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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    なっぱっぱさんとの鋭百合同誌の再録です。(2022/4/10)
    お題になった頭文字はDです。

    ##web再録
    ##鋭百

    Dance ざらざらとした薄暗闇の中にいる。ぽっかりと空いたクレーターみたいに広いシアタールームで、僕とマユミくんはたったのふたりきりだ。
     光源は目の前のモニターだけで、そこには華美な衣装に身を包んだマユミくんと、同じくらい華やかなドレスをまとった知らない女性が映っていた。見つめ合い、手を取り合って、音のない世界で優雅に踊る。ブルーレイを読み取るプレイヤーの音だけが、開きっぱなしの冷蔵庫みたいに鳴っている。
     踊るのに音楽はない。そういう趣旨のプロモーションビデオだ。実際にはリズムを取るためのメトロノームが健気に働いていたらしいが、セピアの効果をつけられた映像にその響きは存在しない。役割のあったもの、必要とされた音、ワルツを指揮していたリズム。そういうものが全て、呆けた飴色に覆われてしまっている。
     マユミくんの衣装は昔に見た仮面舞踏会のものによく似ていたけれど、それよりもどこか下品なイメージがあった。俗っぽい、という言葉が相応しいのかはわからないが、なんとなしにそれが気に食わない。好ましさの中に嫌悪があった。それを誤魔化すように正当に仕立てられた燕尾の裾がくるりと舞う。わざとらしい。そう思った。
     ふ、と横を見れば、画面の中の衣装よりもずいぶんとラフな格好をしたマユミくんがいる。マユミくんはかっちりとした制服でもレッスン着でもなくて、ざっくりとしたニットを着てくつろいでいた。目はまっすぐにモニターを見つめていて、姿勢がいい。くちびるがうっすらと、ワルツのリズムを口ずさんでいた。
     なんの予兆もなしにマユミくんが僕を見た。きっと、僕の気が逸れてマユミくんを見つめていたのがバレたんだろう。マユミくんは僕の目を見て、「付き合わせてすまないな」と普段の調子で口にした。
    「ううん、むしろお邪魔したのは僕だから。ごめんね」
    「いや、百々人がいてくれて助かる。何か気がついたことがあったら言ってくれ」
     いま僕がここにいるのは、僕のワガママだ。マユミくんがぴぃちゃんに完成したプロモーションビデオのデータをもらっているときに、僕がそれを見たいと言ったからだ。
     マユミくんは「それなら一緒に見てくれないか? 改善点があったら教えてほしい」と言い、「百々人。今日、これから時間はあるか?」と聞いてきた。僕は二つ返事で頷いて、二人でコンビニにお菓子を買いに行った。そうして持ち込んだお菓子の封は乱雑に開き、テーブルの上にのさばっている。どうしようもなく、中身は減っていない。
     無音の映像が終わった。マユミくんが僕に問い掛ける。
    「何か思ったことはないか?」
     それを聞いた僕は、なにも考えずに口にしてしまった。
    「……僕もマユミくんと踊ってみたいな」
    「え?」
    「あ、ううん。ごめん。そういうことじゃないよね」
     忘れて、と言った。それ以上何も言えない。言えるわけがない。またたきがひとつ、ふたつ、みっつ。マユミくんは「どうして、」とは言わなかった。
    「わかった」
     マユミくんがスイッチを押したから、パッと電灯が点いて部屋が明るくなる。一瞬だけ目がちかちかとして、僕は言葉を見失う。伝えたかった。伝えたくなかった。キミと踊っていたあの人が、とても幸せそうだったから、って。
    「百々人、手伝ってくれ」
     マユミくんがテーブルに手をかけた。
    「え……? あ、そこまでしなくてもいいよ」
    「何故だ? 遠慮はいらない……いや、違うな。俺も百々人と踊ってみたいんだ」
     それでもマユミくんは急かしたりしない。僕は喜びよりも動揺が勝る手で、マユミくんと一緒に家具を端へと除けていった。
    「マユミくん」
    「どうした?」
     テーブルが壁にくっつけられた。僕らはソファーを持ち上げる。
    「こんなことしていいの?」
     ここはマユミくんの家だけど、マユミくんの部屋じゃない、と思う。勝手にこんな、大がかりに家具を移動していいんだろうか。
    「ああ。……許可をとったわけではないが、」
    「なら、」
    「元に戻せば問題ないだろう」
    「それはそう、だけど……」
     僕はこういうの、ちょっと怖い。この世に取り返しがつかないことがあるということを知っている。それなのに、マユミくんが大丈夫だと言うと、失敗も間違いも少しだけ怖くなくなるから不思議だった。
     そして、もっと不思議なことがあった。僕はなぜか、少しだけ寂しかった。
    「ねぇ、マユミくん」
    「どうした?」
     なにが大丈夫なんだろう。ごと、とソファーがテーブルの横に置かれる。
     なんで僕は寂しかったんだろう。ふと気づく。僕はもしかしたら、少しだけ、マユミくんと取り返しのつかないことがしてみたいのかもしれない。
    「そこまでしてくれなくていいよ」
    「いや、滑ったら危険だ。靴下も脱いでおいた方がいいだろう」
     マユミくんはカーペットをくるくると丸めだす。持ち上げたカーペットの上の方がぐにゃりと曲がった。
    「……マユミくん。僕、踊り方がわからないよ」
    「大丈夫だ」
     巻物みたいにくるくるになったカーペットが壁に立てかけられる。脱ぎ捨てた僕らの靴下が打ち捨てられる。不要なもの寄せられた一角は倉庫みたいだ。なんとなく、ゴミの流れ着いた海辺に似ている。寂れて疲れ切った、さざなみの音が聞こえてきそうだ。
    「俺がリードする。俺に身を委ねてくれればいい」
     振り向いて、マユミくんはそう言った。王子様みたいに、従者みたいに、項垂れる花みたいに、マユミくんは僕に手を差し出して口を開く。
    「百々人、手を」
     僕は魔法にかけられたようにその手を取った。抱いていた不安も舞い上がった高揚もないまぜにして、空いた手をマユミくんの肩に置いた。
    「……あってる?」
    「間違ったっていい。好きに踊ろう」
     マユミくんが一歩後ろに下がったから、僕は一歩前に出る。マユミくんが僕の手を高く上げたから、僕はその場でくるりとまわる。
     なんだか奇妙だった。ここに音はなくて、僕らの息づかいだけが満ちている。フローリングに素足がひっついて摩擦音が響く。マユミくんが不意に距離を詰めて腰を抱いてきた。口づけそうな距離から逃れるように、僕はからだを反らす。離れていく呼吸が名残惜しかった。
     馴染まない三拍子を何度繰り返しただろう。音のない空間で、奇跡みたいに同じリズムで僕らは踊る。ターンでふわりと浮かんだパーカーの裾が傘みたいだった。隠れてしまって、足下がうまく見えない。
    「……マユミくんは、どうしてこんなに簡単に僕の願いを叶えてくれるの?」
     僕の言葉と同時にマユミくんが踏み込んでくる。受け入れるように、逃げ出すように足を下げて、一呼吸で僕から踏み出した。
    「ねぇ、マユミくんの『好き』は、何種類あるの?」
     返事を待たずに質問を重ねた。マユミくんが足を止めてしまったから、僕は強引に手を引いてまた踊り出す。
    「こうやって一緒に踊る相手は……どういうふうに好きなの?」
    「……俺は、」
    「踊らせて、マユミくん」
     マユミくんに全部を預けた。からだも、リズムも、伝わるはずのない心も。
     マユミくんが口を開こうとするたびに僕はめちゃくちゃなステップを踏んでマユミくんを困らせた。なにをやったって最後はマユミくんに全部を委ねてしまえば、それは優雅な、歪んだワルツに変わる。
     曲がないからやめどきがわからない。少し息が上がってきた僕を見て、マユミくんがようやく口を開く。
    「……少し休もう」
     それでも、繋いだ手は離れなかった。見つめ合って、僕は口にする。
    「……下手じゃなかった?」
     また、質問を重ねた。さっき心からこぼれて、唇から溢れてしまった質問の答えを聞くのが怖かったのかもしれない。だから、こうやってマユミくんが困らない質問で上書きしてしまう。
    「そんなことはない」
    「……迷惑じゃ、なかった?」
     これは困らせる質問だったかもしれない。だって、僕がこう言ったらマユミくんは迷惑じゃないって言うしかないってわかるのに。
    「迷惑なものか」
     嘘かもしれない。本当かもしれない。マユミくんの優しさを信頼しているから、この優しい人が僕に嘘を吐いている可能性を捨てきれない。
     それなのに、マユミくんは言う。
    「俺は嬉しかった。百々人が、俺に全てを委ねてくれているとわかったから」
     まっすぐな若葉色の瞳が、まっすぐに僕を見た。さっきから不思議なことだらけで夢みたいだ。僕はまだ、そうやって人に自分を預けることができたんだ。
    「……マユミくんだからだよ」
     マユミくんだから全部差し出せたの。そう言えばマユミくんは複雑な表情をした。どういう感情なのか、僕にはよくわからない。
     珍しく探るようにマユミくんは呟く。
    「……他の人間に身を委ねるのは、難しいか?」
    「……ちょっとね」
     嘘偽りない本心を口にしたとき、たいてい僕は後悔する。だから言わないようにしているのに、どうしてもこの人の前では本音が溢れてしまうみたいだ。
     ごめんね。でも、許して。僕の声を聞いて。
     長くも、短くもない沈黙だった。マユミくんが重たく口を開く。
    「……百々人には俺だけではなく、もっと他の人間のことも頼ることを覚えてほしいと思う」
    「……うん」
     わかってはいたけど、やっぱりショックだった。マユミくんが言うことはもっともだ。この人は僕のための人じゃない。僕がべったりへばりついていいわけがない。
     僕はこういうときに泣けるようにできてない。だから誤魔化すように笑ったら、なぜかマユミくんが泣きそうな顔をしてしまう。
    「……だが、俺だけを頼ってほしいとも願ってしまう」
    「……え?」
     マユミくんは僕の手を握ったまま、愛おしそうにその手を自分の頬にくっつけて言った。
    「百々人が俺を頼ってくれると嬉しいし、百々人が俺を見てくれると嬉しい。……俺だけを見ている百々人を見ると、嬉しくて、危うくて……薄暗く、満たされてしまう。……軽蔑するか?」
     ぱっ、と手が解放された。僕は空っぽの手で、自分の意志でもう一度マユミくんの頬に触れる。
    「……しない」
     嬉しい、って一言だけ伝えた。マユミくんが安心したように、泣き笑いの表情で口にした。
    「もう一度、踊ってくれないか?」
    「……うん。喜んで」
     1,2,3.心地よい声で、マユミくんがリズムを取る。僕はもう一度、マユミくんに全部を委ねて、全部を捧げた。
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