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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    秀鋭。ファンタジー(得意技)です。(2022-09-13)

    ##秀鋭

    夜空に浮かぶ 手違いで星を飲んだ。
     そう鋭心先輩が言った。彼が酒を飲めるようになってから二年が経った秋の日のことだった。俺たちが同棲を初めて、一年目の秋だった。
     話を聞けば、ふらりを立ち寄った喫茶店で飲んだホットサングリアに間違って入っていたらしい。俺は何かひとつ文句を言ってやろうと憤ったが、調べてもそんな店は影も形もなかった。
     けほ、と鋭心先輩が咳き込むと星の光がちかちかと光る。咳き込まなければ問題はないけれど、鋭心先輩は日常的にマスクをするようになった。恋人にキスをしなくなった。つまり俺と鋭心先輩はキスができなくなった。
     鋭心先輩は俺に星の光が移ることを心配している。星の光なんて別に病気じゃないし、俺は俺の咳がきらきらと光っても問題ない。っていうか、鋭心先輩とキスができないほうが問題だ。
    「星、なくなりませんね」
     住み着いちゃったのかな。そう呟けば鋭心先輩は考えるような素振りを見せる。咳き込まなければいいって思ってたけど、俺は気がついている。本当にたまに、鋭心先輩のきれいな瞳は星の輝きできらりと光る。ああ、侵されている、って思う。
    「風邪みたいに、移したら治りませんかね」
     すっと距離を詰めてキスをしようとしたけれど、口元を手で押さえられて阻まれる。この手が熱い理由はなんだろう。星の温度が移っているんだろうか。
    「夜空に帰ってくれればいいんだが。俺のからだが馴染んでいるんだろうか……」
     人のからだを宇宙と勘違いするだなんて失礼極まりない。そもそも星が住み着いてしまう鋭心先輩の中ってどうなっているんだろう。気になった俺は鋭心先輩の寝込みを襲う。すっと鋭心先輩の腹部にナイフを突き立てて腹を開けばそこには宇宙が広がっている。そういう夢を二回見た。
     夜空に帰ってくれるのが一番いい。いまはまだ咳がきらきらと光るだけだけど、これ以上の悪影響がないとは言い切れない。どうなるかなんてわからないけれど、例えば鋭心先輩の中で星が粉々に砕けてしまったらどうなってしまうんだろう。
     夜空に向けてぽっかりと口を開けてみてもダメだった。出て行きませんね、だなんて溜息を吐いて、穏やかに恋人として夜を過ごす。キスができないまま同じ布団で眠る。深い夜にはぼんやりと鋭心先輩の髪が淡く光る。
     冬が深くなるにつれて深海のようになっていく夜には鋭心先輩の瞳が煌めくことが多くなった。星空が凛としているから、体内の星が帰ろうとしているんだろうか。
     夜空に旅ができればいいのに。そうしたらきっとこの星はあるべきところに帰るんじゃないか。そんなことを思いながら、コーヒーを入れてベランダに向かった。ブランケットにくるまった鋭心先輩は、瞳をきらきらと星に染めながら月を見ていた。
     はぁ、と吐く息は白く染まっていた。手渡そうとしたコーヒーを見て、ふと気がついた。
    「あ……鋭心先輩、見てください。月と星が浮かんでる」
     コーヒーに夜空が映っていた。手のひらに月と星を閉じ込めてそれを鋭心先輩に差し出したら鋭心先輩は笑う。
    「星ならここにあるのに」
     そうして俺をじっと見つめるから参ってしまう。俺は視線から逃れるように下を見て──鋭心先輩の手のひらから、柔らかな光が滲んでいることに気がつく。
    「……星?」
     鋭心先輩が少し考えて、言った。
    「……映った夜空に帰ろうとしているのか?」
     じっと見つめていたが、鋭心先輩の手はぼんやりと光っていただけだ。それでもこれは発見だ。それならば、と洗面器を持ってきて夜空を閉じ込める。てのひらの光が強くなった。
    「……夜空が手元にあれば、帰るつもりはあるんだな」
     あの星空が遠すぎる。そう溜息を吐く鋭心先輩に、俺は思いつきを差し出した。
    「……鋭心先輩、出かけましょう。俺車出します」
    「いまからか?」
     星が綺麗に見える時間だった。俺は鋭心先輩の手を引っ張って、告げる。
    「一面に広がる、夜空を見に行きましょう」


     車を走らせながら口にした。
    「海になら、手に入らないほどの夜空が映ります」
     荷物はバスタオル、温かいコーヒーを入れた水筒。替えの着替え。いくつかのブランケット。
    「寒いから申し訳ないけれど……夜空に浮かぶことができる」
    「なるほど」
    「……鋭心先輩と夜の海を見るのは初めてですね」
     ちょっと浮かれていたけれど、それは口に出さなかった。それなのに、鋭心先輩は笑う。
    「それは……少しロマンチックだな」
     少し心が躍る。そう鋭心先輩は呟いた。あー、キスしたいなって思う。あと十分もすれば海に着く。赤信号に足止めされた、二人きりの密室でそう思う。


     海は広すぎて真っ暗だった。空から見たら星々が映っているのだろうか。ちっぽけな俺たちじゃ、なんにもわからない。
    「……やっぱりやめておきますか?」
     これでは夜空というよりは宇宙──宇宙すら飛び越えてブラックホールだ。鋭心先輩は少し考えるそぶりを見せたあと、靴を脱いで波打ち際にと近づいていく。
    「いや……やっぱり、空に帰りたいんだろうな」
     鋭心先輩のきれいに整えられた爪がきらきらと光っていた。鋭心先輩はそれを確認するやいなや、俺になにを言うでもなくざぶざぶと海に入っていく。
    「っ、まって、鋭心先輩」
     慌てて後を追う。脱ぐのすら忘れた靴が一気に水に飲まれて足がぐっと重くなった。刺すように冷えた夜が俺を取り囲んでいて、逃れるというよりは愛しい人を逃すように鋭心先輩に追いついて手を掴む。
    「鋭心先輩、俺も、」
    「秀、冷えるぞ。それにお前は着替えを持っていない」
     持ってきていないんじゃない。鋭心先輩が持ってこさせなかったんだ。鋭心先輩は最後まで、俺が海に入ることはないと言い張っていた。
    「いやです。ひとりで行かないでください」
     鋭心先輩は言葉を飲むこむ素振りを見せたけれど無理に俺を遠ざけたりしなかった。たったふたり、真っ暗な海を進んでいく。月明かりと遠くに見える街の明かりが俺たちを遠巻きに見ている。鋭心先輩がぼやりと光っている。
     このままずっと沈んでしまうんだろうか。どうしても寒くて、震えが止まらない。頭上に広がる星空を飲み込むほどの闇が俺たちを飲み込む時を待っているようだ。夜の、冬の、冷たい海の死の匂いが潮の匂いを隠している。ただ美しい鋭心先輩の手をぎゅっと握る。海から手を持ち上げれば、さっきよりも煌めいている爪が見える。
    「秀、」
     鋭心先輩が俺の名前を呼ぶ。
    「はい」
     俺が意味を持たない返事を返すと鋭心先輩は安心したように息を吐いた。ちか、と吐息が光る。瞬間、世界が変わる。
     鋭心先輩を中心にして一気に海が星に染まった。俺たちが腰まで浸っていた暗闇がきらきらと輝いて、ゆっくりゆっくりと漂っている。
    「星が……」
    「出て行ったんだ……」
     いったいどこにどれだけ潜んでいたんだ、って量の星がでてきた。この人はこんなに星を飲んだんだろうか。はたまた、からだの中で増えたのか。俺がどうでもいいことを考えていたら、鋭心先輩が困ったように口にした。
    「海に押し付けてしまったな。これはよくなかったか……?」
    「……大丈夫ですよ、きっと」
     星は波に連れられて砂浜に辿り着いてしまうかもしれないけれど、愛しい恋人を星の光から解放できた喜びの方が大きかったから希望的観測を差し出して濁す。くしゅ、と品のいいくしゃみをした鋭心先輩の息は、からだは、もう光らない。
    「……帰りましょう」
     人生で一番無責任に口を開いた。ゆっくり、逃れるように砂浜に戻る。凍えるからだで一度だけ振り返れば、懸念事項がさっぱりと消えた。どうしょうもないくらい、美しい光景がそこにはあった。
    「……星が帰っていく……」
    「……綺麗だな……」
     まっくらな海から、光の柱がいくつもいくつもあがっていた。まっすぐな光が夜空に向かって伸びている。海から輝きを奪うように、夜があるべきところに星を返す。冷たい空気が張り詰めて、ひとつの音のようだった。
    「……帰りましょう。風邪ひいちゃいます」
     見ていたかったけれど、本当に寒くて仕方が無かった。鋭心先輩の手を引いて歩き出す。一度だけ鋭心先輩の歩みが遅くなったが、本当にあっという間に歩調は揃う。急いで車に入って、ずぶ濡れの服を脱ぐ。
    「秀、靴を脱いで俺の靴を履け。運転できないだろう」
     服も、と渡してくる鋭心先輩を制して靴だけをもらう。いつも車に積んであるブランケットを巻いて、車の暖房を全開にした。
    「靴だけ、すみません。流石に足の感覚がなくなってきてて……」
    「問題ない。服も、」
    「ダメです。鋭心先輩の服なんだから」
     車が温まるまで、ふたりでゆっくりとコーヒーを飲んだ。胃の中がぽっと灯るように熱くなったから、万が一星が入っていたらどうしょうかと不安になった。


    「いまさらなんですけど、不思議な星でしたね」
     家に帰って急いで風呂に入った。流石にお互いを待たせることは出来ないので一緒に風呂場に入ってシャワーを浴びる。ようやく生き返った心地になって、余裕が生まれた俺は鋭心先輩にくっついて疑問を口にした。
    「体内にいたんでしょう? 太陽の光もなしによくもまぁあれだけ光ってたもんです」
     外にでた瞬間に光るんだろうか。そう呟けば、鋭心先輩は路地裏の秘密をバラすように口にした。ほんの少しの笑みがその唇を彩っていた。
    「俺の中にいる星が輝くのは、秀の前でだけだった」
     そう言って、俺にキスをした。星を失ったはずの若葉色をした瞳が、きらきらと輝いて見えた。
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