Jealousy 人を殺すのは初めてだ。
ぐ、と力を入れれば、俺の手は百々人の首を締め上げる。ベッドに仰向けになった百々人に覆い被さるようにして、俺は体重をかけて百々人の首を絞める。
シーツがゆっくりと沈んでいき、俺の手で百々人の呼吸が阻害される。手のひらに訴えるように、抵抗のように、血液が脈打っている。そのとき俺が感じていたのは愛ではなく、根源的な恐怖だった。
***
最近の人間は命を軽く見ていると大人は口にする。
大人──おおよそ三十代以上の人間だろうか、彼らにとって命はかけがえのないもので、一度失ったら取り返しのつかない唯一のものだった。
ところが二十年ほど前だろうか。宇宙からの怪電波と新興宗教の過激派がばらまいたウイルスと数十カ国の神々の怒りが重なった年があり、それがたまたま『ゲーム』の世界を現実に引きずり出してしまう事件が起きた。教科書にも載っているその現象は未だに俺たちの世界にはびこっている。
あの事件からずっと、俺たちの命は『残機』と呼ばれて誰も彼もが数十個は持つようになった。そう、人は死んでも生き返る。なんの奇跡も必要とせず、当たり前に。
俺たちは生まれた時から命がいくつもあるものだから、当然扱いも軽くなる。好きこのんで死ぬ人間は少ないが、かといって死を極端に恐れる人間も減った。いまでは殺人罪よりも、痴漢の方が罰則が重い。肉体的な死ではなく、精神的な死を俺たちは恐れるようになった。
人間らしい、理性のある進化だと言う人間もいる。心というものを大事にする傾向は好ましいものだと思う。肉体に縛られることは愚かだと、ウイルスをばらまいた教祖は笑いながら二十回ほど死刑執行のボタンを押され、その生涯の幕を閉じた。彼を呪う声と祝う声、それは同じくらい大きかったという。
虫の死骸を見下ろしながら、不思議に思う。
なぜ人間だけが死んでも蘇るのだろう。これ見よがしに愛犬の墓の前で死んでいる虫を見て、そう思う。
人間だって死ぬときは死ぬ。天命と呼ばれるものがある。誰も知り得ない、運命が。
そういうとき、俺は二十年以上前に流行った愛の言葉を考える。
「この愛が叶うなら、もう死んだっていいわ」
***
俺たちのような学生にとって、死はエンターテイメントだ。精神の死を忌避する俺たちにとって『いじめ』は前時代的な悪習だが、肉体的なスリルを求める人間はあとを断たない。
今日もクラスの人間が度胸試しで死んだという話を聞いた。生徒会長として考えねばならない問題でもあるが、それは大人がまるでこの世の終わりのように騒ぐからであって、俺は早く文化祭の準備をしたかった。もっとも、命を必要以上に軽んじることは好まないが。
命を軽んじるつもりはない。だから、この行為はきっと命よりも重い意味がある。
「僕ね、マユミくんになら何をされたっていいんだ」
百々人は言った。俺の部屋で、二人で腰掛けていたベッドに寝転んで、俺を見上げて口にする。
「何されたって大丈夫。殺されたっていいんだ。……証明したいよ。ねぇ、僕を殺してみせて」
それは切実で倒錯的な誘惑だった。
「百々人、俺は、」
「マユミくんは……僕になんでもできる?」
こういう愛の示し方は知っていた。本能を押さえつけて理性で受け入れるという、セックスとは違った愛の形だ。肉体に依存せず、本能を拒むこの行為は精神的なやりとりを重視する俺たち世代にはうってつけの交わり方だった。
「……本当に、いいんだな?」
好きだと伝え、好きだと返された日から予感はあった。百々人はきっと、こういう危うさに陶酔する傾向がある。
「うん。もしもこれが僕の最後の命なら、それが『天命』なんでしょう?」
寝転んだ百々人が俺のシャツの裾を引く。
「マユミくんが僕の運命だなんて、すてき」
甘くかすれた声だった。耳にざらざらと残るような、砂糖菓子のようなわがままに後押しされて、俺は百々人の上に乗り上げる。俺の体重を受け止めた百々人の腹が、深くシーツに沈みこんだ。
そっと首に手をかける。本人の繊細な雰囲気とは違い、それは俺と大して変わらない太さをしていた。昔、まだ命がひとつだった頃に作られた映画で見たように、俺は百々人の首を締め上げる。
ぐっ、と力をいれる。ところが百々人の呼吸は止まらなかった。力が弱かったのだろう。百々人が「マユミくん、」と俺の名前を呼んだ。まだ、喋れると伝えるように。あるいは、助けを求めるように。
もっと、もっと、体重をかける。全身を使って百々人の気道を潰す。かは、と百々人の口から音のない悲鳴が漏れた。どくどくと、俺の指先には断末魔のような血流が脈打っている。命を、手にかけている。
百々人が反射的に俺の腕を取りかけて──動きかけた腕を降ろした。百々人はいま、肉体的な死の恐怖を理性で押さえつけて俺への気持ちを表そうとしている。苦しそうに、それでも無理をして百々人は笑ってみせた。何をされたっていいんだ。百々人の声が頭の裏側で反響する。見下ろした百々人の指先は震えていた。
俺は怖かった。それはきっと、人間の細胞に仕組まれた根源的な恐怖だ。虫は殺すくせに、家畜の肉は食べるくせに、精神に依存した行いを良しとするのに、俺はただ、恐怖していた。
何秒首を絞めていたのかわからない。何秒首を絞めれば命が終わるのかもわからない。それでも百々人のからだは無くなっていない。人間は死んだら復活地点に指定した地点で蘇るのだから、からだが消えていない以上、百々人は死んでいない。俺たちの死に肉体は残らない。泡のように、夢のように消えるしかないんだ。
ゲーム、なんだと思う。死体は消えて、死はなかったことになる。
百々人は全然死ななかった。どんなに首を絞めてもからだが消えることがない。だから、もっともっと、深く、口づけるように、骨が折れるくらい強く首を絞める。百々人はもう瞼を閉じていて、全身の力が抜けきってぐったりとしていた。どう見たって、それは生きることをやめている。どうして、なんで、百々人は消えて、呆気なく生き返らないんだろう。
汗が一滴、百々人の頬にぽたりと落ちた。いつまで俺は百々人を殺せばいいんだ。呼吸が浅くなる。震えそうな手を叱咤する。俺は報いなければならない。百々人が示したこの愛を否定することは──裏切りだ。
「……わっ!」
「っ……!」
突然だった。背後から肩を叩かれた。息が止まりそうなほど驚いて振り向けば、そこにはニコニコと、あるいはへらへらと笑う百々人がいた。
「ビックリした?」
百々人のからだは未だに俺の下に組み敷かれている。百々人が、ふたりいる。
「……なんで、」
現状に理解が追いつかない。百々人が目の前で生きているのに、百々人のからだはここにある。俺の下敷きになっている百々人に触れれば、その呼吸は確かに止まっていた。
「……死体がある?」
「うん。マユミくんはちゃんと僕を殺してくれたよ」
ありがとう。そうはにかんで百々人は後ろからそっと抱きついてきた。額を俺の肩に置いて、百々人は囁く。
「……僕ね、バグっちゃってるの」
「……百々人が……?」
聞いたことがあった。この世界には『バグ』がある。世界に愛された人間、もしくは嫌われた人間は、死に関して平常ではいられない。
たとえば、たった一度の死ですべてが終わってしまうだとか、生き返るときに記憶を全てなくしてしまうだとか、復活する場所を選べない、だとか。
それならば、百々人の死体が残っているのもきっとイレギュラーのひとつなのだろう。俺は向き直り、そっと百々人を抱きしめなおす。百々人がそっと微笑んだ。
「僕の死体、残っちゃうんだ。……あ、ごめんね。それ、邪魔だよね」
百々人はハッと気がついたように顔色を変える。人に迷惑をかけることを極端に恐れる百々人に、迷惑ではないと告げたくて背中をそっと撫でた。
「迷惑ではない。……驚いたが、これも百々人の個性だろう」
「……本当?」
「嘘は吐かない。それよりも、百々人が全てを委ねてくれて嬉しかった」
嘘ではない。それでも、恐怖していたのは事実だ。だが、その恐怖を乗り越えて百々人を手にかけたのだとしたら、それは本能に理性が打ち勝ったということだろう。
「……少し怖かったが、百々人を愛しているから、ちゃんと殺した」
「……ありがとう。僕もね、少し怖かった」
もう殺されたくないかも。そう百々人は呟いた。
「それでも……僕はちゃんとマユミくんを愛せていたでしょう?」
「ああ……伝わった。百々人、俺も愛している」
手のひらにべったりとへばりついた殺人の余韻が抜けない。俺はきっと酷い声色をしていたんだろう。百々人は背中に回した手を持ち上げて、そっと俺の頭を撫でた。
「ありがとう。……そっか。マユミくんも怖がったりするんだね」
慈しむような百々人の指先が、俺の髪を梳いていく。
「あれはやってみないとわからないだろう。百々人、俺を殺してみせるか?」
俺だって百々人に殺されたって構わない。そう口にすれば百々人は呆気なく言い放つ。
「今度ね」
そうして、俺の腕の中からするりと抜け出した。
「いまはそれを片付けないと」
百々人は自分だったものを『それ』と呼び、どうしようかと頭を悩ませだした。僕って地味に大きいなぁ、だなんて言いながら、ぐにゃぐにゃになった花園百々人の死体を弄っている。
「バラバラにしたらいけるかな……っていうか、燃えるゴミに出せるのかな?」
俺たちは遺体について──バグの起こしたイレギュラーに対してあまりにも無知だった。ネットで調べるか、怒られるのを覚悟で大人に聞こう。そう思っていたのに、俺の口からは全く違う言葉が出てきた。
「……俺の部屋に置いておけばいい」
「え?」
だって、それは百々人だったものだから。
「マユミくん、僕の死体と一緒に住めるの?」
「住める」
落ち着いたら然るべき手段で遺棄すればいい。そう告げたら百々人は少しだけしらけたように口を尖らせた。
「腐った僕でもいいの? それ、腐るかも」
「……あ、そうか」
腐るのか。死体なんて見たこともなければ話題にもでないから、何もわかっていなかった。
「……なら、腐るまでに捨てればいい」
死体に視線を移す。確かに生きていた、百々人だったもの。それは沈黙を保ちながら氷のような美しさを湛えている。生命がはぐれた器を、俺は初めて目の当たりにしていた。
「……まぁ、マユミくんがいいならいいけどさ……」
百々人は俺の頬を掴んで俺の視界を強制的に移す。目の前で、紫陽花のような瞳が俺を映している。
「……本物は僕だからね」
そう言って百々人は俺から手を離す。俺と、愛する人間と、愛した人間と、たったひとつの沈黙がこの部屋で潜むように息をしていた。
***
「百々人先輩の欲しいもの?」
「ああ。何か聞いたことはないか?」
寒い、冬の日だった。鼻を赤くして事務所にやってきた秀に問い掛ける。秀は手袋を外しながら、首を傾げてみせた。
「んー……百々人先輩って、そもそも物欲あるんですか?」
「どうだろうな……いや、だから困っているんだ」
百々人はテレビの収録でいない。きっと今頃は数週間先のクリスマス番組を撮っていることだろう。俺は両親の姿を見ていたからクリスマスよりもずっと前にクリスマスの仕事をすることに違和感はないが、秀や百々人はそうではないようで慣れないと度々口にしていた。
「ってなると消耗品とかじゃないですか? あって困らないもの」
「それもそうか……」
「……でも、恋人には特別なもの贈りたいですよね」
「……そうなんだ」
秀は俺たちの関係を知っている。流石に殺して殺されました、とは言っていないが、百々人の恋人である俺が百々人の欲しいものを探ると言うことは、そういうことだ。
「……指輪は重たいだろうか?」
「うっわ……」
「重いんだな……」
「いや、どんな指輪かによると思いますけど……その……」
秀が言葉を濁す。目が泳いでしまった後輩を見るに、指輪はやめたほうがよさそうだ。
「っていうか、指輪はサイズがわからないとダメでしょ」
「それもそうか……いや、」
ふ、と。ルームシェア相手の顔が浮かんだ。
「ん? なんですか?」
「指輪はやめておく。ありがとう、秀」
指輪は重たいようだが、レッスン着やレッスンに使うシューズならいくつかあっても困るものではないだろう。
いい贈り物を思いついた。週末、さっそく買いに出かけよう。
***
部屋に戻ると百々人の死体が眠っている。倉庫から持ち出した年代物の椅子に、絵画のようにひっそりと腰掛けている。
毎日、帰宅をしたら俺は死体の髪を櫛で梳く。冷たい頬に触れる。絞殺したときに出来た鬱血の痕を辿る。たまに、ピアスをつけかえる。
俺はそっと椅子に座る百々人の足下にひざまずいた。靴下を脱がして、その足に触れる。水晶のように冷えた爪を撫で、体温を失った青白い足にメジャーを添わせた。
百々人は──百々人だったものはここにいるのだから、この百々人のサイズを測れば百々人にぴったりの服や靴を贈れると、秀との会話で気がついたからだ。
そっと足を持ち上げてかかとから爪先までを測る。俺よりも少し小さな足だった。
ぞわ、と背筋が震えた。俺はいま、無抵抗の花園百々人を暴いている。
よぎった悪徳を振り切るようにして外へ出た。百々人にぴったりの靴を探そう。あの死体のことは忘れてしまおう。凍り付いた眠りではなく、あの春のような笑みを想おう。
***
クリスマス前にたくさん仕事をしたおかげでクリスマス当日は暇だった。それでも事務所の何人かは仕事があるようで、仕事のなかったメンバーでクリスマス会を行った。
そうやってクリスマスイブは事務所で過ごして、クリスマス当日はこうして百々人と二人で映画を見ている。秀も誘ったのだが、家族と過ごすと断られてしまった。加えて、「クリスマスにカップルと過ごす気まずさを考えてくださいよ」とも秀はこぼしていた。
映画が終わる。クリスマスを舞台にした恋愛映画は途中でミステリ要素が入っていて面白かった。だが、なんでもかんでもバグのせいにしてつじつまを合わせるのはこの監督の悪い癖だ。
「面白かったね」
「そうだな。あの監督は恋愛からミステリやサスペンスまで幅広く手がけているんだが、どれも面白い。たまに突拍子もない設定を持ち出す悪癖があるが、それがまた……すまない、喋りすぎたな」
「ううん。マユミくんが楽しそうだから、僕も楽しい」
百々人は俺の言葉をニコニコと聞いていた。少しの沈黙の後、俺たちは自然と距離を縮め寄り添い合った。触れあった肩から体温が滲んで、愛おしさに溺れてしまいそうな充足感が満ちる。
「……百々人、クリスマスプレゼントがある」
「あ、僕もあるよ。さっきも言ったけど……あらためて、メリークリスマス。マユミくん」
百々人はがさごそとカバンを探り出した。俺は待っていてくれと一言残して部屋にプレゼントを取りに行った。ついでに、薄暗かったシアタールームの明かりをつける。
部屋には物言わぬ百々人がいる。ざわざわして、たまにわからなくなる。なにがわからないのか、自分でもわからない。死体を一瞥して、俺は部屋を出る。
「はい、マユミくん。僕からのプレゼント」
「ありがとう。空けてもいいか?」
「もちろん! 喜んでもらえたらいいな」
紙袋に入っていたのはペンケースとインクだった。ペンケースはシンプルなデザインで質の良いものだった。おそらく革だろう。長く使えそうな、よい品だった。
「使いやすそうなペンケースだな。早速明日から使わせてもらう。……これはインクか。きれいな色だな」
明かりに透かしたインクは美しい色だった。澄み切った空色と、萌える若葉の色と、朝焼けに似た桃色だ。
「よかった。インクはね、僕とマユミくんとアマミネくんの目の色にしたんだ」
「なるほど。これは使うのがもったいないな……」
「だめ。使わないほうがもったいないよ」
百々人が笑う。子供の頃に両親からもらった万年筆を大切にしていると言ったことを覚えていてくれたんだろう。そういった、俺たちの積み重ねの中から拾い上げてくれたものを大切にしてくれていることを、とても嬉しく思った。
「これは、なかなかハードルがあがったな……」
「ふふ、マユミくんは何をくれるのかな」
期待をふわふわと浮かべた百々人に、俺もプレゼントを手渡した。レッスンで使えるシューズと、それを入れるシューズケースだ。センスに関しては百々人に及ばないと思うが、シンプルで長く使えるものを選んだつもりだ。
「あけていい?」
「ああ」
百々人は袋を空けて、わぁ、と嬉しそうな声を出した。シューズを取り出して、ふにゃりと笑う。
「レッスンシューズだ。レッスンしてるとすり減っちゃうから嬉しいな」
「そうか、よかった。消耗品がいいと思ったんだが……毎日レッスンをしていたら、それも消耗品のようなものだろう」
「うん。あ、ちゃんとはいるかな……履いてみてもいい?」
「ああ、ぴったりだと思う」
死体に合わせたのだから当然だ。自信を持って告げれば、百々人の動きがぴたりと止まった。
「……ぴったり?」
「ああ、百々人の死体に履かせて確認した」
「ふーん……」
百々人はシューズをそっと置いた。映画が終わったときのように俺との距離を縮めて、俺の胸にからだを預けてくる。
「……マユミくん」
「どうした?」
「……いまから、すごくめんどくさいこと、言っていい?」
申し訳なさそうな、甘えるような声。
「ああ、言ってくれ」
「……言うね?」
百々人がぎゅう、と抱きついてきた。表情が見えないまま、百々人は続ける。
「今度靴とか洋服とかを買うときは僕と一緒に買い物して」
「……ん? 別に構わないが」
それではサプライズにならない。そう告げれば百々人は俺の胸に額を強く押し付けた。
「それでいい……マユミくん、僕の死体でサイズを確認しないで。だったらサイズの違う靴のほうがいい」
「ああ、わかった。だが履けなければ使えないだろう」
百々人が軽く俺の肩を叩く。
「僕よりも僕の死体が先にマユミくんの買ったものをつけるのがやなの……」
嫉妬してるんだ。百々人はそう言った。
「わかってるよ。……あれは僕の死体だし、生きてないし、僕だし……でも、やだ」
百々人の腕の力が、少しだけ強くなる。
「……ちょっと羨ましいんだ。死体になれば……物になればマユミくんの所有物になれるんでしょ? 僕だって、マユミくんのものになりたいのに……」
「……俺のものにしていいのか?」
「うん。……離さないで。お願い」
百々人は泣いてしまうのではないかと思った。震える声で百々人は続ける。
「……それにね、僕はもう死ぬのがこわい。僕とあの死体は違うんだ。僕はもう、恐怖なんて感じずにキミに殺してくれって笑ってた花園百々人じゃない……」
だからあの死体が──過去の自分がうらやましいと、百々人は深い吐息と一緒に言葉を吐き出した。
百々人はそれきり黙ってしまった。その背中をそっと撫でると、威嚇する猫のように呻く。
「……悪かった」
「……マユミくんは悪くない……」
「でも、もうしない。嫉妬させたいわけじゃない」
百々人が顔をあげる。困ったように笑う。
「……百々人がよければ、葬式をしよう。あの死体は捨てたりせずに、ちゃんと弔いたい」
「……お葬式、してくれるの?」
「ああ。やりかたを調べよう」
葬式という文化が廃れてから久しい。そもそも死んだら生き返るか消えるかしかない俺たちにとって葬式はしたくても出来ないものだ。だけれども、ペットと別れるときや百々人のようにバグった人間を火葬する設備がないわけではない。
「……お葬式は二度目だな」
「そうなのか?」
「うん。僕三歳の頃に肺炎で死んでるんだ。……その時はね、お母さんがちゃんとお葬式してくれたらしいんだけど……」
萎んでいく語尾を見送ることしか出来なかった。もう百々人を愛している親はいない。
「なら、俺が弔う。……いや、二人で弔おう」
「……ふふ、自分のお葬式って変な感じだね」
骨が残るよ。そう言って百々人は俺からからだを離し、シューズを手に取った。
「骨くらいなら、あげる。僕だったものを所有して?」
百々人はシューズを履いて、ぴったりだ、と笑う。俺は百々人の死体に付け替えていたいくつかのピアスのことを、白状するかしないか少しだけ悩んでいた。