ないしょのキスはバニラ味 あーイライラする。それもこれも、全部あのくだらねえ企画のせいだ。
この前のバラエティ。えっと、『あき……なんとか』とか言うやつの話だ。ターバンを巻いたおっさんの質問に答えていくと、考えてた人間がバレるってやつ。
質問に答えていって事務所の人間を出したり──四季のことを考えていたら本当に四季のことを当てられた──いろんな話をしたけど、そっからユニットの絆みたいになったのがホントに意味わかんねぇ。なにが『らーめん屋とオレ様、どっちがチビのことを知ってるか』、だ。
まず、チビの身長。そんなの『オレ様よりチビ』で十分だ。それなのにこれじゃハズレなんだと。事務所のコウシキプロフィールとか、知らねえし。らーめん屋は知ってたけど、答えはどうでもよすぎてソッコーで忘れた。
そんなんばっかだ。身長、体重、血液型、誕生日。どれもこれも『オレ様よりチビ』、『オレ様より軽い』、『赤い』、『冬生まれ』で十分だろ。でも、ダメだって言われた。本当にイライラする。
まるで、オレ様がチビのことを知らないみたいだ。別にチビのことなんて知らなくたっていいんだけど、本当はオレ様が一番チビのことを知ってる。なんならオレ様はチビよりチビのことをわかってるくらいだ。チビの誰にも見せない顔を見られるのは、オレ様だけなんだから。
***
らーめん屋が忙しいから今日はコンビニのハンバーグ。明日はレトルトのカレー。ほら、オレ様はチビの夕飯だって知ってるんだ。昼間のことを思い出したら少し苛ついた。
夏は食後にアイスを食べるから、チビはジョギングの距離を少し伸ばす。これだってオレ様しか知らないことだ。ずっと隣に居て、ずっと一緒に走ってるんだ。らーめん屋だって知らないことをオレ様は知っている。
身長とか体重とか、どうでもいいだろ。オレ様より小さい。オレ様より軽い。そんでオレ様より足が早くて、オレ様より声が低くて、オレ様より足が速い。いま計ったら絶対オレ様の勝ちだけどな。
風呂上がりにアイスを食べながらオレ様の横でテレビを見るチビは、チョコよりバニラのアイスが好き。ぶ厚い舌がバニラアイスをすくいあげて、舐めきれなかった白い液体が指先を伝って手首を汚している。
「……なに見てんだ」
チビは左利き。これはみんな知ってること。
だからオレ様はチビの左側に座る。これは誰が知ってることなんだろうな。
濡れた手首を取れば、甘ったるい匂いでベトベトしていた。安っちい蛍光灯が、オレ様たちを照らしている。
「……んっ」
バニラの香りを舐めあげれば、チビの口から控えめな声が漏れる。わざと目線だけを上に持ち上げれば、チビの目の色がポッと灯った。チビは上目遣いが好きだ。隙だらけになったチビを軽く押せば、倒されてなるものかと抵抗される。そのまま肩を掴まれて唇を近づけられたから、オレ様はそれをかわして耳に噛み付く。こぼれた声は甘い。
「……チビは耳が弱い」
「なんだよ、わざわざ」
「オレ様が一番チビのことわかってんだよ」
腰はくすぐったがり。首はぞくぞくする。歯を立てるとなんでか楽しそうにしてる。全部口にして、全部実践してみせる。赤くなったチビとわかりやすい反応。ほら見ろ。オレ様が一番チビのことを知ってんだ。
「わかったかよ。オレ様が一番だ」
「……わかってる。こんなの、オマエしか知らない」
「くはは! わかればいいんだよ!」
まだ世の中にはわかってないバカどもが多いけど、少しだけ気が晴れた。満足したオレ様はテレビに視線を戻すが、晒した首筋にチビがキスしてくる。
「……気分じゃねーぞ」
「は?」
「チビはオレ様のこと、わかってねーな」
チビはごにゃごにゃ言ってるけど、オレ様はもう満足してる。やっぱりオレ様はチビのことでも最強大天才だ。
「……オマエはやっぱり何にもわかってない。俺のこととか以前に、男心がわかってなさすぎる」
「あ? さっきの全部、あってただろーが」
「ここまでされたらしたくなるだろ!」
あー、そういうことか。その気はなかったが、なんだか必死なチビは面白くて嫌いじゃない。なにより、オレ様はジヒブカイ。
「……じゃあ、当ててみろ。オレ様のこと」
チビに向き直る。チビがオレ様を押し倒すから、好きにさせてやった。
「……まず、キスが好き」
「んー……?」
「はぁ……めんどくせえ」
ムードってもんがあるだろ、ってチビは呆れ返っているが、まだ『あたり』とは言えねえな。
「もういい……オマエはキスは嫌いじゃないから、俺の好きにさせてくれる慈悲深いやつだ」
「くはは、あたり」
舌が交わる。ふわり、バニラの味がした。