蛙の肝も要る。 未来から百々人がやってきた。なるほど、確かに未来の百々人らしく、内側から滲む雰囲気には落ち着きと余裕がある。これくらいなら演技の範疇と言えるだろうが、単純な俺はこの百々人が俺の机の引き出しから現れたという事象だけでこの事実を飲み込んでいた。タイムトラベルと引き出しを関連づけられた日本人は多い。もれなく俺もそのひとりだ。
百々人曰く、どうやら将来的に百々人は泣きはらして目を真っ赤にしてしまうようだ。そうして、非常に困ってしまうと言う。そこで、その充血を抑える目薬を作るため、材料である俺の涙を採取しにきたらしい。
そういう理由であれば協力しようと、俺は百々人が持ち込んだタマネギに爪を立てたり、輪ゴムでスネを弾いてみたりと努力はした。が、俺はもう18になる男だ。そんな簡単に涙はでない。百々人の応援虚しく、材料は集まらない。
ならば、と考える。百々人が将来的に泣いてしまうのであれば、そこから百々人を守ってやればいいのではないか。そう伝えて、ふと思い至る。
「百々人の未来に俺はいるのか?」
百々人は少しむくれたように、いる、と呟いた。それなら話は早い。
「俺が、百々人を守ろう」
いったい何がお前を泣かせるんだ。問えば百々人は一瞬ムカッとした顔になって、すぐに悪戯に笑う。
「僕ね、将来キミに告白されるの」
マユミくんがね、愛してるって言うんだよ。百々人の指先が俺の唇に触れた。
「僕は嬉しくて嬉しくて、大泣きしちゃうんだ」
「……そうか」
俺は将来、お前を好きになるのか。
意外だったが、あり得ない話ではない。むしろ穏やかな納得があった。俺が時折百々人に感じるあてどない気持ちはそんな形になるのか、と受け入れる。
「……信じられない?」
「いや、信じる。それはなんだか……自然な気がしている」
そして、俺の告白を止めることはきっと、俺にはできない。それは溢れるように俺の口から零れるんだろう。
俺は諦めてまたタマネギに力を入れる。ぐっと爪を食い込ませれば、刺激の強い霧が弾けた。それを百々人がのんびりと見ている。
「……そういえば、なんで俺なんだ?」
不思議な目薬だ。惚れた男の涙でも必要なのだろうか。
そう問えば一言、百々人は「どうせ泣かすならマユミくんがよかった」とだけ答えた。
なんだそれは。