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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    鋭百。舌を噛む百々人。
    自分に自分は見えないってやつ。(2021/12/31)

    ##鋭百

    テル・ミー マユミくんと映画を見ていた。シアタールームにたったふたりで、部屋を薄暗くして、手も繋がずに、視線も交わさないまま。
     罪悪感を覚えること自体が間違っているんだけど、アマミネくんがいない二人きりの時間にぼんやりと絡まっていた『なんとなく申し訳がないな』っていう気持ちが薄まってしばらく経つ。聞かれたらきっと教えるけれど、口にするほどの関係はここにはない。僕が言った、軽口に冗談を浸した布で自分でもわからない感情をぐるぐる巻きにした「好き」って言葉にマユミくんは一瞬だけキョトンとして、「嬉しい」も「俺も好きだ」も言わずに「なら、付き合おう」と言ったんだ。だから付き合ってる。僕はマユミくんが好きで、マユミくんが僕をどう思ってるかなんて、知らない。
     退屈ではなかったけど得るもののなかった二時間だった。流れるエンドロールにようやく許されたような気持ちになって、そっと横に居るマユミくんのほうを向く。エンドロールを眺めているはずの横顔を見る、はずだった。
     マユミくんは僕を見ていた。ざらついた薄闇を散らすスクリーンの明かりを取り込んで、初夏になって誰の目も奪えなくなった桜の木にぶら下がっている若葉みたいな色の目が、チカッて一度、光った。
     数秒も見つめ合っていなかったと思う。動いたのはどちらからかなんてわからない。ただ、僕には確証があった。きっとマユミくんにもあった。ああ、僕たちはいまからキスをするんだなって、わかってた。
     少しマユミくんとの距離を詰めて目を閉じれば一拍遅れて唇にやわらかいなにかが触れる。唇の感触なんて自分のものですらよくわからないけど、僕らはキスをしたんだってちゃんと理解した。触れただけの単純な接触のはずなのに、それだけで僕の心臓には一瞬で熱が灯ってしまう。は、と吐いた吐息はきっと熱い。これはきっと不道徳なものだ。こういうものにマユミくんを引っ張っちゃいけないってわかってるのに、道連れにするならキミがいい。
     薄暗いのがよくない。よくない気持ちになる。まだ心臓は痛くて目の奥がきらきらしていて、こんなにおかしくなっちゃったのが僕だけだったらひどく惨めだ。そんなことを考えて絡めた視線は普段の正しさからは少し離れて、見慣れない熱で僕を射貫いていた。
     最初に動いたのは僕だったけど手を伸ばしたのはマユミくんからだ。マユミくんのあったかい手が僕の頬に触れて、そのまま捕らえるように固定された。逃げる気なんてないけれど、逃げられないのは心地良い。一回、二回、ただ唇を触れあわせるだけのキスをした。
     捧げたい。奪ってほしい。やることは変わらないのに、別々の気持ちでぐちゃぐちゃになる。大人の階段を上るため──あるいは一気に踏み外すために、僕は口を開いて誘うように舌を出した。
     マユミくんは正しい。マユミくんはきれい。そういう存在が俗っぽく、僕にくちづけて僕の口内を犯す。悪いことをするより悪いことをさせるほうがよっぽどゾクゾクしていけないことみたいだ。さっき見たラブストーリーは何も得るものがなかったって思っていたけど、大人のキスの参考にはなったかもしれない。僕からもマユミくんの頬に触れてその呼吸を捕らえる。舌を絡めて潜り込む。お互いがお互いを閉じ込めるようにして、僕らはずっとキスをしていた。
     満足なんてできなかったから僕らは行き止まりまで進んでしまった。僕はソファーに押し倒されていて、マユミくんは僕に覆い被さっていて、さて、ここからどうしたらいいんだろうと疑問が浮かんだあたりでようやく止まることができた。結局のところ僕らが触れられる範囲の映画では、ここから先がわからない。ちょっと冷静になって、でも照れるのは違う気がして、なんだかなぁ、と僕らは体勢を戻す。
    「……百々人」
     マユミくんの指が僕の唇に触れた。どきりとしなかったのは、さっきまでのくちづけのせいと言うよりは、マユミくんのシンプルな視線のせいだ。
    「嫌でなければ、口を開けてくれ」
     どういうことだろう。断る理由もないから口を開ける。さっきまでマユミくんを受け入れていた器官が空気に触れて、すこしだけひんやりとした。
    「……舌を見せてくれ」
     べ、と舌を出す。なんだか、内臓を晒している気分だ。
    「……少し、触れてみていいか?」
    「え? ええおー」
     舌が出しっぱなしだからまぬけな返事しか出来なかった。僕の了承を受け取ったマユミくんの指が僕の舌に触れる。慣れない感覚に、喉がけほ、と鳴った。
    「すまない。大丈夫か?」
    「ん、大丈夫」
     なんだったんだろう。見つめたマユミくんはなにか考えているみたいでちょっと嫌だった。あの熱をあっという間に手放したような目が嫌だった。
    「……ねぇ」
    「どうした?」
    「べろ、触るくらいならさ、もう一回キスしてよ」
     そう言って目を閉じれば望んだ熱が与えられる。でもさっきとは何かが違う。マユミくんの舌は、明確な意志で僕の舌の一カ所を撫でていた。
    「……余計なこと考えてる」
     何を考えているかはわからないけど、余計なことを考えていることくらいはわかる。さっきまでと違ってマユミくんは熱に溺れてはいない。
    「すまない。……百々人、舌を噛んでいないか?」
    「……え?」
    「舌に……くぼみというか、傷のようなものがある」
     言われて、ふと思い至る。そういえば僕には噛み癖があった。
     最初は確か爪を噛んでいた。無意識に噛んでしまうからお母さんによく怒られていたっけ。どうやって直したのかは覚えてないけど、みっともないと僕を叱るお母さんの声を覚えている。
     その癖が直るのと同じ時期くらいに、腕を噛んでいた記憶もある。夜眠る前に、理由もわからずに自分の腕に噛み付いていた。がじがじと噛んでいると落ち着いていた気がするけど、それを怒られたかどうかはわからない。お母さんが僕の腕を気にするとは思えないから自分で気がついて直したのかも知れないし、もしかしたら血が出るまで噛んでしまって懲りたのかも。覚えてないけど、そんな気がする。
     そういうのはやめたつもりだったけど、無意識に僕は舌を噛んでいたらしい。自分の舌を撫でると、確かに痕というか、傷のようなものがある。
    「……噛んでる」
     きっと一生気づかないような秘密にマユミくんは触れた。口内を晒してもいい相手がいたから気がつけたことだが、見つけたのがマユミくんだったのは問題だ。
    「噛まない方が良い」
     差し出されたのは正しさだ。さっきまでは正しくなんてなかったくせに、目の前の男は『恋人』あるいは『狼』から、単なる『眉見鋭心』に戻ってしまった。
     それはそうだよ。噛まない方がいいに決まってる。それでも素直に聞き入れる気にはならなかった。だってそれは、たとえば虫刺されが痒くてからだを掻いてしまう人に「それはよくないですよ」というような、そういうものだ。いまどうしようもないのに、出来もしない正しい話をされても響かない。ましてや無意識下の行動だなんて。
     無責任だとすら思う。理由を拾い上げず、正しい結果を求める、みたいな、そういうやつ。
    「……うん、そうだね」
     こういう正論に返せる言葉は持っていないので、僕は殊勝かつ適当に返事をする。僕にはそういうところがあって、そういう一種の諦めのようなものがマユミくんを動かすこともある。
    「……もしも難しいようなら、改善策を一緒に考えよう」
     こうやって、寄り添うようになったのは変化なのだろうか。初対面でいきなり敗者への責任を説かれたことを思い出す。あのとき、嫌だったなぁ。
    「うーん、無理かも。噛んでるって気づいたのもいまだし……理由なんて、わからないよ」
     痛いのは好きじゃないのに。
     呟いて、息を吐いて、また口を開く。
    「……口寂しいのかな?」
     なんだか赤ちゃんみたいだ。それとも、赤ちゃんに向けられるような愛情を得たら僕のこの悪癖は止まるのだろうか。
    「飴を舐めておくのはどうだ?」
    「ふふ、虫歯になりそう」
     こういうとき、俺がキスをして塞いでおくとか言ってみたらいいのに。でもそんなことを言うマユミくんは面白すぎて、想像するだけでダメだった。ひっそりと笑っていたら、マユミくんが不思議そうに僕を見ていた。
    「……ありがとう。でも僕にこんな癖があったなんて……言われるまで気がつかなかった」
     舌が上あごに触れる。意識した、気づいてしまった傷口が痛い。
    「……マユミくんは僕よりも僕のことを知っているのかもね」
     言葉を吐き出して、べ、と舌を出す。正しさよりも、飴玉よりも、覚えてしまったキスの味にもっと溺れていたい。
     一緒に落っこちてよ。願いを隠して口を開く。
    「もっと知って。僕のこと」
     伝わったんだと思う。それでも、手を伸ばして良いのか迷ってるっていう、そういう顔だった。
     息がかかるくらい顔を近づける。でも僕からくちづけるのは少しこわい。不安になる。マユミくんにとって、僕の価値はどれくらいだろう。僕の言葉に、誘いに、舌に、体温に、どれに、どこまでの価値があるんだろう。
    「……百々人」
     マユミくんの名前を呼ぶ前に、マユミくんが僕を呼ぶ。マユミくんはあやすように僕の髪を二回撫でて、そのまま後頭部を押さえて僕の呼吸を飲み込んだ。
     絡む舌はもう僕の傷をなぞらない。形を確かめるように丁寧に、執拗に、彼の舌は僕の口内を蹂躙していく。薄暗い間接照明だけを頼りに視線を交わして、また行き止まりまで僕たちはお互いを食い散らかす。
    「……マユミくん」
     もう行き止まりだ。なら、その先はどこだろう。
    「舌を知ったなら、もっと、全部知って」
     マユミくんの手を取った。指を絡ませれば握り返される。触れて、と言葉を吐き出して、目を見つめて続きを紡ぐ。
    「僕の腰はどれくらいの細さなのか。あばらはどれだけ浮いているのか。鎖骨に触れるとどういう顔をするのか」
     僕のよりも固い、それでも大人の手よりも拙い彼の手を、僕の首に添える。
    「……どれくらい簡単に、首を絞めることができるのか」
     マユミくんの目が揺れた。あ、困らせたんだってわかる。
    「どこでもいいよ。触れたいとこ、どこでも。命に近いところも、やらしくってきわどいところも、全部」
     首筋に触れていたマユミくんの手はふわりと一瞬だけ彷徨って僕の頬に触れた。いくじなし。その手を掴んで、指先を囓る。
    「……僕はいま、マユミくんのことをひとつ知ったよ。……マユミくんも知って? 僕が好きな人に、どれくらいの力で噛み付くのか」
     指先から根元まで咥えこんで舌を這わす。少しえづきそうになって、全然違う尺度でマユミくんの指の長さを知る。
     マユミくんはされるがままになっていた。僕はだんだん、どうなりたいのかがわからなくなってきた。知りたいのか、知りたくないのか、知ってほしいのか、知らずにいてほしいのか。
    「……マユミくん」
     もっと知りたいとか、そういうことすら言えなかった。ただぼんやりと名前を呼んで、そっと手を伸ばす。
    「百々人」
     伸ばした手をぐい、と引かれて抱きしめられた。そのままマユミくんの指先がシャツの下に入り込んで腰を撫でてあばらを辿る。悲しいほどに、憐れなほどに、愛おしいほどに愚直な手だった。
    「……マユミくん」
    「百々人」
     マユミくんは名前を呼んで、勝手に通じ合った気持ちになったのか僕を腕の中に閉じ込めたまま黙ってしまった。しばらく体温に甘えていたら、マユミくんがぽつりと呟く。
    「……俺のことも知ってほしい」
    「うん」
    「だが、俺には俺のことが……俺自身のことがよくわからない」
     初めて触れるような、ひんやりとした声だった。僕はまた、マユミくんをひとつ知る。
    「……うん。いいよ。僕が全部見つけて、全部教えてあげる」
     指の長さも、舌の温度も、声の熱も、視線の優しさも、全部。マユミくんが知らないマユミくんを、全部教えてあげる。
    「背中とかも見てあげる。ほくろがあるかも」
     つつ、と背中をなぞる。この指先が許されていることを知る。満たされて、でも少しだけ自分勝手なことを思う。教えるよりも先に、マユミくんに僕を全部あげちゃいたい。
     僕のことも全部知って、って言おうとしたのに、僕の口から出てきたのは別の言葉だった。
    「……『百々人のことをもっと教えろ』って、言ってくれないんだね」
     望んでくれたら差し出すのに。ねぇ、知りたいことはないのかな。拗ねたように笑えば、マユミくんは僕の頭を撫でる。
    「百々人も案外自分のことをわかっていないからな。だから俺が触れて、確かめて、暴いて、知る。そうやって、俺からも百々人を教える」
    「……たとえば、舌を噛んでいることとか?」
     お返しみたいに──仕返しみたいにマユミくんの指先が僕の背筋を辿る。ぞくっとするのにちょっとおかしくて、自分の事は棚に上げて「えっち」と笑いながらその手を取った。
     額と、頬と、首筋にマユミくんの唇が触れる。こんなにどうしようもない僕の耳元で、マユミくんは一言「お前はきれいだ」と呟いた。それは間違いなく、僕の知らない僕だった。
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