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    qujakujaku

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    qujakujaku

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    恋敵はアインシュタイン「ええ。ですからここで S, S’系の座標をx, x’として式3.6から変形しますと…ええ、l√(1-β^2)になりますね。これがローレンツ収縮でございます。ここまでは大丈夫なようだ」
    「はひ…どうにか…」
    「では次にこれらの座標系にそれぞれ時計を置くとどうでしょう?S’ 系の時計の時刻は上式よりt’=t√(1-β^2)<tとなります。つまりS系の観測者の時計がt秒進む間にS’ではそれより短い時間しか進んでいないことになる。これが有名な”走ってくる時計は遅れる”現象ですね」
    「お、おお…!!」
    「ですが、S’ 系から見ればS系こそ動いているように見えますよね?双子がいたとして片方が光速に近い速度で宇宙旅行をして帰ってきた時、歳をとっているのはどちらになるのでしょうか?」
    「た、確かに…お互いがお互いより時間がゆっくり流れてることになっちゃう…ど、どうしよう…!!フロイド先輩?…そ、それともジェイド先輩がおじいちゃんに…あわわ…」
    「ふふ…これがいわゆる”双子のパラドックス”でございますね。実はこちらはロケットが加速度を経験した時点で慣性系が変わっていることを失念している場合に発生する矛盾でございます。簡単に結論だけ作図しますとミンコフスキー空間上でこのような系の変化を考えれば説明がつきます」
    「ほわわ…す、すごい!!まだよくわかってないけどスカリーくんが、なんかすごい!!」
    「つまりロケット側は実は慣性系が変化していて、地球側はその分時間経過を喰らってしまうのでございます…というので定性的な説明は十分でございましょう。加速度も踏まえた議論には一般相対性理論が必要となりますのでおそらく定量的な議論は授業の後半でまた出てくるかと…」
    「こ、後半って…授業の予習の勉強に付き合ってもらってるのに…スカリーくん、もう教科書そんなに後ろの方まで読んじゃったの!?」
    「はい。オリエンテーションの間にパラパラとみてみましたが…水星の近日点移動のあたりまではなんとなく理解できたかと…」

    それは終盤も終盤。この教科書の最後の章だ。重力の惑星運動への影響の節の例題で、もはやそれより後は著者のあとがき的なまとめしかない。と、いうことをユウは知る由もないのだが彼女は「スカリーくんってやっぱり天才なんだなあ…」と深く考えず恐れ入っていた。

    ここは大学の附属図書館。大机に隣り合って座っているユウとスカリーの間には「相対性理論」と銘打たれた教科書が広げられていた。一緒に取っている春学期の授業の予習をしているのだ。しかしこの授業、物理学科のユウに取っては必修であるが…

    「そ、それにしてもスカリーくんって文学部だよね。しかも史学研究系の研究室に入りたいって言ってたよね。どうしてそんなに物理とか数学ができるの?」

    そうなのだ。この男は文学部所属。本来なら相対論などという理系学生でも単位を落としかねない授業を選択する必要はないのだ。だというのにこの男は脳みそがすこぶるマッチョらしく…入学当初からなぜだか理学系のユウと同じ授業を取りまくり、さらに奇怪なことになぜかいつもそれらの科目を手取り足取り教えてくれていたのだった。量子論に、複素関数、確率論、計算機数学、統計力学…理学部生も躓くような専門科目もお手のもの。アイツ文系だろ?何でこの授業とってるんだ??とクラスではちょっとした怪異扱いだ。

    「どうして、と言いましても。そうですね…その昔、必要に迫られて似たような内容を研究していた時期がございますので、我輩少々覚えがございまして…」
    「相対論を!?」
    「ええ」
    「必要に迫られて!?」
    「はい」
    「む、昔ってスカリーくん私と同い年なのに…(またいつもの冗談…なのかな…?)」

    否。彼が言っていることは全て本当だった。

    ユウは記憶がないが、彼女はその昔「前世」でスカリーと出会っている。ツイステッドワンダーランドで魔法の本に飲み込まれて。ハロウィンタウンで時空を超えた運命的の出会いを果たし、無事にハロウィンを成功させて元の世界に戻って行った。

    そこから彼らの運命は一生交わらないまま終わっていくはずだった。

    はずだったのだが、それを捻じ曲げた男がいた。
    それがスカリーだった。

    あの本の中での出来事は、体感でも高々数日。本の外の固有時間ではまさに瞬きの間であったかもしれない。それでも、愛らしくも憎らしいその一瞬の縁(えにし)は、決定的にスカリーの人生を変えてしまった。
    そのひとつは、ハロウィンの宣教師たれとスカリーがかの王から受けた啓示。そうしてもうひとつは…彼女との出会いであった。

    (ユウさん。我輩は貴方に出会って初めて真の意味で世界を理解したのでございます。貴方という光を知って闇を見た。ぬくもりを知って凍える我が身に慄いた。春を知って冬を恐れた。貴方だけが我輩の世界を美しく照らしてくださる。ああ。我が魂の伴侶よ、憧れつきぬ灯火よ。ねえ、貴方。時に、想像できるかな?貴方という黄金の光の矢に射抜かれて、この胸に焼きついた執着を抱えたまま、ひとりぼっちで夢から目覚めた我輩の気持ちが。あんなに甘美な幸福の矢で貫かれたかと思えば、やにわに引き抜かれてぽっかり空いた虚さが。むごくも半身を奪われ、貴方を愛しくも憎らしいとまで思いながら、心の虚穴を掻きむしった苦しみが。そんなの、そんなのあんまりだ!!だから、だから!!我輩は貴方を諦めなかったのでございます。貴方にもう一度、もう一度だけ会いたくて…!!)

    前世の記憶のないユウはスカリーの心の内を知る由もなく、彼がノートに書いてやった図形と一生懸命睨めっこしている。煮詰めたタールよりも重い執着の渦巻く瞳が自分をじっと見つめているとも知らず無防備に。その昔、二人が生まれるより昔の「前世」に何があったかも知らぬままに。

    そう。その昔、この男は諦めなかった。
    普通、数百年の時空に隔てられていれば、ああ一目だけでもあいまみえたことに感謝して後生思い出をよすがに暮らそう、とでも思うものである。だって地を這う蟻は空を飛ぶことはできないし。2次元的世界観の生活で手一杯なのだから宇宙が11次元かなんて夢にも見ないわけだし。でもこの蟻は、いや、スカリーという男は、本気で時空だろうが世の理だろうが捻じ曲げる決意を持っていた。

    かといってすぐに解決するべくもなく。どこぞの妖精王程度の魔力量があれば特定領域内の時間を凍結させることはできるが、時間を操作するなんてことは無尽蔵な魔力があっても不可能とされていた。しかし彼は頭が良かった。だから考えた。ハロウィンを布教する村から村への道すがら。とにかく考えて考えて考えた。地味だと言われるかも知れないが古今東西「学者」と呼ばれる職業者の仕事はこれに尽きるのである。そして歩きながら熟考する時間を豊富に持てるというのはこの職業に最適な環境だった。哲学者神学者とは往々にして修道院の回廊を歩いて研究をしているのであるからして。

    そうして途方もない回数の思考実験の中で、スカリーはやがて「時間の流れとは観測者によって異なる相対的なものなのではないか」という仮説を持ち始めていた。つまり、彼は監督生にもう一度会いたいという執着心だけで現代物理学で言うところの相対性理論に近しい理論体系を独自に構築し始めていたのだ。意味不明である。オーパーツもいいところである。ラマヌジャンかお前は。

    現代科学史では鏡を使用した実験(マイケルソン・モーリーの実験)が、後の特殊相対性理論の重要概念である相対性原理や光速度不変の原理のおこりとなっていった。奇妙な偶然であるが、スカリーも鏡というものを通じて時空間の思考実験を深めることとなった。ただし現代物理学が相手にしているような鏡ではない。それはツイステッドワンダーランドに伝わる「魔法の鏡」であった。

    実のところ、太古からの魔法である「鏡で空間を繋ぐ魔法」は豊富に実生活に取り入れられている一方で、当時、未だ厳密な魔法解析が進んでいない分野であった。監督生達がいた時代の魔法界では魔法解析学がひとつの教科になっているように、どんな魔法も動作原理が解析できることが期待されている。しかし数百年前、スカリーの時代には魔法解析学の発達は未熟で、古代魔法の動作原理や魔法薬の作用機序の多くは未解明であった。
     スカリーは時間と空間をある意味同種の物理単位と扱って計量する解析方法(つまりミンコフスキー空間的な発想)により未解明であった鏡の空間魔法の解析を進め、さらに独自に研究していた時間の進み方の相対性の理論を適用して、魔法鏡での時空間転移の応用実験を成功させた。
     なんのこっちゃ意味わからんな。つまり簡潔に言うと、彼は相対論に相当する理論体系をひとりで定式化した上に、鏡を使用した実証実験まで成功させて、時空の壁を超えて愛しのユウさんに会いにいったのである。ノーベル賞どころではない偉業である。

    そう。偉業なのだ。
    この男は偉業を成し遂げる星のもと生まれていた。
    だから男は何度だって、どの世界線に転生しようが、全ての障壁をぶち壊して彼女と共にある人生を歩んだ。

    ある世界線ではスカリーはユウと異なる大陸に生まれ落ちた。二人の国は大きな大洋に阻まれ、この世界に魔法の力はなく、科学技術も現代で言うところの1900年代初頭(つまりはライト兄弟ごろ)程度であった。だが、この世界のスカリーは物心がついたも突然、当時の航空工学を百年単位で前進させる研究成果を繰り出しまくり、青年期には史上初の単独大洋横断飛行を成功させてユウを迎えにいった。ユウは縁もゆかりも無い外つ国の美青年が空から降ってきたかと思えば「よすがは貴方ひとりだけ」と求婚し始めて面食らっていた。

    また、ある世界線ではユウは時の死病に罹りリノリウムの病床に伏せっていた。だがこの男は死神よりも彼女の魂に執着心が強かった。そのためたちどころに不治の病の治療法を確立し、穏やかに天寿を全うしてから死神と良き友となった。
    また別の世界線では戦争を終結させ、さらに別の世界では化学肥料を発明してユウ(とついでに世界)を飢饉から救った。

    「う、う〜ん、わかったような、いや、やっぱり全然わかった気がしない…」
    「ご心配には及びませんよ。ユウさんがお望みとあらば、我輩何時間でも何日でもご説明して差し上げますとも」
    「こ、心強い!さすがです!キング!」

    キングというのはこの世界線でのあだ名である。

    「ええ、喜んで!素敵な貴方のためならば、我輩文字通り、大洋を越え、時空を越え、不治の病を治し、飢饉も、いや戦争さえ終わらせてみせしょう。貴方のためならばどんな不可能でも可能にしましょう」

    その言葉に嘘はなかった。
    この男はその愛と執着の為ならどのような偉業も大成させる。それがこの男の運命だった。生まれ持った性質だった。

    だが、どうだろう。今回のユウは一味違っていた。

    「うふふ。スカリーくんたらまたそんな大袈裟なこと言って!スカリーくんてとってもかっこいいんだから、文系だからってそんなチャラチャラしたこと言っちゃうと危ないよ!本気にしちゃう女の子だって出てきちゃうんだから」
    「い、いえ、我輩至って本気で正気ですが…?」

    どうにも今回のユウは好意をアピールして散々押してみても手応えが感じられないのだ。現に出会ってすでに3年は経過しているのにまだお付き合いに漕ぎ着けていない。今までに一度もこんな事態はなかった。しかし、今までと違い大きな障害も問題もない、平和で安全な時代を彼女とゆったり楽しむのもまた素敵だ…と彼は思っていた。だからスカリーは油断し切っていた。

    「そういえばね。私…」
    「はい。なんでしょう、素敵な貴方」

    ユウが秘密のコソコソ話を始めるように両手を口元に当てて小さな声で喋り始めた。スカリーは「彼女の顔が小さいのが際立って小動物みたいで可愛いなァ…」と微笑みながら付き合ってあげるために耳をユウの口元に近づけてやった。
    するとどうだろう。

    「実は、同じクラスの男の子に、告白されちゃったの!!」

    スカリーの丸メガネがずり落ちた。

    「……………は?」

    そして思わず、今までの数多の人生でも一度も出したことがないような低い声が出た。

    「ゆ、ユウさんなぜ我輩にそのようなお話を………?あ、ああ…。その男に付き纏われていてお困りなので、不安の種を消してこいというお願いでしょうか?」
    「え!?何で!!物騒なこと言わないでよ!!」
    「そ、そ、そ、それならばなぜ?もしや貴方との関係を進められていないグズな我輩に発破をかけてくださっていらっしゃるのですか?これは大変失礼いたしました。貴方のような素敵な女性にそのような辱めを!!ごほんっ。………ユウさん!どうか今生でも、我輩の人生の伴侶となってくださいませんでしょうか」
    「わっ!!スカリーくん!?急に図書館で跪かないで!!人前で手にキスしないでって!!一年生の時に最初に約束したよね!?やめてったら!!誤解されちゃう!スカリーくんのファンクラブの女の子に刺されちゃうよ〜」
    「何も誤解はございません。我輩の誠心誠意のプロポーズでございます」
    「も〜!!普通に恋バナしようかと思っただけなのに」
    「コイバナ!?他の男の話など…なぜ我輩にそんな…。は?ありえない…ゆ、ユウさん。ひとつ確認させていただきますが我輩との関係をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?」
    「どうって、勉強教えてくれるとっても頭のいいお友達…だよね?」
    「…………」
    「なっ、泣いてる!?ご、ごめんスカリーくん、私スカリーくんのこと都合のいい友達として使いすぎてたかな…」
    「いえ…ただ…今まで我輩、精一杯思いの丈を貴方様に伝えるべく言葉を尽くしてきたつもりでございました。それが…これほどに何も届いていないとは…せ、セベクさん、我輩一体どうすれば…シクシク…」
    「ジグボルトくんがどうかしたの?わ…お腹に巻き付いて全然離れない…ど、どうしよう…スカリーくん親衛隊にこんな姿見られたら…私殺されてしまう」

    セベクは文学部でスカリーの同級生である。
    またスカリーはとんでもない美丈夫なので学内にファンクラブ設立されている。ちなみに学外生も加入しているのでインカレサークルと化している。

    「これほど毎日愛しい貴方に我輩の気持ちを包み隠さず告白しているというのに。何が足りないのでございましょうか…シクシク…」
    「ご、ごめんなさい、スカリーくん。その…『素敵な貴方』とか『愛しい貴方』とか『前世から結ばれている縁』とかなんとか…文学部ジョークだとは思うんだけど本気にしちゃう子もいるからほどほどに…」
    「本気です!!怒りますよ!!」
    「もう怒ってるような…でも文系の人ってあれじゃん…一緒に遊びに行った日に別れた後すぐLINEで『今日は楽しかったね♡』って送ってくるじゃん?ああいうのすごく嬉しいんだけど私すぐに好きになっちゃいそうになるから文系の人からの好意的な言葉は全部リップサービスだと思うようにしてるの…」
    「文系差別!!!!そんなの別に文理関係なく送るでしょう」
    「いやうちの学部の友達はそういうの送ってこない…」
    「それは理学部生のコミュニケーション能力が著しく欠如しているだけです!!」
    「理系差別!!!!そっ、それに…スカリーくんって映画広告研究会入ってるし!あのサークルめちゃくちゃチャラいし…スカリーくんが仮にそうじゃなくても毎年ミスターコン出るよう依頼されてるの知ってるし…いつも可愛いミスコンの女の子達にチヤホヤされてるじゃない。私なんて勉強友達枠で十分。女の子扱いしてくれなくったっていいのに…」
    「ご、誤解だ!!映画研究会だと聞いて入部届を出しに行ってみればただの性に乱れたサークルでしたので、それ以来一度も足を運んでおりません!」
    「そっ、それに!私、理系の人とお付き合いしたいの!」
    「は…はへッッッッッッ!?」

    今日一番の攻撃力のアタックを喰らってスカリーは図書館の床に転げ落ちていた。

    (り、り、り、理系の人と付き合いたいだと!???それはとんでもない誤算でございます。だ、だが我輩そんじょそこらの青二歳よりはるかに物理も数学も素養がございます…人生一周目の愚者どもに負けるわけが…いや待て、ユウさんが今回は押しても引いても全く暖簾に腕押し状態なのは。よもや我輩が文学部所属だからそもそも恋愛対象に入っていない…!?)

    これはもしかすると、今まで最も困難な世界線かもしれない…とスカリーは思い始めていた。
    そうなのだ。位相幾何学的に考えれば、同じ惑星上にいる限りは遠距離恋愛などではないのだ。また時間も空間も殆ど等価であることを考えれば、いわんや時空の壁もである(注:彼はミンコフスキー計量に慣れ親しみすぎているだけで本来これらは等価でありません)。時間だの空間だのといった隔たりは可愛いものなのだ。彼女との心が通い合っていない今生の方が、よっぽど難易度が高いかもしれない…。

    (こ、今生では史学研究のフィールドワークで各地のハロウィンの受容史でも道楽にしつつ彼女への愛を認めた詩集でも認めようかと考えておりましたが…これは我輩真剣に学部転入を考えなければ…)

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