モノクロレコード シアタールームに満ちる、淡々とした声を聞いている。大好きなはずの声は普段とは違ってボソボソと覇気がなく濁っていて、蓮すら咲かない泥のようだ。こんな声が目の前の男からこぼれていいはずがない。なんだか現実味のない、悪夢のような時間だった。
鋭心先輩の口からは際限なく罪状が零れ落ちる。いま、俺は神父で鋭心先輩は裁かれることのなかった罪人だった。彼の告白する罪のひとつひとつがどんな罪に問われるのかは知らないけれど、その積み重ねの先にこんなどうしようもない人間が生まれてしまったのだということが悲しいほどにわかってしまう、そういう声だ。
正直、こんな役を鋭心先輩に演じてほしくはなかった。鋭心先輩が次の仕事で演じるのは罪を犯したのに罰を与えられなかった人間だ。キーパーソンでもなんでもない、ただ世界の不条理を示すだけの端役で、やることは道端を歩くこと、懺悔室でたっぷり2分をかけて罪を吐露すること、そして何を守るでもなく車に轢かれることだけ。未来すら描かれることのない、亡霊のような役だ。
声が止む。伏せていた目をまっすぐにこちらに向けて、いつもみたいなハッキリとした声で鋭心先輩が俺を呼ぶ。
「秀、」
聞き慣れた声がする。それだけでどれだけ俺が安心するのか、きっとこの人は知らないし一生理解しなくって構わない。
「どうだった?」
ぱたん、と台本を閉じながら鋭心先輩は俺に問いかけてくる。その指先はあの胡乱さを閉じ込めるような儀式みたいにきれいで正しい。
「……そうですね、なんというか……不気味でした」
「不気味?」
「鋭心先輩じゃ、ないみたいで」
鋭心先輩とは掛け離れた、ただ罪を吐き出すだけの男は気味が悪かった。目的がわからなくて、彼という人間が見えない。考えていて、ふと思った。
「うまく言えないんですけど……怖かったです」
「……そうか」
それが役として正しいのか、間違っているのか、俺にはわからない。
鋭心先輩は休憩にしようと言って立ち上がった。鋭心先輩の家で出されるものは飲み物もお菓子もおいしいのに欠片も食欲がない。正直に言って、吐きそうだった。
どうしてこんな安請け合いをしちゃったんだろう。でもこの役目を誰かに渡すのは嫌だから、きっと逃げ道があっても俺はこの役目にしがみつくんだと思う。
数日前のやりとりを思い出す。だってあの時は好きな人に頼られて嬉しいって気持ち以外はなかったんだから仕方ない。鋭心先輩が戻るまで、俺は何かから逃れるように目を閉じた。
***
始まりは些細なやりとりだった。ただ、鋭心先輩の望んだタイミングだったんだろう。百々人先輩もプロデューサーもいなくなった時を見計らって、鋭心先輩は俺に話しかけてきた。
「秀、頼みがある」
なんでもできる人が俺を頼って俺の返事を待つようにこちらを見つめている。百々人先輩じゃなくて、俺を頼ってる。胸いっぱいに誇らしさが広がって、この人に頼まれたならきっと俺は何も恐れない騎士になれるってくらいに舞い上がってた。
俺は鋭心先輩のことを尊敬していた。もちろん百々人先輩のことも尊敬しているけど、鋭心先輩への尊敬はどこか遠い人への憧れというか、少年の頃に見たヒーローへの憧れにも近かった。きっと俺はこの頃から俺は鋭心先輩がふわっと好きだったんだと思う。でもそれは尊敬とか羨望とか憧れとか、さらに言えば「こういう人になりたい!」って思うような無邪気なもので、こうして鋭心先輩が俺にだけ秘密を打ち明けるように頼ってこなかったら、その先で鋭心先輩に綻びを見出さなかったら、恋にはならなかったんだと思う。
鋭心先輩は俺たちの他に誰もいないのを確認してから口を開いた。俺たちはふたりきりだった。邪魔者も、頼れる人も、どこにもいなかった。
「今度ソロでの仕事があるんだが、そのレッスンに付き合ってほしい」
「レッスン? ああ、今度のドラマでキャスティングされたんですっけ?」
「ああ。そこで長台詞があってな、だいたい2分ほど1人で喋るシーンがあるんだ」
「2分!? それはすごいですね」
詳しく聞けば見せ場はそれくらいで、それくらいだからこそ完璧に演じたいと鋭心先輩は言う。
俺がいいんですか? って聞けたらよかった。それなのに、俺はこう聞いた。
「俺でいいんですか?」
鋭心先輩は笑った。
「ああ」
鋭心先輩は「秀がいい」とは言わなかった。ただ、それでも俺は嬉しかった。
普段はふたりきりでも取り止めのない会話しかしないくせに、なんだか特別な会話がしたかった。何を話していいかなんてわからないくせに、なにかを、たくさん話したかった。
それなのに、俺が口を開く前に鋭心先輩が声を出す。
「明後日、俺の家で。細かいことはLINKする」
鋭心先輩らしからぬ性急さで会話が打ち切られる。廊下から、誰かの足音が聞こえていた。
***
鋭心先輩が戻ってきた。俺は目を開いて、意識を浮上させる。まだ泥の中にいるような感じがして、意識して一度、大きく息を吐き出した。
「頂き物のクッキーだ。口にあえばいいが」
そう言って差し出された紅茶は香りがよかったし、クッキーはほろほろとしていてバターがたっぷりと入ってるんだろうってわかる。それなのに、ふとした瞬間に俺はあの懺悔を思い出して、こんなにおいしいクッキーを吐き出しそうになる。鋭心先輩はクッキーを2枚食べた後、「ゆっくり食べてくれ」と告げて台本を開いた。
鋭心先輩、そんなもの見てないでふたりで喋りましょうよ。最近見た面白い映画はありますか? そういえば俺の好きなアニメが映画になるんですよ。あ、百々人先輩とシンメになるところのダンスすごかったです。俺、たくさん話たいことあります。だからお願い、台本を開かないで。あの罪人にならないで。話たいことがたくさんあるなんて、本当だけど本当じゃないんです。ねぇ、今だけは鋭心先輩でいてくださいよ。
どれかひとつでも言えたらよかったんだけど、俺は鋭心先輩のレッスンに付き合うために来たんだから鋭心先輩が台本を読んでたら邪魔をしちゃいけない。
クッキーを何枚か胃のなかに納めたら、あるいは紅茶を一滴残らず飲み干したら、鋭心先輩はこっちを見てくれる。でも、厳密には違う。そのとき俺に向き合うのは名前すら台本にない罪人だ。本当に、いやになる。
それでもこういう時間を俺だけのものにしたいのは事実だった。他の人がこの大役を任されるなんて、悔しい。最初は選ばれたい一心だったけれど、じわじわ、じわじわ、俺はこの人に恋をし始めてるって実感があった。
罪を犯したのは鋭心先輩じゃない。それなのに、そういう人間としての綻びを、偽りだとしても鋭心先輩が纏っているというのがよくなかった。きれいなビー玉に傷がついている。それがどんなに歪なものでも、俺はその傷が乱反射した光に魅せられている。
冷めた紅茶を一気に飲んだ。行儀悪く音を鳴らしてティーカップを置けば、鋭心先輩が台本から視線をあげて俺を見る。
「再開できるか?」
「もちろん」
そうして、向き合う。神父が見るはずもない鋭心先輩の顔を見る。
懺悔室って確かお互いの顔を見ないんだけど、これはドラマだから鋭心先輩の表情はカメラに切り取られる。だから俺は表情のチェックも頼まれているんだけど、俺も鋭心先輩もどんな表情が求められているものなのかわからなかった。
きっと録画しておけば鋭心先輩は監督に相談しやすいんだろうけど、鋭心先輩が気が付いてないから俺は黙ってた。俺だけの表情にしていたかった。鋭心先輩そのものじゃなくても、鋭心先輩が決してすることのない顔を独り占めしたかった。
たとえ、それがどんなに俺のことを揺さぶる、つらい表情でも。
「……はじめましょう」
ぱん、と俺は手を叩く。鋭心先輩が口を開く。
「……花を踏みました。幼稚園のころ、赤い花を踏んだんです。ずっと覚えています。それなのに殺した人の顔を覚えていない。プールの匂いに悪態を吐いたし、そうだ、この前は拾ったお金を懐にいれた」
鋭心先輩はいくつかの魅せ方を研究しているようで、さっきの鋭心先輩とは少しだけニュアンスが違うみたいだった。今回の鋭心先輩はひどく暗く、虚な瞳と声をしていた。その声にはだんだんと悲痛さが混じり、まるで鋭心先輩の人生すべてが間違っているとでも言いたげな質感で俺の頭を埋めていく。精神的な嫌悪感がさっき食べたクッキーの甘ったるい油の匂いとごちゃまぜになって、吐きそうだった。
「あれはきっと血だったのに踏んだ赤い花に似ていて、ただそれを言って、嘘を吐かなかったからって私はここにいて誰も私を殴らない」
苦しそうな表情をしている。そういうのがなんだか自然に見えるから不思議だ。鋭心先輩は演技がうまいけれど、鋭心先輩が役に入り込んでしまうと鋭心先輩そのものがどこにもいなくなってしまうような錯覚がある。
「私は罰せられるべきなのに守られていた。だからここに来たんです。ここには私を守る人はいない。私は逃げてきたんだ」
ふと、鋭心先輩の目が少しだけ潤んでいることに気がついた。そのきらきらと揺れる瞳に魅入っているうちに、いくつもの言葉が俺を通り過ぎる。鋭心先輩は最後の言葉を吐き出す。
「はやく、ばつをください」
いいよ、って。この可哀想な人に言ってあげたかった。それでこの人が救われるなら、望んだものを与えてやりたいと思う。この人は鋭心先輩じゃないけれど、鋭心先輩の見た目をしてるんだから仕方ない。それでも俺のセリフは決まっている。
「……ここは許しを得る場所ですよ」
鋭心先輩の表情はからっぽだった。俺は名前もない役から鋭心先輩を引っ張り出すように「おつかれさまです」と声をかけた。
「ああ。……どうだった?」
「え? どうって……」
「ちゃんと罪人に見えただろうか」
ざいにん、と鋭心先輩が口にするとなんだかこわくなる。正しい人が「ざいにん」と口にした時、それは一種の暴力のように人を威圧する。
「罪人、」と呟いた。うまく舌がまわっていないような、馴染みのない響きがする。よくわからない。すごかったけど、それが鋭心先輩の見た目をしていると途端にわからなくなってしまう。それくらい、この人と罪はかけ離れている。
「すごかったですよ」
そう言っていくつかの感想を述べた。意見を交換しているうちに鋭心先輩が鋭心先輩に戻っていく。そうなるとやっぱりさっきの男は鋭心先輩じゃないって安心する。俺は饒舌になって、鋭心先輩を褒めた。
「最後のセリフとかよかったです。罪を悔いる気持ちがすっごい伝わってくるっていうか、鬼気迫るっていうか」
「……そうか」
「あ、でも……」
少しだけ思ったことがある。言うべきか、言わないほうがいいのか。いや、レッスンなんだから言ったほうがいいに決まってるんだけど、なんだろう。言おうとすると胸がざわざわした。
「なんでも言ってくれ。秀の意見は参考になる」
それでもこう言われたら言うしかない。俺は胸騒ぎを振り切るように、口を開いた。
「なんというか……許されたいって気持ちが全然見えなかったです」
言って気がつく。彼は裁きを求めているのだからそれはむしろいいことのはずだ。それなのに、どうしようもなく違和感がすごかった。
「それはいいことだな。この男は許されたいと思っていない」
「いや、そうじゃなくて……なんていうのかなぁ……」
この世に全く許しを必要としない人間なんているんだろうか。いるのかもしれないけれど、そういうのは罪から人間らしさをべりべりと剥がしていく。間違えたのは人間なのに罪が一人歩きしていって、罪を償うべき人間がいなくなってしまうような、贖罪に飲み込まれてシステムになってしまうような、そういう不安感がある。
「監督次第なのかもしれません。俺は人間っぽさがなくて違和感がありました」
「……そうか」
結局はこの役がどこまでなにを求められているのか、だろう。
そう結論づけて俺はポットから紅茶をカップに注ぐ。湯気のなくなったそれを口元に運ぼうとした時、鋭心先輩がぽつりと呟いた。
「……俺は罪を犯した人間は許されるべきではないと思っている」
「え?」
なんだかゲームの登場人物が言うようなセリフだ。正直に言って、それは思ってても言っちゃいけないんじゃないかなって思う。
だからこそ薄暗い喜びがあった。人前で口にしてはいけないような正論が俺にだけ打ち明けられている。このほうが、よっぽど懺悔みたいだ。
「いや、違うな……許されてもいいが、それは罰を受けて贖罪を果たしたあとの話だ。それまでその人間には許される権利すらない」
なんだか少し怖いというか、ちょっと危険な考えなんじゃないかって気がした。許す権利というのはなさそうであるけれど、許される権利っていうのはありそうでないんじゃないかと思う。そんなのは言葉遊びなんだろうけど、なんだろう。鋭心先輩の意見は俺の喉をうまく通らなかった。
「……罰を受けられなかったら?」
ドラマの話だ。まだ台本だって仮でしかない。それなのに、なんでこの人は当たり前みたいに話すんだろう。
「自らを律して罪を償うしかない」
「だからあんなにつらそうだったんですか?」
演技の話だ。でも、あれは演技でも確かに鋭心先輩から出てきたものだ。鋭心先輩がなにを思っているのか、演技を通してでも知りたかった。
「つらそう……?」
鋭心先輩はわからないと言いたげな顔をする。そういう綻びを見て、胸がざわざわする。心拍の跳ね方が恋に似ている気がする。なんというか、広義の意味で吊り橋効果、みたいな。
「先輩、すごくつらそうでした」
好きってなんなんだろうな。これって興味なのかも。ただ正しくてカッコいい鋭心先輩にはしゃいでいたいのかも。それとも、それすらも暴いてしまいたいのかも。罪に対するあの言葉がすこし怖かったから、優しいはずの鋭心先輩に近づいて安心したいのかも。
特別になりたいってのはハッキリしてるんだけどなぁ。
「……なんで、俺なんですか?」
鋭心先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。そうして、苦く笑う。
「脈絡がないな」
俺もそう思う。でも口からこぼれてしまったんだからどうしようもない。特別になりたいって思ったら、つい聞いてしまったんだ。
「答えてください」
咄嗟に腕を掴んだ。歪んだ翡翠色の瞳に、自分が思ったよりも強い力でその腕を掴んでいると知る。
鋭心先輩は俺の手を振り払うことをせずに、ぽつりと呟いた。
「……なんで、なんだろうな」
そういって俺の手に空いている手を重ねた。あったかい手だった。俺をうんと子供に戻すような、まじないめいた温度だった。
秀がよかったって、言ってほしい。
子供のようなわがままを言いたくなった。癇癪をぶつけてしまいたくなったと言ってもいい。そんな俺を見て、鋭心先輩は優しく笑って言った。
「……秀がよかったんだ」
嬉しいはずなのにゾッとした。俺が望んだタイミングで与えられた都合のいい言葉に自惚れていられたらどんなによかったんだろう。偶然に決まってるけど、この人を信じられなくなる瞬間が訪れるなんて夢にも思わなかった。
しばらく見つめあっていた。手を振り解いたのは俺だった。
「……人は許されたいと思ってもいいし、許しは必要だと思います」
だって鋭心先輩、すごくつらそうだった。
話を戻したくてそう言った。鋭心先輩は大人だから、俺の意図を汲み取って答えを返す。
「そう思うことは構わない。ただ世の中には許されるに値しない人間もいるという話だ」
鋭心先輩のなかでは演じた男もそうなのだろうか。罪状だけを照らし合わせればきっとあの男は許されない。でも、それってすごく冷たい。人にはそうなった原因とか、環境とかがあるはずなのに。
それに、情とかもあるじゃん。あの男を許したい人だって、いたっていいでしょ。
「じゃあ、もしも鋭心先輩は俺が取り返しのつかない間違いをしたときに許さないんですか?」
「え?」
「百々人先輩が間違えても? 許せないですか?」
なんというか、こんなの八つ当たりだ。誰だって間違えたくはないけど間違えるときはある。俺が間違えた時に鋭心先輩に見放されたくない。それに、鋭心先輩が間違えた時に俺が味方になることを拒まないでほしい。
ダメだ、考えが散らかってる。それなのにあの男と鋭心先輩が重なってどうしようもない。鋭心先輩に罪はない。鋭心先輩は正しい。でも鋭心先輩は2つ年上なだけの人間だって言うのもわかっている。鋭心先輩は正しいって言うのは俺が彼に求めている幻想で、きっと鋭心先輩だって間違えることはあるんだ。
鋭心先輩の高潔な正しさは、鋭心先輩が間違ってしまった時に自分自身を追い詰める。それをこの人はわかってるのかな。なんだか、すごく怖くなった。
「じゃあ親は? あるじゃないですか、誰が許さなくったって許してあげたくなる人って」
思考がごちゃごちゃになってどうしようもない。ただ、許されてほしい人がいるだけ。それなのに鋭心先輩はこんな言葉を真正面から受け止めて、目を見開いている。そんなこと、考えたこともないとでも言いたげな顔だ。
「……それは」
「鋭心先輩は自分が間違えたとき、どうするつもりなんですか」
俺が間違えても鋭心先輩が無条件に味方をしてくれるだなんて思ってない。そうであれたら嬉しいけれど、そこまでは望まない。俺は親友を傷つけたんだから、間違ってしまったんだから、鋭心先輩が言う通り許さちゃいけないのかもしれない。
それでもさ、好きな人が許されないことで傷つく人間はいるって、どうにかこの人に伝わらないかなぁ。自分が冷たさの中にいるだけで、悲しくなる誰かはいるんだって。
俺は鋭心先輩が間違った時、味方でいたいって思ってるだけなのに。
「……秀、これはあくまでドラマの話だ」
「え?」
「秀の言葉は突然すぎるし話も飛躍している」
「そっ……れはそうです……けど……」
気がついたら鋭心先輩は優しい表情になっていた。俺にクッキーの皿を近づけて、柔らかく笑う。
「この男は許しを必要としていないだろうと想定して演じただけだ」
「許されない人もいるって、」
「話がごちゃごちゃになっているな。最初から最後まで、全部ドラマの話だ」
俺は安堵することもなく、ただ『あ、逃げられた』って思った。でも深追いしたら絶対に傷つくし、きっと傷つける。双方無事では済まないのはわかっていて、鋭心先輩は逃げたと同時に俺に逃げ道を与えてくれたんだろう。
それでも聞いてしまいたい。ドラマの話じゃなかったらアンタはどう思うんですかって。
俺が間違った時、味方になってくれるんですかって。
アンタが間違った時、アンタだけでも自分の味方でいられるんですかって。
「秀」
低く穏やかな声だった。甘えるように、振り切るように、俺はクッキーを一枚手に取り噛み砕く。ぼろぼろと屑が散った。
「……もう一度」
「ん?」
「もう一度やりましょう」
何度でもやりましょ。何度もやって、何度もアンタの声で懺悔を聞いて、そのたびにめちゃくちゃな気持ちになっちゃいたい。アンタの見た目をしたあの男が許されたらいいなって思うし、そのたびに呆気なく死んじゃうんだよなぁって悲しくなって、だったらもし現実世界でアンタが間違えちゃった時は絶対に味方でいようって何度も自分に誓いたい。
鋭心先輩が口を開く。耳を塞ぎたくなるような、暗くて重い声で吐き出される呪詛のような懺悔を聞いている。何度も、何度も。