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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    鋭百ワンスアウィーク第52回「後ろ」
    肉体関係だけがある鋭百です。(2023/9/10)

    ##鋭百

    フライデーナイト・プール 喉が渇いていた。ぬくもりはあったがそれは肌の触れている部分が熱を持っているだけにすぎず、わずかな接触すら解いて起こしたからだは当たり前のように冷えていく。せめて下着くらいは身につけるべきだろうかとも思うが、どうせ風呂にはいるだろうと怠惰な部分が囁いてきてよくない。肉体に依存する欲を満たしたあとは、気怠い。
     この行為はスポーツのようなものだと情緒のない取り決めに従うようにベッドサイドに用意された水を煽れば少しだけ思考がクリアになった気がした。電気をつければ目の奥がチカチカと痛い。抱き合うと、俺たちは夜の生き物になってしまうんだろう。
     情事を終えたばかりで性の匂いが色濃く残る夜を虚しく思うのは間違っているのにからっぽが抜けきらない。続けるたびに不毛になって、かといって終えられる気がしない。愚行とはこのようなことを言うだろうに、共犯者がいるだけでこれほど身動きが取れなくなるとは驚いた。
     共犯者──百々人はまだ眠っているのだろうか。知ったところでどうするでもない考えに思考を傾けた瞬間、背中をつつ、と伝う細い指先に気がつく。
    「百々人、起きたのか」
     後ろを振り返ろうとすれば百々人は「そのまま、」と呟き俺の動きを止めて、幾度か俺の背中をくすぐるように撫でた。指先はそのまま滑り降りて、腰の少し下をつんつんとつつく。
     もう一度、したいのだろうか。だとしたら振り向くことを許してほしい。そう思った矢先、百々人が楽しそうに呟いた。
    「ほくろ」
    「え?」
    「マユミくん、ここにほくろがある」
    「……知らなかった」
     指先が示した位置は俺からでは見えない場所だ。からだの後ろの、背骨の付け根に近い場所。それは初めて知ることだったが、これ以上にどうでもいいこともないだろう。百々人のようにチャームポイントになるようなものでもない。こんなところを気にする人間なんて、裸を晒す人間なんて百々人以外にはいない。
     夜を共に過ごす百々人は共犯で、欲を満たしあう人間で、くだらない優位で憧れを食い散らかすような存在だ。恋も愛もあちらが向けてこない以上、持て余すに決まっているから両手は空けている。こんなどうしようもない関係性はひとつの側面で、やましい夜から逃れれば俺たちは共にトップアイドルを目指す仲間だ。百々人は賢いけれど、危うい。道連れはあくまでこの夜だけで、こんなどうしようもない欲を抜きにしても支えたいと思っている。思っているのに。
    「こっち見て」
     許される。百々人が夜にだけ向ける願望は女王のように無邪気で子供のように尊大だ。
    「ねぇ、僕の背中も見て?」
     振り向けばかけていた布団は足元まで蹴られていて、百々人は何も纏わない背中を無防備に晒していた。「ほくろ、あるかなぁ」と笑いながら、視線で俺を促す。
    「……キレイな肌だな」
     百々人は笑うように息を吐いただけだった。呼吸にあわせてうっすらと上下する背中は滑らかで汗でうっすらと湿っている。腰の周りに、百々人が望むままに欲を向けた俺の手の痕がある。
     この肌を食い荒らしていたのかと、ぼんやり思う。衝動はもう落ち着いていて、ただ美しい彫刻のような百々人の背中を見ている。
    「マユミくん」
     ただ、意味もなく名前を呼ばれる。意味があったとしたら俺はそれを完全に見落としている。俺を呼んだ唇に視線を向けて、特徴的な泣きぼくろをそっと撫でた。
    「ほくろは……ひとつ、ここに」
     腰の後ろ、うっすらと赤く染まっている肌をつつく。自分ではわからない場所だろうし、気にもしないような場所。そうか、百々人に教えなければ、きっとこれを知るのは俺だけだった。もっとも百々人に頼まれなかったら、知る由もなかったことだが。
    「そっか……信じるよ」
     俺が何かを言う前に百々人はもう一度「信じるよ」と言った。そうして俺の指先を取り甘く歯を立てる。舌が這うことはない、子猫のような甘噛みだ。数秒もすれば解放されて、熱を知った指がまた冷えていく。
    「僕はマユミくんの言うことを信じるから、自分から確認したりしない」
     鏡も見ないし、他の人に聞いたりしない。別に恋愛関係にあるわけではないから他の人に肌を晒そうが俺が口を挟む権利はないが、その瞬間を想像すると心臓が燃え落ちてしまうのではないかと言うくらい苦しくなった。憎しみにすらなりそうなこれは嫉妬だろうか。独占欲だろうか。どのみち、そんな権利はない。そういう歪みが暴力的な形を取ろうとするから、なんとか皮肉に落とし込んだ。
    「怠慢だな」
    「信頼だよ」
     皮肉を耳障りのいい言葉で切り伏せて百々人は笑う。どうしようもない、自嘲めいた笑みだった。嘘を吐くならバレないようにするのがマナーだろうに。
    「キミの言いたいことはわかるよ。責任を押し付けて、思考を止めて……」
     都合よく縋って。そう言った瞬間、百々人の顔が醜く歪んだ。きっともう背中に何があるかだなんて話はしていないんだろう。百々人は俺を全面的に信頼したとき、自分がどうなってしまうかを恐れているのかもしれない。
    「……寒いね」
     そう言いながら百々人は俺の腰に抱きついてきた。俺の太ももにおでこをつけて、その表情を隠してしまう。 
     百々人は俺のことを信用したいんだろうか。したくないんだろうか。それとも、こんな人間の言うことを信用する価値なんかないと、気がついているのだろうか。
     だとしたら──こんな間違った人間の言葉を盲信しないでいてくれるのなら、それは俺の安寧になる。百々人の真実などわからないくせに、俺は百々人のそういうところをひどく好んでいた。
    「嘘だよ。嘘吐いた」
    「え?」
     唐突な、不機嫌そうな言葉が落ちる。百々人が俺の背中に爪を立てる。
    「キミにほくろなんてない」
    「そうなのか?」
    「そう」
     苦しみ、あるいは快楽から逃れるために立てられた爪とは違い、ゆっくりと、沈み込むように百々人は俺の皮膚を抉る。俺が痛みに眉を顰める権利などないとでも言うような、不機嫌な声が空間を揺らした。
    「なにか言うことあるでしょ」
    「ない」
    「ある」
     人質を嬲るように皮膚に爪が食い込んでいく。釣り合いなんて取れないとわかっているくせに、嗜めるようにつむじを押した。
    「……なぜ嘘を吐いた、か?」
     百々人が頭をふるふると振って俺の指先を振り払う。頭を俺の腹に押し付けて、呻くように声を出す。
    「キミにほくろなんてない」
     聞いた、と言って背中をさする。百々人はたまに不思議な問いかけをして不機嫌になってしまうけれど、それを癇癪だと切り捨てるには百々人の言葉には意味がありすぎた。
    「キミにそんなものはない。キミはきれいなの。だってキミは『眉見鋭心』なんだから」
     ゆっくり、冷えた手で首を絞めるように百々人は呟く。言葉に、その意味に、俺の呼吸は少しだけ苦しくなる。百々人は独り言のようなそれを吐き捨てて、顔をあげて俺の視線を射抜く。
    「欠点なんて許さない。……そう言ったらどうする?」
    「……ほくろは欠点ではないだろう」
     苦し紛れ、のような、はぐらかすようなことしか言えなかった。百々人は白けた目をして唇を歪ませる。
    「そういう話じゃないって、わかってるくせに」
     あ、と思った。百々人の好ましい部分が少しずつ汚されている。なんだか、百々人の自暴自棄に試されているような気すらしてくる。 
    「ほくろなんてないって言ったら……キミに欠点なんてないって言ったら……僕がキミは完璧なんだって言ったら、キミはそれを信じるの?」
     花園百々人が眉見鋭心を盲信したら、どうなるのか。
    「……鏡があればわかることだ。だが、」
     その盲信を、理想を、百々人の声を俺が信じたらどうなるのか。
    「俺は百々人を信じる。わざわざ鏡なんて見ない」
     俺の言葉は嘘なのだろうか。別に百々人を信じているわけじゃない。期待に応えたいだけだ。でも疑ってるわけじゃない。だから嘘にも本当にもなれない。
    「僕の言うこと、信じるんだ」
     嘘か本当かが自分でもわからない言葉を返すわけにもいかず、ただ「信じる」という結論だけを返す。そうすると百々人はよくわからないと言うような声を出す。
    「……完璧なマユミくんになるの?」
    「変なことを言うな。俺は完璧だとお前が言うから信じると言っているのに」
     百々人なら俺が間違っても正してくれるんじゃないかと少しだけ期待していた。でも、百々人が間違わない俺を望むなら、そうなるべきだろう。
    「それは……マユミくんじゃなくて、僕が望んだマユミくんなんじゃないの?」
    「だからこそだ」
     望まれて、それを叶えるために生きている。それが俺の在り方だ。決めていたはずなのに、なんだかどんどん気持ちが萎えていく。その憂鬱を一蹴するように百々人が笑う。こんな夜に似つかわしい、軽薄な笑い声だった。
    「キミのそういうところが大嫌いで……バカバカしくて……」
     百々人が上半身を起こして俺に抱きついてきた。皮膚が触れあって、またぬくもりが生まれる。虚実めいた熱を吐息にのせて百々人はそっと囁く。
    「……すごく安心するんだ」
    「……そうか」
     百々人は賢い。賢いから、うんとくだらないことに救われたりもするんだろう。
    「……お前に完璧を望まれるなら、俺は、」
    「完璧なんて、本当は望んでない」
     百々人の腕の力が強くなって、繋がっていたときなんかよりもずっと強くからだがくっつく。恋人のように抱擁しながら、懺悔のような声を聞く。
    「望みなんてないんだ。でも、どうしても望んでしまうの。キミになにかを望んでいたい、それだけなのかもしれない」
     バカバカしいね。許してね。最後はなんだか宥めるような口調でそう言ってくるから笑ってしまう。百々人はゆっくりとからだを離して俺の額に触れるだけのキスをした。俺は、俺からは口付けをしてはいけないというルールを思い出していた。
    「……いつか本当を教えてあげる」
     なんだか少し腹がたったのは、その言葉と身勝手なキスのどちらになんだろう。意地悪とも抵抗ともとれる俺の言葉は苦し紛れではなかったはずだ。
    「本当なんて、わからないくせにか?」
    「……あはは! キミのそういうとこ、好きだなぁ」
     百々人はごろんとベットに転がって、一度だけ俺を見た。そうして、視線を天井に移して歌うように口にする。
    「本当、本当ね。例えばさ、本当にキミを知って、本当にキミを好きになって、」
     楽しそうな、浮かれた声。
    「キミのことが好きでどうしようもなくなったときに、キミに本当の意味で抱いてもらったら……僕はどうなっちゃうんだろ」
     仮定の話だ。だが、愛を向けられたら俺はそれを返せるのだろうか。
     俺のことを好きな百々人という存在は甘やかでずいぶんとグロテスクだ。それは百々人を純粋に愛している俺と同じ姿をしているんじゃないか。愛し合った俺たちはグロテスクを晒しあった鏡と一緒のような気がして、ずいぶんと気が重くなる。
     百々人のことは嫌いじゃない。むしろ好きな方で、交わったぶんの情もある。それでも純粋な好意だけで百々人の誘いに乗って無益な夜を過ごしているのかと言われれば答えはノーで、俺は俺の醜さを知っている。
     安心するんだ。百々人が見せる傷を舐めて、百々人の晒す空白を埋めて、百々人を俺で満たしていると俺のからっぽも埋まっていくような錯覚がするから。
    「なんだか楽しみだね。僕の好きなキミ。キミの好きな僕。ふふ、夢みたい」
    「お前を一緒なら、悪夢でも付き合おう」
    「嫌味な口説き文句だなぁ」
     百々人が思いの外強い力で俺の手を引いた。きっと少し力を入れれば体勢を崩すことはなかっただろうに、俺は逆らうことをせずシーツに沈み込む。
    「……抱いて」
    「……望むなら」
     百々人の瞳がどろどろに光っている。ゆらゆらと揺らめいて、春の陽炎のように俺を映す。小さく閉じ込められた俺の表情は見えず、聞こえる息づかいは混ざり合ってどちらのものかわからない。
    「百々人」
    「ん?」
     舌を突っ込んでやりたかったが俺から口付けるのはルール違反だ。だから指先で唇をこじ開けて口内を蹂躙する。けほ、と咽せる百々人の瞳に涙が溜まるまで上顎を擦り舌を弄んでいたら、百々人が満足げに笑って血が出るほど強く俺の指に噛みついた。
    「……あはは、最高」
     百々人は俺の頭を抱えてわしゃわしゃと撫でる。不埒な手を肌に滑らせながら俺は問いかける。
    「今の俺はどんな表情をしているんだ?」
     自分じゃあ見えないんだ。困ったふりで笑えば百々人の笑いがよりいっそう深くなる。
    「……僕に聞かないで鏡を見てみたらいいんだ」
     教えないよ。
     百々人はそう言って俺に熱を灯すように触れてくる。俺も返すように滑らかな肌に触れる。ひとりでは絶対に見えない位置に、キスマークでもつけてやろうか。
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