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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    鋭百。実在する万物とはなんの関係もありません。(22/5/17)

    ##鋭百

    世界に言葉は多くない マユミくんが虫喰いになった。
     確か脳のなんとかっていう機能のなんとか中枢のなんとかって器官の出すなんとかという物質がどうにかなっちゃうらしくって、まぁ症状だけ言うと『言葉が喋れなくなる』病気だ。どうやら思考を言語化できなくなるらしく、脳を喰い潰されていくようだから、通称、虫喰い。
     言語化ができない。ようは言葉が出てこないってことだから、その場で聞いた言葉なら復唱できる。とは言っても問題は思考と言語の紐付けだから、思ってもいないことは言えないというなんとも不便なものだった。
     たとえば、ファンへの「ありがとう」なんかは僕やアマミネくんが言えば繰り返せる。マユミくんだって、おんなじことを思っているからだ。
     歌は無理だった。言語がうまく捉えきれなくて歌えない。マユミくんは休養することになり、僕らにはソロの仕事が増えてマユミくんはダンスレッスンに力を入れた。そうやって二週間くらい僕らはマユミくんが治るときを待っている。唐突に思考と言語はぴたりとハマる。これは不治の病ではないのだ。


     だから気にせずにどっしり構えていればいいんだけど、僕には少し気になることがあった。それはマユミくんが言葉を失う前日に送ってきたトークの内容だ。
    『百々人に言いたいことがある』
    『次にふたりきりになったときに、直接伝える』
     たったふたつのメッセージを指でなぞる。トークでいいよ、って、なぜだか言えなかった。
     僕はマユミくんの言葉を待っている。


     シアタールームにアマミネくんがいない。今日はマユミくんが虫喰いを発症して初めて僕らがふたりきりになった日だった。
     ちょうど時間のあった僕たちは表現力レッスンの一環として、ふたりで映画を見ていた。僕は少しだけ、これが言語化のきっかけにならないかを期待していた。
     映画は盛り上がりを見せている。この戦争から帰ったら伝えたいことがあると言っていた男は凶弾に伏す。女がひとり、残される。
    「……かわいそうだね」
     なんとなく、呟いた。言葉をもらえないまま取り残されてしまった女性に少しだけ同情したのかもしれない。
    「かわいそうだね」
     マユミくんが繰り返す。この人はなにを思っているんだろう。若草色の瞳が問いかけてくる。感情を言葉にできないもどかしさで揺れる目は暗がりで少しだけ瞳孔が開いている。
    「……言葉をもらえないなんて、かわいそうだと思う?」
     言って、後悔した。マユミくんが悲しそうに眉を下げた。
    「ごめん、そんなつもりは、」
     ゆっくり、マユミくんが首を振る。
    「……そうだね。僕はさ、マユミくんがなんて言いたかったのか、少しだけ気になるよ」
     でもね。治るまで待つよ。すぐに治るよ。
    「だから、今度教えてね」
     映画はクライマックスだ。残された女が墓前で祈るように涙を流す。もしかしたら、これはハッピーエンドではないのかもしれない。
    『愛しているわ。ずっと』
     女が呟いた。それと同時、マユミくんが弾かれたように僕の手を握った。
    「愛しているわ、ずっと」
     マユミくんが女の言葉を繰り返す。僕は症状を知っている。虫喰いの患者は、思っている言葉しか繰り返すことができない。
     紐付いた、のだろうか。なら、これがマユミくんの言いたいことなのか。ちかちかと脳に点滅する、たったふたつのメッセージ。
     もう一度、マユミくんが「愛しているわ」と呟いた。嘘偽りない、感情を。
    「……うれしい。ありがとう」
     嫌じゃなかった。当たり前みたいにうれしかった。恋が自分に眠っているなんて考えたこともなかったくせに、マユミくんの言葉は自然と受け入れられた。
    「……きっと、僕も愛してる。不思議だな。キミに言われて、初めて気持ちと言葉が紐付いた気がするよ」
     まるで虫喰いを患っていたみたいだ。僕は笑う。
    「好きだよ」
     僕は言う。マユミくんが繰り返す。
    「好きだよ」
     新しい言葉を、感情を紡ぐ。
    「うれしい」
     同じ気持ちが繋がる。
    「うれしい」
     マユミくんが、本当に嬉しそうに笑った。
    「ふふ。オウムみたい」
     僕よりも少し骨ばった指が僕の頬を撫でる。心地よくて僕は瞳を閉じてしまう。
    「……愛してる」
    「愛してる」
    「……うん。しっくりくるな、この気持ち。好きって、うれしいね。好きだよ、愛してるよ、マユミくん」
     マユミくんの手にそっと僕の手を重ねる。マユミくんはその手を取って、いとも簡単に口にした。
    「ああ、俺もだ……百々人、愛している」
     ぽかん、と僕らは顔を見合わせる。言った本人が一番驚いていて、僕は二番目に驚いていた。
    「……え? 治った?」
    「ああ……。紐付いた……んだろうな。うまく言えないが……うまくハマったんだ。この気持ちが、この言葉に」
     愛している。自分の言葉でそう言って、マユミくんはわかりにくくはにかんだ。
    「……抱きしめても、いいだろうか」
     そういうの、きっと言葉はいらないんだよ。僕は言語化とかそういうのを全部放り投げちゃって、何も言わずにマユミくんの胸に飛び込んだ。
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    85_yako_p

    DONEかなり捏造多めなタケ漣です。自分の知らない一面をなかなか信じたくないタケルの話。猫が死んでます。タケ漣とするか迷いましたが、タケ漣でしょう。(2024/10/12)
    野良猫の憂鬱 予感がした。それだけの単純であやふやな理由で俺はわざわざ上着を羽織って夜に踏み出した。目的地なんてあるはずもないのに、足は路地裏に向かっていた。
     歩けば歩くほど無意味に思える時間に「明日は朝から雨が降りそうだから、アイツを家に入れてやらないと」と理由をくっつければ、それはあっさりと馴染んでくれた。そうだ、俺はアイツを探しているんだ。訳のわからない予感なんかじゃなくて、でも愛とか同情でもなくて、この意味がわからない焦燥はアイツのためだ。
     明日が雨予報だってのは嘘じゃないけど、今夜は晴れていて月が綺麗だった。だからアイツがいたら一目でわかるはずだし、パッと探していなかったら今日は捕まらない。だから、と自分の中で線を引いてから路地裏を見ると、いつもチャンプが日向ぼっこをしているドラム缶の上にアイツがいた。片足をだらんと垂らして、片方の足はかかとをドラム缶のふちに乗せている。そうやって、何かを抱き抱えるように瞳を閉じている。
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