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    むつはら

    @OhMutsuhara

    成人腐/学怖の絵や小説を上げたりするかもしれない/風間を右に

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    むつはら

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    イベント「誰の話を聞こうか?」に展示する小説です

    雨宿り新風の小話です





     奴は雨降る駄菓子屋の軒先に座っていた。
     ――――いや、語弊がある。
     より正確に言うならば、奴は雨降る駄菓子屋の軒先の古びたベンチを机にして、湿って冷たいだろうコンクリートに尻をつけて座っていた。

    「うわあん、崩れたあ! おばちゃんもう一個お!」
    「あんたも暇だねえ、高校生ならもっとやることあるだろうに」
    「いいんだよ、今日はここで思う存分散財するんだから。……あ、新堂」

     情けない顔で無駄に長い手足をバタバタさせて奇妙な動きをしていた風間は、何も見なかったことにして静かに立ち去ろうとした俺を不意に見つけて名前を呼んだ。
     うげっ。

    「何さ、“うげっ”とはご挨拶だね?」
    「口に出てたのか」
    「君みたいな単細胞の考えてることは言われなくても分かるよ」

     結局俺が声を漏らしたのかどうかは分からなかったが、その答えが何であれ俺の言うことは変わりなかった。

    「そうか。それじゃあな」
    「ちょーっと待ったあ!」

     単細胞呼ばわりをスルーしてやったと言うのに、勢いよく立ち上がった風間はなぜか粉っぽい手で俺のシャツを掴んで引っ張りやがる。

    「なんだよ。何でお前の手そんなに汚れてんの」
    「汚くないよ。型抜きの粉だもの」
    「型抜きぃ?」
    「お兄ちゃんもやるかい?」

     シャツを硬く握って離そうとしない風間の指を一本ずつ引っペがそうとしていた俺が訝しがって聞き返すと、駄菓子屋の奥でテレビを見ていたおばさんが顔だけこちらを振り返って声をかけてきた。

    「型抜きって、あの祭りの出店でやってるやつ?」
    「そうだとも! それ以外にあるか? いやない。いくら愚かな君でも分かるはずだ」
    「新入荷だよ。一回10円」

     やたらと鼻息荒く話しかけてくる風間と対称的に、店のおばさんはテレビドラマに気を取られているせいかのんびりした調子でやる気のないセールストークを俺に向けてくる。

    「Gショックがもらえるんだよ!!」
    「はあ、Gショックが」

     一回10円であるならばGショックどころかもっと安い腕時計でも破格の値段だが、どうにも信じ難い。得てしてこういううまい話には裏があることを俺は知っている。

    「それで? 手に入る見込みはあるのか?」
    「う、……ま、まあまだ序盤と言ったところだけれど、なんたって一回10円だぜ? 100回失敗したってお釣りがくるじゃないか」

     つまり今は全然見込みなしというわけだ。全てを察し呆れた様子の俺を見た風間は慌てて続ける。

    「とにかく! トライアンドエラーを繰り返すなら人数は多い方がいいだろう? 君も手伝いたまえよ」
    「あ? 何で俺がお前がGショック手に入れるのを手伝わないといけねえんだよ」
    「手に入ったら君にも使わせてあげるからあ!」
    「別にいい」

     話しながら風間の指を剥がす作業は引き続き取り組んでいたのだが、どうにもぬるぬると触手のように俺の手に絡みついて一向に剥がれやしない。
     無理やり振り払ってもいいものの、風間は底の知れないところがあるせいで、あまりにも乱暴に扱いすぎるとどんな態度をとってくるか分からないので、険悪なムードに発展することは個人的に避けたかった。

    「じゃっ、じゃあ駄菓子! 500円分おごるから!」
    「お前じゃあるまいし、500円ごときで人は簡単に動かねえんだよ」
    「あーん! じゃあ700円!」
    「むり」
    「800円!」
    「やだ」
    「うえっうえっ……。じゃあ900円……」
    「そこまで行くなら1000円にしろよ、みみっちいなあ」
    「うるさーい! 僕はみみっちくなんかない! 1000円だったらやるんだな!?」
    「仕方ねえなあ……」

     なんだかんだ俺も優しいもんだ。
     こうして風間のしつこさと握力(?)に負けた俺は、雨の駄菓子屋の軒先で奴と肩を寄せ合い地べたに座り、ベンチを机代わりにして一心不乱に型抜きに挑むことになったのだった。


     ◇


     型抜きのコツはいくつかある。
     まずくり抜き始める前に、余分な粉を落とすこともその一つだ。粉が残っていると単純に線が見えにくくなるし、くり抜く作業にも邪魔になる。
     払った粉がスラックスの表面に落ちていくのは正直気になったが、立ち上がる時に叩けば多少マシにはなるだろう。気がつくと俺の手も開始数分も経たずに風間同様粉まみれになっていた。

     粉を落としたら早速画鋲の針を刺していく――――というわけにはいかない。急に一点に力を集中させると初っ端から割れてしまうことも多い。
     外側の部分はざっくりと手で割ってから針を刺すのがいいだろう。とはいえそれも慎重にやらないといけないのだが、

    「しんどお……。君ってば型抜きやったことないのかい?」

     隣の馬鹿がいかんせん鬱陶しい。

    「ほら、おばちゃんが画鋲貸してくれたからね。君も使いなさい。ぶす。なんちゃって」

     あろうことか画鋲の針で俺の腕をつつく真似すらしやがる。こいつには笑いのセンスも一般常識もないのか。いや、そんなことは前から明らかだった。こいつには笑いのセンスも一般常識もない。
     つまらないネタにツッコミなど入れて労力を無駄にするのもあほらしかったので、俺は黙って外枠がとれた型抜きを全体的に指でそっと押さえ始める。
     
     型抜きはでんぷんとゼラチンでできている。それらを固めたものなので、湿らせるとふにゃふにゃと柔らかくなってやりやすさが段違いになる。
     といっても湿らせすぎると逆効果で、ぼろぼろと崩れ始めることもあるゆえに湿らせ具合にも細心の注意を払わねばならない。
     俺たちの背後には今もなお雨が降り続いているものの、これで湿らせるには水分量が多すぎだ。よって俺はじめじめとした蒸し暑さによって発生したほんのちょっぴりの手汗で型抜きを湿らせることにしたのだった。

     さて、下準備はこれで終わりだ。
     縁起が悪いから風間が先ほど手にしていた画鋲は使わず、新たにケースから一個取って俺は型抜きと対峙した。
     その型抜きは雨傘の形をしていた。俺が選んだものではなく、おばちゃんが適当に一枚取って渡してきたものなのだが、六月の雨模様には不思議とマッチした図柄だった。

     型抜きは意外と直線が鬼門である。楽だと思ってさっさと終わらせようと力を入れて削っているとすぐ割れてしまう。
     よって俺は逆に一つ一つの線が短いような、細かいところから削ることにしている。
     そう、型抜きは割ったり抜いたりするものではない。“削る”ものなのだ。
     俺がやっと真剣に型抜きと、そして己と対峙し始めようとした瞬間に、

    「どぅわっ、ぎゃーー!! 何でぇ! 結構上手くいってたのに!」
    「うるっせえんだよさっきから!!」
    「うるさいとは何だいこの僕に向かって!」

     隣の馬鹿が究極に鬱陶しい。
     俺が下準備を黙々とおこなっていた間、それらしきものを風間は一切やらず、初っ端から画鋲を型抜きに突き立てては崩し、10円を無駄にし続けているようだった。
     これでは奴の財布に小銭がいくら入っていようといつまでもGショックなんか夢のまた夢だ。

     が、ここで風間に助言のひとつでもしてやるか……などと親切心を出してはならない。
     奴はどんなに機嫌が良かろうと人の話なんかひとっつも聞きやがらねえし、他人は自分に奉仕して当たり前だと信じ込んでいるから、こっちの思いやりを尊重しようなんて考えははなからないのだ。

     よって今から俺の世界には風間はいないことにした。

     ただ1000円分の駄菓子のために俺は再び己と向き合う。
     水分を含んでほんのり柔らかくなった型抜きの面に画鋲をそっと添え、傘の短い曲線に合わせて表面を削り始める。

    「…………」

     削る。

    「………………」

     削る。

    「……………………」

     ただ削る。 

    「…………………………」

     俺の世界にいないはずの存在からの視線の気配を察するが、俺の世界には俺と型抜きがあるのみなので黙々と削る。

    「じー……」

     削る。

    「じいいーー……」

     削る。

    「じいいいいーー……」
    「っ、近い!」
    「あはっ! やっとこっち見た!」

     さすがに俺の世界にいない存在でも、顔がくっつくかというほどに接近してくれば無視はできない。

    「これ以上無視されたらチューしちゃうとこだったよ。危ない危ない。新堂なんかとチューするなんて」

     無視され続けたら顔面を近づける理由も口づけしないといけない道理もさっぱり分からなかったが、こいつの行動にそういったものを求めることもまたこちらが馬鹿を見るだけなので、元の距離より過分に風間の顔を押しのけるだけに留めておいた。

    「んねえ、僕もう飽きてきちゃったあ」

     馴れ馴れしくも俺の肩に風間がくったりと身を預ける。押しのけた分詰めてきやがった。

    「誰のために型抜きやってると思ってんだよ、削れ削れ」
    「新堂が来る前から僕は孤軍奮闘してたんだぞお、ちょっときゅうけえ」

     やたらと間延びした声で俺の肩口に額を擦り付けながら、うにゃうにゃと不明瞭な発音で日本語か定かではない言葉を続ける奴は人馴れした猫のようだ。
     気持ち悪いと再び顔を押し返してもよかったが、機嫌を損ねて面倒なことを言い出しても面倒なので好きにさせておく。
     多少、というにはそれを大きく上回って邪魔なものの、俺は風間の寄りかかった方の肩をなるべく動かさないように気をつかってやりながら再び型抜きの表面を削り始めた。

     作業の方といえば究極に鬱陶しい存在が限りなく近くにいるわりには順調で、傘の上部の丸みや先端を少しずつ削って分離させつつ進めていく。
     相変わらず俺にもたれかかったままの風間は、騒ぎ疲れたのか本当に飽きたのか口を閉ざしていた。

     背後で今も降り続ける雨音と、駄菓子屋のおばちゃんが見ているドラマの台詞。それに大通りを走る車のタイヤがアスファルトを滑る音。
     俺は真っすぐに型抜きに視線を落としているものの、頭のどこかでそれらにも耳を澄ませながらただ手を動かしていた。

    ――――あなた、よく見ると案外綺麗な顔してるのね。
    ――――なんだ、突然。
    ――――そんな真剣な顔、初めて見たから。

    「……。僕もさ、君のそんな真剣な顔、初めて見たよ」
    「はは、ドラマの話?」
    「そうだけど、そうじゃなくて。新堂って、黙ってるとまあまあかっこいいね。僕には劣るけど」
    「はあ。そりゃどーも」

     不意に口を開いた風間の方に顔を向けると、俺の目の高さより僅かに低い位置からこちらを見つめていた風間の瞳と視線がぶつかった。
     長いまつげが被さった深い緑の目の中に、不愛想な俺の顔が映っている。

    「ちょっと、さ」
    「なに」
    「チューしてもいいかなって、思った」

     ぱき。

    「あ」

     何かが砕けた感触に嫌な予感がして手元を見ると、雨傘の縦の直線にひびが入って割れていた。
     手を止めた時に手首は持ち上げていたつもりだったのに、知らぬ間にそれが緩んで元の場所に戻っていたらしい。

    「あはははは! 残念だねえ。なあに新堂、動揺したのかい?」
    「馬鹿言え。お前が縁起でもねえこと言ったせいだ」

     まだ挑戦の一回目だというのに、意識を研ぎ澄ませていたせいか、はたまた風間の阿呆のせいかどっと疲れが押し寄せてくる。
     幾分凝った首を回して天を仰いで目を閉じていると、突然頬に柔らかいものが触れた。
     おい、まさか。

    「うふふ。間抜けな君にはまだこれだけ」

     俺の10円が無駄になったばかりだというのに、あいつは垂れた目じりをさらに下げてにこにこと笑っている。
     馬鹿馬鹿しい。その中でも一番の馬鹿は、正直に顔を熱くしている俺なのは認めざるを得なかった。





    「聞け新堂! とうとうGショックが手に入ったぞ!」

     あくる日の朝、正門を潜り学校の敷地内に足を踏み入れたばかりの俺に、後ろから体当たりしながら報告してきたのは風間だ。

    「なに、失敗してるうちに上達でもしたの? 型抜き」
    「ううん、上手な小学生を買収した」

     俺の時と同じ手口かよ。

    「そんなことはいいからほら、見たまえこのGショックの輝きを!」
    「ふーん……」

     無理やり手のひらに握らされた腕時計を、俺は一応ぐるりと眺めて何かしら言ってやろうと思ったその時、

    これ、

    「Kショックって書いてあるぞ!」
    「ええーーーーっ!?」
     

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