水の音、手繰る心音 だだだだだ、っていう水の音を聞いている。
水音をなにかに喩えようとしてすぐにやめた。俺は言葉も物事も知らなければ洒落た言い回しも知らないし、これは何に喩えるでもない、たんなる水の音だから。
横に座ったコイツは俺の肩に頭を預けて目を閉じるでもなくぼんやりとしている。俺たちの接触っていうのはさっきまで散々お互いを引っ掻きまわしていた性的なやりとり以外には存在しないと思っていたのに、コイツは当たり前に俺の体温を奪って、俺に体温を移して、熱を行ったり来たりさせていた。
ずーっと水の音がしてる。風呂に湯を張る音がしてる。べたべたになったコイツが珍しく「シャワーはヤダ」って言ったから、何に喩えるでもない水の音を聞いている。
いつもみたいなコイツのたんなるワガママなら無視してもよかったんだけど、俺にはコイツに少し無理をさせた自覚とか、負い目があった。だから俺はコイツと同じくらい汗だくでダルい体を無理やりに動かして、今までで一番適当に風呂を洗って湯を溜めている。
風呂に湯を張るなんてひさしぶりだ。いつもはシャワーで済ませてしまうし、湯船が恋しくなる前に円城寺さんが俺とコイツのために風呂を用意してくれるからだ。きっと俺は自分の家の浴槽を活躍させた回数より、円城寺さんちの風呂でゆっくりと湯に浸かった回数の方が多い。
風呂を用意するって、慣れない。何分くらいでコイツが満足するくらい湯が溜まるのかわからない。風呂場を見に行こうにも、コイツの頭を動かすってのはなんとなく嫌だった。膝に乗った猫をどかすのと同じくらい嫌だった。
湯が溢れたっていいか。そんなことを考えた矢先、コイツがぽつりと言った。
「静かだな」
沈黙が掻き消えていく。独り言のようなそれを繋いで、会話にする。
「夜中だからな」
返事はない。コイツは俺と会話をする気はなかったんだろうか。
「……もうすぐ、だから」
コイツが返事をしないから俺の言葉は独り言になる。コイツは声を出すこともなく、もしかしたら息すらやめてしまったんじゃないかってくらい静かになってしまった。さっきまでお互いに獣みたいな呼吸をしていたのに、いま聞こえているのは水の音だけだ。
暑くて、べたべたして、服を着る理由がない。俺は風呂を掃除するときにパンツくらいは履いたけど、コイツはなんにも身につけてない。触れている皮膚がぺたぺたしている。
さっきは重なった部分から溶けてしまうんじゃないかって思ってたのに、いまの俺たちはまったく別の生き物になってちょっとだけぺたっとくっついている。触れ合った部分が熱い。ってことは、コイツは冷たいって思ってるんだろうか。
「……寒くないか?」
「別に」
コイツはただでさえゼロに近い距離をもっと詰めてきた。猫が擦り寄るように寄せられた皮膚が熱い。「気持ちいい」とコイツが呟いた。
「……あー、変なの」
そう呟くが早いか、コイツは全ての興味が失せたように俺から身を離して床に転がってしまう。からだを投げ出して、コイツはもう一度「気持ちいい」と呟いた。きっと床が冷たいからだ。
俺は立ち上がる。風呂を見に行くために歩き出すコイツに少しだけ視線をやった。金色の瞳がじっとこっちを見ていた。途絶えない水の音を聞いていた。