束の間スパークリングタイム「百々人先輩の偽物が出ましたよ」
「え?」
アマミネくんがそう教えてくれたとき、僕は学生に相応しいファストフード店でハンバーガーを頬張った瞬間だった。喧噪の中でもまっすぐに届いたその声に、僕は短く疑問を返す。
「どこに?」
「夢の中です。俺の」
「そっかぁ」
夢の中ならどうでもいい。僕のアイドル活動に関わらなければ、偽物だろうが好きに生きていてくれても構わない。僕のそんな寛容な思考を余所にアマミネくんは続ける。
「鋭心先輩もいて、プロデューサーもいたんです。ファンだって大勢いました。でも気がついたのは、見破ったのは俺だけだったんですよ」
偽物がそんな輪の中にいたら、果たして本物の僕はどこにいたんだろう。そう疑問を投げかければアマミネくんは短く「さぁ?」と言った。これは本題ではないらしく、まだアマミネくんは話し足りないようだ。
「俺だけ、百々人先輩のことをわかってた」
そう言ってアマミネくんはコーラを飲んだ。ストローでかき混ぜられた氷がガラガラと鳴っている。都合のいい夢だね、と言おうとして、やめた。アマミネくんのこういうところは嫌いじゃなかった。
「どうやって見抜いたの?」
愛の力だなんて言われてしまったらどうしよう。アマミネくんは僕のことを好きか──こっそりと恐れているんだと思う。なんだか特別な感情を向けられている気がするんだけどその正体までは知らないし、僕にはアイドル活動より大切な物はなかったから応えるつもりもない。
「簡単ですよ。偽物はデジタル時計を『デジタル時計』って言ったんです」
「……別に、変なところはないんじゃない?」
「違うんですよ。だって本物の百々人先輩はデジタルのことを、『ディジタル』って言うんです」
初耳だった。そんな流暢に喋ってたつもりはないし、指摘されたのも初めてだ。
「僕、そんな言い方してるんだ。知らなかった」
「いや、してないですよ?」
「ええ?」
してない。ってアマミネくんは言う。してないんじゃん。そう呟けば、アマミネくんはどこかしっとりと呟いた。
「でも俺の夢だとそう言うんです。そういうふうに、なってる」
返事が出来なかったのは呆れてたわけじゃなくて、ハンバーガーの最後の欠片を口に詰め込んだからだ。アマミネくんはぽつぽつと呟いている。騒がしい店内で、意識すれば聞こえるような繊細な声に耳を傾ける。
「俺だけは百々人先輩のことをわかってたんです。……本物の百々人先輩は『ディジタル』だなんて言わない。でも夢の中では言うってコトになってたんです。俺だけ、俺だけが知ってたんですよ」
そうして、彼は猫のように笑う。
「百々人先輩のことを俺だけが知ってた。俺だけが百々人先輩を理解してたんです」
気分がよかった。アマミネくんはどうでもよさそうにレジの方を見た。背の高い男が何かを頼んでいるけれど、別に何を見ているわけじゃないんだろう。
「夢の話ですけどね。本当の先輩はあんなこと言わない。……俺は先輩のこと、何にも知らない」
次に僕を見たとき、アマミネくんはなんだか楽しそうだった。そのくせ、声が震えている。
「ねぇ百々人先輩。先輩のこと知りたいです。たとえばですよ。先輩は絆創膏のこと、なんて言うんですか?」
「……どういうこと?」
「婆ちゃんは絆創膏のことをバンソコエードって言うんです。バンドエードと混ざっちゃってるんですね、きっと」
アマミネくんはポテトを手にとって、僕の目の前に突きつける。
「……僕は『ばんそうこ』だなぁ」
僕はポテトに噛み付く。ハンバーガーのケチャップが塩味に上書きされて喉が渇いた。
「……それすら知らなかったんです。これから知っていきたいって思ってます」
アマミネくんは手についた塩を行儀悪く舐めた。そういうとこ、僕だって初めて知った。
「そうだね……。僕も知りたいよ。アマミネくんは大切な、」
アマミネくんは全く期待せずに僕を見ている。
「大切な、ユニットメンバーだもん」
鏡は見れないけど僕はにっこりと微笑んだんだと思う。アマミネくんが立ち上がったから、僕は気を損ねたかと不安になる。
「……百々人先輩は、」
「うん」
「俺のこと、夢に見たりしますか?」
アマミネくんはトレイを持ち上げたりせずに言った。僕は座ったまま答える。
「見ないよ」
アマミネくんはそれに対してリアクションひとつせず、一言、コーラを買ってきますと言った。
僕のオレンジジュースはあと少しだけ残っている。アマミネくんと、これからあとコーラ一杯ぶん喋れるのは悪くなかった。