クラゲとスピカ 俺は世界を変えた。
だがそれは想像した手段ではない。俺が先輩たちと鋭心先輩の家で映画を見ていたとき、スクリーンから出てきた未確認生命体が俺を名指しして渡してきたパズルを解いたからだ。かちりと最後のピースを解いた刹那、世界が変わった。
カチカチカチ、と組変わっていく世界を俺たちは呆然と見守っていた。空には惑星が飛び交い、感情は溢れて金平糖になってこぼれ落ち、猫が爆発的に増え、木々は喋りだし、人々は少しだけ優しくなった。他にも謎の生命体が跋扈したり、血液が甘く香ったり、とにかく枚挙に暇がない。たぶん気がついていない変化もあるだろう。とにかく、世界は変わった。変わってしまった。
その日の晩、親友のことを考えた。世界は俺の想像通りには変わらなかったけど、この世界を見たらあいつはどう思うんだろう。変化した世界をネタにもう一度メッセージを送ってみようか。そう思ってしばらく開いていなかったあいつとのトークを開く。数ヶ月も無視されていたメッセージに既読がついていた。
動揺する俺の目に新しいメッセージが飛び込んでくる。あんなにも焦がれた親友からの言葉がちかちかと点る画面に映し出されている。
『なんか、ヤバくね? 世界』
当たり前の、いつものあいつだった。
それだけなのに俺の目は涙でいっぱいになる。のどがつかえて、嗚咽がひっかかった。震える手で文字を打っていたら、またメッセージが届く。
『おまえ?』
なんでわかったんだ、とか、思わなかった。
俺にだけ投げかける、主語も説明もなにもない言葉。俺にしかわからない言葉を、しっかりと、いつも通り、当たり前に受け止めて俺は返す。
『うん』
簡潔な言葉。
『そっか』
たった三文字で、見慣れたあの笑顔が浮かんだ。
笑ってくれたらってずっと思ってた。だから俺はあのパズルを解く手が止められなかったのかもしれない。世界が変わるって、あの未確認生命体が言ったから。それだけで、どうなるかなんてわからなくても俺はあのパズルを解いた。俺の、俺たちの力で世界を変えられるって疑ってなかったのに、俺は何かに取り憑かれたみたいにパズルを解いたんだ。
笑ってくれるか? 伝える前にあいつが苦笑した、気がした。
『やっぱ、おまえはすげーよ』
その言葉を怖がることなんてひとつもなかったはずなのに、俺はなんだか怖くなって話題を変える。
『空見た? すごいよな』
それきり既読はつかなかった。俺は全然眠れなかったけど、いつの間にか朝のアラームが寝落ちしていた俺を起こした。
思えば、夜中だろうと親友に会いに行けばよかったんだ。そして一緒に空を見ればよかった。
学校が終わって、俺は真っ先にあいつに会いに行った。チャイムを鳴らしたらあいつのお母さんが出てきて、困ったように告げる。
「あの子は祖父母の家で暮らすことにしたのよ。今朝、いきなりそう言って出て行ったの……学校の手続きとかはこれからするの。だから……ごめんね」
きっと原因は俺だったし、それはこの人も気がついているんだと思う。
「……ごめんなさい」
声が震えた。閉じた扉から逃げるように駆け出した。涙は出なかった。空では惑星や星に混じって、いくつもの巨大クラゲが浮いていた。