二度目はない。まだ、 THE虎牙道がロケで訪れたのは、廃村と呼んでも差し支えのない寂れた村だった。土地の豊かさと住民の穏和さに関係があるという通説などはないが、この村の広大な自然が人柄に影響を与えているのだと言われたら誰もが納得するだろう。それほどに村の住民は優しくて、献身的で、おおらかだった。
村の住民は三人がからだを張った企画を挑んでいるときもそれを応援し、休憩の合間には差し入れまでくれた。
焚き火で焼いたというさつまいもを食べながら、三人は笑う。タケルも、道流も、漣も、この村を──この村の住民をいたく気に入った。そんな三人に、村人は収録が終わった後に集会所にくるように誘う。
「村の名物のね、鍋を振る舞いますから」
三人はプロデューサーとスタッフに目線を送る。スタッフと相談した結果、ロケ弁は持ち帰ればいいのではないかと結論を出した彼らはぬくもりを滲ませた老婆に連れられて、小さな集会所に訪れた。
ふわ、と。集会所には鍋の香りが漂っていて外に比べてずいぶんと暖かい。座ってから十分もしないうちに卓上には鍋が置かれた。
「ほれ、たんと食べてね」
湯気をそのまま取り分けるように、各々の器に鍋が取り分けられる。たくさんの具の中には見慣れない植物もあった。この村で採れる山菜などだろうか。
鍋はおいしかった。三人は口々に老婆に礼を言い食事を続ける。
「おいしいな。食べたことにない味がする」
「悪くねぇけど足りねぇな! おい、もっと持ってこい!」
「こら、漣! すみません。いやー、本当にうまいッス」
特に、タケルと漣が奪い合うほどに肉がうまかった。三人はそれをとても気に入った。
「これおいしいけど、なんの肉ッスか? 豚でも鶏でも……牛でもない……?」
それは三人が食べたことがない味のする肉だった。見た目こそは見慣れた肉だが、明らかに匂い……臭みが違う。
「妙な匂いだが……うまい」
肉は固く、噛み応えがあっておいしかった。味は濃く、匂いは臭みのある部類だが、そのクセが良さにもなっていた。もっとも、苦手な人間もいるのだろうが。
視線が老婆に集まる。老婆は年を重ねた人間にしかだせない曖昧な表情で微笑み、声を潜める。
「……秘密ですよ?」
老婆はカメラが回っていないかを、二度、確認した。沈黙に満ちた空間に、しわがれた声がそっと落ちる。
「……これはね、人間の肉です」
げほ、と。スタッフの誰かが咽せる声が聞こえる。見やれば、年若いADが口にいれたばかりの肉を手のひらに吐き出したところだった。満ちた静寂に、嘔吐に似た呼吸がせり上がる。
「嘘……ですよね……?」
老婆は応えない。バタバタと、集会所を飛び出した人間が必死に胃の中に収まった肉を吐き出そうとえづく声が聞こえてくる。
「人の……肉……?」
口を手のひらで覆い、タケルが呟く。
「はは……冗談……ッスよね?」
道流の乾いた笑みを受け流すように、老婆はゆっくりとまばたきをする。
あれだけ優しくしてくれた老婆の瞳からは感情が消えていた。そうして不穏をバラまいて、老婆はニタリと笑う。
「人の、肉です」
ヒュ、と誰かが、その場にいる人間のほとんどが息を飲む。それを遮るように、不機嫌な声が空間を切り裂いた。
「アァ?」
つまらなそうな声の出所は漣だった。漣は変わらずに鍋を食べながら、くだらないと吐き捨てるように口を開いた。
「人の肉はこんな味じゃねーだろ」
漣はパクパクと肉を食べる。そうして「食わねーならよこせ」とタケルの器に箸を伸ばした。そこでようやく、タケルの、全員の時間が動き出す。
「なっ、……やるわけないだろ!」
漣から器を遠ざけながら、タケルは鍋を見る。そうして、意を決したように鍋に箸を突っ込んだ。
「……だよなぁ! 人の肉だなんて……ドッキリ、ッスか?」
道流もいつもの調子で笑う。それを迎えた沈黙は一寸後に破られた。
「……はい! ドッキリでしたー!」
そう言いながら、先ほど外へと出て行ったスタッフが『ドッキリ大成功』と書かれた看板を持ってくる。それを見たタケルと道流は「やられた、」と言って笑うのだった。
***
「この村そのものが撮影施設だったんスね」
道流の言葉通り、この村はこの一帯すべてが撮影施設だった。こんな村はどこにも存在せず、村民も全員役者だ、と。
なら自分たちはなにを食べさせられたんだ。疑問に思うタケルと道流にディレクターは珍しいジビエだと説明した。なんでも、熊の肉らしい。
老婆は申し訳なかったと微笑む。その演技を称えて笑いあうなかで、漣はひとりだけつまらなそうに、ひとつだけあくびをした。