シンプルストーリー なんだかアイツが変わった気がする。
なんというか、世話を焼かれている。前から水なんかはくれていたけど、最近は水以外も色々くれる。
最初はたいやきのしっぽ。差し入れのおまんじゅう。ぽっけから出てきた飴玉。一番ビックリしたのが、ラーメンのチャーシュー。俺が凹んでたり、ちょっと迷ってたり、なんだか困っている日にコイツは必ずと言っていいほど何かをくれた。
そういう、ちょっとした積み重ねに俺が返せたものはそんなに多くない。大抵はその時持っていたものを適当に。手持ちがないのは困るけど、アイツのため何かを買うってのが照れくさくて、いつも同じクッキーを持ち歩いていた。俺はコレが好きなんだ、って。それで何かをもらったときとか、なんでもないときとか、そういうときに個包装の一個をかばんから取り出して、これでチャラだというように差し出した。アイツはいったい何枚のチョコチップクッキーを食べたんだろう。たまに粉々に砕けてしまったクッキーを渡されて、何を思ったんだろう。
くれるものには、形のないものもある。家にしょっちゅうくるようになったのも、何かの優しさが働いていたんだろうか。アイツは俺の家に来て、買ってきた惣菜を差し出したり、セリフの読み合わせに付き合ってくれたりした。
かと思えば、やらなくなったこともある。俺の水を勝手に飲まなくなった。一緒の布団で眠らなくなった。
行動が変われば、感情が動く。優しくされれば絆される。そうして、少しだけアイツのことを考えてしまう。
好き、じゃない。でも、嫌いじゃない。だって、あれだけ一緒にいる人間を嫌うことってできないだろ?。
面倒なやつだけど嫌なやつじゃない。偉そうでワガママだけど素直な性格だ。自分勝手なのに他人のことを見てる。俺が本当に辛い時にそばにいてくれる。いなくなったら、ちょっと困る。
寝る前とか、ふと考える。内面だけじゃなくて、外側とか。さらさらしたきれいな色の髪。満月やはちみつに似ている瞳。俺よりも白い肌。少しだけ高い身長。俺のことを頑なに「チビ」と呼ぶ、特徴的な声。
ちょっとドキドキする。好きかも、って、思ってしまった。
好き、じゃない。でも、嫌いじゃない。好きとか嫌いとかもうわからないくらい一緒に居て、好きも嫌いも全部がアイツに向いている。わかるのは、アイツが居なくなったらすごい悲しいってことだけ。
一緒に居たいな。そう思う。
*
ちゃぶ台に広げた惣菜は全部が肉だ。食卓に俺とコイツしかいないと、彩りとか栄養バランスとかは無視される。
二人っきりが増えた。コイツに茶碗を買った。そうやって二人で向かい合って、ぼんやりと音楽番組を見ていた。隼人さんの出番は終わったけど、なんとなくチャンネルは変えていない。
俺もコイツも食べるのが早いから、あっという間に食事は終わる。ふっと視線が絡むから、動物みたいに睨み合う。
「……オマエ、最近なんか、違うよな」
変、なんだけど。なんとなく『変』って言葉は使えなかった。
「なにが」
視線はぶつかりあったまま。俺はぼそぼそと呟いた。だって、色々くれたり、こうやって家に来たり。
ちょっとだけ期待してる。でも、ちょっとだけ怖い。
「オマエ、俺のこと、どう思ってるんだ?」
こんなの、意味がわからないだとか、くだらないだとか、蹴飛ばすことのできた質問だ。それでもコイツは真剣に、真摯に言葉を返す。
「……わからねえ」
コイツは知らないことが多いけれど、コイツが「わからない」って言うのは初めてかもしれない。コイツがわからないならお手上げだ。俺もわからなくなってくる。もらった飴玉の味とか、一緒の布団で眠った暖かさとか。
「チビこそ最近変だぞ」
なんだよ、それ。
俺は変じゃない。オマエが変なんだろ。ただオマエが変わって気がついたことがある。
「……俺は、きっと……オマエのことが好き、……になってきた……かもしれない……」
だって、オマエが居なくなったらって想像するだけで、胸の奥がぎゅ、として涙が出そうになる。そういうの、考えるだけで苦しんだ。だったら、好きって言ったっていいだろ。
「……知らねぇ」
「知らねぇってなんだよ。俺の気持ちだ、俺が好きっていったら好きなんだ」
かもしれない、だけど。「好き」って口に出したらしっくりきてしまったから不思議だ。テレビ画面越しに男が歌う。『心の声をつなぐのが、これほど怖いモノだとは』
「……オマエは?」
わからねえって言われたけど、もう少し考えてみてくれよ。コイツの口から、コイツの心を聞いてみたかった。
「……知らねえ! くっそ……これ、なんなんだよ……」
俺も知らないけど、これはきっと。確証はないけど、もしかしたら。
つけっぱなしのテレビから歌が聞こえる。俺ら二人、視線をテレビに向けた。
『世界じゃそれを愛と呼ぶんだぜ!』