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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    タケ漣ワンドロ35「スマホ」(2020年のどっか)
    ワンドロ本を作るときの書き下ろしです。ダニレナ。ダニーくんを無垢にしすぎた自覚はあります。

    ##タケ漣ワンドロ
    ##タケ漣
    ##ダニレナ
    ##web再録

    雨音と心音 レナートの部屋はいつも雨音がする。



     最初、雨が降り出したのかと思った。
     その日は晴れていて、真昼の空に浮かぶ月が冴えていた。さっきまで物音一つなかったのに、レナートの部屋のドアを開けたら雨が降り出した。きっと星が見える夜だと思っていたから、なんとはなしに残念な気分になってしまう。表情に出てたんだろう。レナートがふわりと笑っていった。
    「書類か、ありがとう。……たいしたものはないが、ビスケットがある。ミルクも」
     残念な気分と言っても、何に対して残念なのかもわからない薄靄のような感覚だ。それをレナートはどうとったのだろう。おれをあやすように、もう少しだけ扉を開く。強すぎない灯りが揺れる部屋。ざぁざぁ、雨音が強くなる。
     レナートはビスケットを用意する前にテーブルの上に乗っていたスマホをトントンと二回叩いた。一回でも三回でもなく、二回。それだけで雨音は消えてしまった。命と同じくらいあっさりと、ひそやかに広がっていた気配を閉じた。
     テーブルに用意されたのは小さな笑い声とビスケットとミルク。レナートは言ったことを守る。できないことは言わないし、邪魔するやつがいたらおれが排除する。今日は柔らかな夜で、ここはレナートの部屋だから、おれはのんびりとソファーに沈み込んでレナートを見ている。
    「ソファーを買わないのか? 気に入ってるように見えるが」
    「部屋にあったらずっと沈んでる。ここに来て、たまに座るくらいがちょうどいい」
     そういうものかと納得したようにレナートが向かいに座ってまたスマホを叩く。あれは電話をしたりメッセージを送り合うものだと思っていたが、どうやら違うらしい。今度は静かなピアノの音が聞こえてきた。
    「レナート、音、」
    「ん? ……ああ、うるさかったか」
    「いや。さっきの雨音もそれで出したのか?」
     レナートは思い至ったような顔をする。レナートはたまに、おれの疑問にそういう顔をする。そうして、感情を詫びるように一瞬だけ目を伏せて、何事もなかったかのように笑う。
    「ああ、曲とか環境音が入っているんだ。雨音はよく流す……落ち着くんだ」
     合点がいった。じゃあ、雨音を流しておけばいい。そう告げると、レナートは一瞬言葉を飲んで、俺の目を見て、吐き出した。
    「おまえが雨音を苦手そうだと思ったからだ。ドアを開けた時、それから、音を消した時」
     苦手。レナートはおれが掴み損なった感情に名前をつける。それはあっていたり、間違っていたりする。その言葉で俺は、普段は投げ出してしまう気持ちを探しに行こうという気分になる。多分、伝えたいんだ。レナートに、自分のことを。
    「苦手じゃない。嫌なわけでもない……と思う。なんだろうな、多分スラムで冷えたことを思い出すんだと思う。屋根を探さないと体力を奪われる。そう思うとそわそわして、落ち着かない」
     落ち着かないんだ。自分自身でたどり着いた心を伝えれば、そうだったのかとレナートは頷いた。
    「……雨音みたいな自然のリズムにはリラックス効果があると言われている。だが、そうだな。あまりいい思い出がないのなら、リラックスもなにもないだろう」
     納得したようにレナートはウイスキーを傾けた。おれがくちをつけたミルクにも酒が入っているみたいで、ふわりと甘い香りが舞う。溶けた果実の色に、レーズンの入ったアイスを思い出した。
    「自然の音でリラックスができるのか?」
    「そう言われている。雨の足音、小鳥のさえずり、炎のまたたき、さざなみ、心音」
     歌うように口にして、レナートは目を閉じた。声が眠り、ピアノの音が控えめに顔を出す。これは自然の音ではない。きっと、そういうものをレナートが選んだんだ。
     立ち上がる。レナートは瞳を閉じたままゆったりと胸を上下させている。おれは気配を消さずに目の前に経つ。ためらう。伝播した気持ちがまぶたを持ち上げて、ふたつの満月がおれを見る。
    「心音」
     心臓の音。
    「聞いてみたい。レナートの心臓が動く音を」
     一瞬だけキョトンとして、笑う。諦めにも、呆れにも、愛にも慈悲にも似た友愛の笑み。そっとレナートが両腕を広げる。おれは頭をその胸に預ける。
     とくとくと、おれよりも早い鼓動。だんだんそのリズムに騙されて、おれの鼓動がシンクロしていく。
    「……リラックスできたか?」
     すっ、とおれのさらさらなんてしてない髪を撫でる細い指。その手に、この音に、だんだん意識が蕩けてくる。
    「リラックスしてる。寝そうだ」
     レナートの言ったとおりだった。このまま、ずっとレナートの腕の中に収まっていたかった。ピアノの音が邪魔だった。たしかに、こういうときになら雨音のほうがいい気がする。
    「膝立ちで寝るな。ベッドを貸そうか?」
    「いやだ。もう少し聞いていたい」
     首を振りがてら、もっと近づくようにキツく体を押し付けた。酒を飲んだおれたちのからだはポカポカしていて、同じ熱が一定のリズムでこんがらがっていく。
    「子供かおまえは……ベッドで抱きしめてやろうか?」
    「……ベッドで抱きしめ合うのは恋人どうしだろう?」
    「それもそうか……じゃあ、寝るなら自分の部屋に戻れ。早くビスケットを食べて、ほら」
     細い腕にからだは引き離される。残念だったけど、どうしようもない。おれは食べるのが早いから長く居れなくて、ビスケットは数口でなくなった。おれは礼を言って立ち上がる。レナートは笑う。またくるといい、って。
    「……レナートが恋人だったらよかったな。心臓の音、すごい落ち着いた」
    「そうか。恋人になりたくなったらまたくるといい」
     また明日。そう言っておれは背を向ける。後ろの方で扉が閉まる音がする。
     雨音が好きになれそうな気がした。レナートのことが昨日より好きになった。『恋人になりたくなったら』ってレナートは言っていた。レナートはおれのことが好きなんだろうか。雨の降る部屋でおれのことを考える日があるのだろうか。
     
     レナートは恋人のこともちゃんと駒として使えるのだろうか。
     
     それがわからない限り、おれは恋をしちゃダメだって思うんだ。心音に包まれる夢を現実に望んじゃいけないって、そう思うんだ。
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