、俺これ嫌です」
「なら戻ればいい。弟でも子犬でもなく、恋人にな」
ぱ、と鋭心先輩の手が離れる。散々子供扱いされたのに収まらない熱が情けないやら疎ましいやらだ。
少しからだを近づけて、その情熱的な色をした髪に手を突っ込んで押さえ込んで噛み付くようにキスをした。受け入れられた熱の絡む舌が気持ちよくてなんだか蕩けてしまうが、彼も同じように感じているのかと目を開けば、鋭心先輩の鮮やかな瞳の色が目に入る。それが無性に憎たらしくて、怪我をしない程度に唇を噛んでやった。
「……先輩」
「悪かった。少しからかいすぎた」
ふいに見せた笑顔は無邪気で、アンタもたいがい可愛いよって思う。ただこの可愛らしい恋人のイタズラ心は俺の自信を揺らがせるには十分すぎた。ワガママなまま、思ったことを口に出す。
「……なんか、自信なくなりました」
「ん?」
「俺、いつも余裕ないから……もしかして、鋭心先輩って俺で気持ちよくなったこと、なかったりします?」
流石にセックスの最中は感じていると信じたいが、最初は気持ちいいってよりも痛がってた気もするし──俺だけ無我夢中で必死になってたとしたら、そんなの惨めすぎるしなにより申し訳がなさすぎる。
「そんなことはない。秀と繋がることは……ちゃんと気持ちいいし、満たされる」
「それならよかった……でも、あれです。その……前段階っていうか……触ってるときとか……どうなんですか?」
「……前戯の段階か?」
「先輩ってわりと直接的な単語使いますよね……まぁ……それです……」
恥ずかしさと自信のなさでどんどん声が小さくなる。俺は鋭心先輩にそういう意図で触れているってだけで脳が痺れるほどゾクゾクするんだけど、先輩はどうなんだろう。
「……ちゃんと、気持ちいいですか?」
じっと目を見つめる。ひとつの嘘も慰めも見逃さないように。鋭心先輩はすっと真剣な目になったと思ったら、意識が逸れたように斜め上を見た。
「……それなら、教えてやる」
「え?」
鋭心先輩の手がリモコンに伸びて電気をつける。薄暗かった部屋がいきなり眩しくなって、俺は反射的に目を閉じた。
「先輩……?」
先輩はマイペースに制服を脱いだところだった。一度こちらを見て、俺と目が合ったのを確認してからシワひとつないワイシャツのボタンに手をかける。ぽかんとしている間にボタンを全て外した鋭心先輩はゆっくりとした動作でワイシャツを脱いで、その下に着ていた黒いTシャツも脱ぎ捨てた。制服はソファーにかけられたが、ワイシャツとTシャツは鋭心先輩らしからぬ乱雑さで床に脱ぎ散らかされている。先輩に視線を戻すと何も着ていない上半身が露わになっているから思わず目をそらす。少しうるさくなった心臓が、跳ねた。鋭心先輩の手が俺の手を取ったからだ。
「俺がどこを触れられると……どう感じるのか」
取られた手が導かれて、鋭心先輩の鎖骨に触れた。唐突に触れた肌にびくりとする間もなく、鋭心先輩が言葉を紡ぐ。
「鎖骨は……あまり感じない」
そのまま手は下へと誘導されて、しっかりとした胸板に触れた。しっとりとした感触は指に吸い付くようで、どうしても性的な接触を意識させてくる。
「あ、あの、鋭心せんぱ」
「胸は感じる」
そう言って鋭心先輩は目を閉じた。手のひら越しの鼓動は平静で、落ち着いたリズムを保っているのにイラッとくる余裕もない。
「正直、最初はそうでもなかったが……調べたら触り続けると性感帯になると書いてあったからな。自分で継続的に触れているうちに性感帯になったようだ」
「え? ……そんなことしてたんですか?」
「そうだ。喜ぶと思ったんだが……はしたないと思うか?」
「いえ……正直すごく嬉しいんですけど……ちょっと今冷静じゃないって言うか……」
鋭心先輩が一人でそんなことしてたなんて、予想外すぎてダメだった。ドキドキと驚きが混ざって心臓がおかしくなりそうだ。恋人を自分の手で変えることができなかったもったいなさみたいなものはあるが、それよりもこの肉体が、ほんの一部でも俺の為に変わったものだという事実がよくない欲を満たしてきた。人差し指を動かして胸の突起を引っ掻けば、鋭心先輩が少し熱っぽい息を吐く。
「……気持ちいいですか?」
「ん……」
深く動く肺の表面をなぞって何度も擦る。教えてくれると言ったくせに甘い声を堪える鋭心先輩はちょっと往生際が悪い。そのまま指先で摘まむようにしたら、手をしっかりと掴まれた。
「……鋭心先輩は、ここが気持ちいいんですね」
「……そうだ。他の場所も、全部教える」
そう言って、またその指先で俺を支配する。そっと彼の性感帯を離れた指は、少し脇にズレた。
「肋骨は、どうだろうな。ゆっくり撫でられたら……すこしよくない気持ちになる」
俺の手は操られるままにしなやかな筋肉に包まれた肋骨を辿る。ひとつ、ふたつ、みっつ、と鋭心先輩が催眠術をかけるみたいに俺の耳に心地の良い低音を流し込んだ。そのまま、俺はされるがままにからだを辿っていく。
「脇腹と腰は少しくすぐったい。ただ、必死なお前に強く掴まれるときはゾクゾクして……終わった後に痕がついていると、倒錯的な気持ちになる」
そうやって、うっそりと目を細める先輩は、なんだか甘い毒に見えた。
「……俺、そんなに強く掴んでますか? ……すみません」
「無我夢中に求められて悪い気はしないからな。謝ることじゃない」
やわらかな脇腹とかたい腰骨に添えられた手は、お腹の真ん中へと誘導される。
「ヘソは……どうだろうな。あまり触られたことがないからわからない」
ただ、と鋭心先輩は一拍置いて口にする。
「ここは皮膚が薄く筋肉も脂肪もあまりついていない上に、臓器に近い」
「ああ……毛細血管も多いって言うし……敏感でもおかしくないですよね」
言いたいことの見当がついたので割り込んだ。それを聞いた鋭心先輩は納得したように頷き、呟く。
「いつか、暴いてくれて構わない」
「……勝手に触って、そういう場所にしないでくださいよ」
とっといてください。そう告げれば鋭心先輩は微笑んで手を離した。俺はもう止まれないから、そのまま中心に手を伸ばす。そうすると、また鋭心先輩の手が俺の手を掴まえる。
「……教えてくれるって、言いましたよね?」
「他にも教えるところがある」
手はそのまま首筋に運ばれる。うなじをするりと辿り、そのまま首を固定するように手が止まる。
「うなじは急に触られるとゾクゾクする。喉元……喉仏は息が苦しくなるから触らないでほしい」
蒙昧になった指先では鋭心先輩の脈は辿れない。ただ、自分の血液がドクドクと、こめかみ付近で鳴っている。
鋭心先輩は首を傾げ、甘えるように手に頬をすりよせてきた。
「頬は感じないが満たされる。なかなか触れられることがないが」
「だから……余裕なくてすみませんってば……」
そういえば頬ってあんまり触れないかもしれない。いや、キスをするときは身長差の関係もあって触れている気がするけど、いわゆる『そういうとき』には触れていない。余裕ないし、逃がしたくないし、ついつい後頭部を押さえこんでしまっているような気がしてきた。先輩の言うとおり、情けないほど無我夢中だから、たぶん、だけど。
「唇に触れられるのは……初めてだが、少しドキドキするな」
「……まぁ、指で触れるくらいならキスしたいですし……」
ふにふにと触れた唇は柔らかかった。堪能していると、その指をぱくりと噛まれてしまう。そのまま指の付け根にまで舌を這わされるものだから、慌てて手を引こうとしたが俺を掴んでいる鋭心先輩の力が強くてダメだった。舌で指先が愛撫されるたびに、じくじくとした熱が溜まる。どうしようもなくなって鋭心先輩の名前を呼べば、ようやく俺の指から離れた舌が「秀、」と名前を呼んだ。
「……俺を興奮させてどうするんですか」
「興奮している秀を見ていると、俺も気分が高揚する」
しれっと返して、そのまま指先を耳元へ。唾液がついた指先が、形の良い耳を辿る。
「……耳は感じる。撫でられると少しゾクゾクして……奥に入れられると、もっとゾクゾクする。耳の裏側が痺れて、指先の音がいろんなものを遮断して……」
言葉に従って耳の奥に指を入れる。鋭心先輩がまたひとつ熱い息を吐いた。
「……耳元で、何か言ってみてくれ」
「え……?」
「こちら側は指の擦れる音しか聞こえないから……反対側は秀の声で埋めて、」
俺を全部満たしてみてくれ。そう言って鋭心先輩は目を閉じた。キスを待つように、俺の声を待っている。無防備なその頬に顔を寄せ、耳に声を流し込む。
「……鋭心先輩」
魔法が解けるように、鋭心先輩が目を開けた。どうでしたかと聞くと、手を解いてそっと抱きしめられた。
「……鋭心先輩?」
表情が見えなくなる。どちらのものかもわからないからだが熱い。
「これは、マズいかもしれない」
「え?」
「陶酔的で……良すぎて、よくない」
先輩、耳弱いんだ。なんだかこの完全無欠みたいな男にそんな俗っぽい弱点があるという事実にゾクゾクした。俺の指先で感じて俺の声でクラクラする鋭心先輩、というある種の虚構めいた存在がいま俺を抱きしめているのは、酷くまやかしめいていた。
「秀」
「はい」
「抱きしめ返してくれ」
鋭心先輩がしているように、俺も手を回して鋭心先輩を抱きしめる。しばらくそうしているものだと思っていたが、間を置かずに鋭心先輩は言った。
「背骨は触られてもあまり感じないが……なぞられるとぞわぞわする」
そう言うが早いか、先輩のからだが当たり前のように離れていった。遠ざかる熱が名残惜しい。つかの間の余韻を残して、また鋭心先輩が俺の手を取る。
「……指先は神経が集まっていると聞くが、当たり前に使うところだから性感帯かと言われるとそうでもない」
指先が絡みつく。付け根を執拗になぶって、指の腹をこすり、ぎゅっと握りこんでくる。
「でも、満たされる。……ただ、行為の最中は手首を掴まれることが多いな」
「だっから……本当にすみませんってば……」
なんだか、さっきとは別の意味で頬に血が集まる。俺、そんなに余裕ないのかよ。情けなすぎる。
「いや、さっきも言ったが……求められていると、高揚する」
だから気にするなと言われたが、流石に気にする。次は、と心で誓った矢先、鋭心先輩は言う。
「気になるなら、練習あるのみだな」
「……練習、付き合ってくださいよ」
絶対ドロドロのぐちゃぐちゃにしてやりますから。そう言えば鋭心先輩は楽しみにしていると笑った。伝えることは伝えたのだろう。鋭心先輩は散らかしていたTシャツを拾って、着る。
「……もっと、知りたいです」
「ん?」
「鋭心先輩の全身、全部」
そっとソファーから降りて、鋭心先輩の足下に跪き、先輩の足を取って靴下を脱がせる。足の甲を撫でれば、そこは手の甲よりもしっとりとしていた。
「……あまりきれいな場所ではないと思うが」
「そうですね。先輩ならどこだってきれいとか、言うつもりはないです」
指先を滑らせて足の指に触れる。見つめたさきに見える爪はきちんと整えられていて、この男は足の先まで『正しい眉見鋭心』なのだと感心すらしてしまった。
「でも、先輩ならどこでも好きです。きれいなところも、汚いところも」
足の甲を撫でて、指先を撫でて、足の裏にやわやわと触れたところで鋭心先輩が声をあげた。
「待て、くすぐったい」
「じゃあ、ここも感じますか?」
「触れられたことがないから、知らない。教えられない」
「いま触れてるじゃないですか。……ねぇ、教えてください。気持ちいいですか?」
鋭心先輩は震える息を吐いた。吐いて、吸って、「くすぐったいだけだ」と呟く。その足を解放して、指先を上に滑らせて、ふくらはぎを撫でた。
「ここは?」
ふに、と摘まんだふくらはぎは緊張したように力が入ってかたくなってしまった。ズボン越しだったけど、ここっていま脱毛中なんだよな。アイドルになった人間への洗礼なんだろうけどちょっと面白い。まぁ、俺も洗礼を受けてる真っ最中なんだけどさ。
「揉まれると、マッサージを受けている感覚になるな」
見上げた顔はほっこりしていて、マジでマッサージ感覚なんだっていうのがわかった。気持ちいいのはわかるけど、ちょっと釈然としない。
「じゃあ、ふとももは?」
するりと指先を動かして、触れる。鋭心先輩は少しだけむず痒そうに足を揺らした。
「……少し。ただ、ここに触れられるときは大抵秀が我慢できないときだから」
「余裕のない俺が好きなのはもうわかりましたって!」
余裕のある俺も好きだと言わせてみせますから。そう告げれば鋭心先輩は事も無げに「楽しみにしている」とほほえんだ。
「ホントのホントに、鋭心先輩がぐずぐずに泣いちゃうくらい主導権握ってやる……」
「ぐずぐずに泣いてるのは秀のほうだが」
「……俺、まさか泣いてるんですか……? 嘘でしょ……?」
「たまに」
「ホントやだ……」
ぽふ、と鋭心先輩の太ももに顔を埋める。絶対にかたいのに、ふとももという魅力的な補正が入って最高の感触になるから男子高校生の脳ってバカだ。
「……鋭心先輩、感じた?」
「ん? ああ」
「直接触って確かめていい?」
「……それでもいいが、まだ教えてないところがあった」
こい、と命令されて、俺は鋭心先輩の膝に乗る。見つめ合った鋭心先輩がぺろりと舌を出した。
「……そこは流石に気持ちいいでしょ」
そこで感じてもらえなかったら、流石に俺は立ち直れない。
「どうされると気持ちいいか教えてやる。舌でどこをなぞるか、どう絡み合うか、どこまで深く潜るか……それとも、キスの時は余裕がないか?」
「……天才の学習能力、舐めないでくださいよ」
鋭心先輩が余裕なのもいまだけですから。そう宣言して深く口づける。入れられた舌に酩酊する脳を理性で叱咤して、先輩の気持ちいいところを覚えようと必死に感触を刻みつける。酸欠でくらくらしそうなタイミングで鋭心先輩が唇を離すから、あ、この人また俺のこと見ながらキスしてたって、ちょっとカチンときた。
「……わかったか?」
「……不出来なので、もういっかい」
そう言って、何回もキスをした。鋭心先輩が教えるように舌を動かして、俺が習ったようにやりかえす。そんなことばっかりしてるから、呼吸と血液がどんどん熱くなってくる。なんにも考えられない頭でぼんやりと目を開けると、蕩けるように目を閉じた鋭心先輩がいた。
「……鋭心先輩、その気になりましたか?」
キスをやめて聞いた。鋭心先輩が言葉を紡ぐために息を吸う。その瞬間、漫画みたいなタイミングで帰宅を促すスマホのアラームが鳴った。