お狐様と少年 神様というのは、意外と暇なものだ。人々の願いを叶えてあげたりもするが、殆どが自分自身で解決出来る事が多い。だからほんの少しだけ、いい方向になるようにと見守ってあげている。
今日も鳥居の上で横になり、見渡せる町を見守っていた。まばらだが、お参りに来てくれる参拝者に会えるとちょっと嬉しい。
「ふあぁ~~・・・。今日もいい天気だなぁ」
真っ白でふわふわした尾っぽをパタパタさせ、俺は日向ぼっこをしていた。暖かい日差しのせいか、うとうとしていた時だ。
「・・・ぐすっ、ひっく」
境内から、子供のすすり泣く声が聞こえた気がする。迷子だろうか?
「暇だし見に行くか」
俺は鳥居の上から声のする方角を見つめる。この神社の神様である俺の特技は、迷い子を見付ける事。茂みの中に隠れていようが関係ない。
「お、みっけー☆」
小さな男の子を見付けた俺は、鳥居から下りると茂みの方へと歩いていく。ぐすぐす泣いている子供を驚かせないよう、慎重に近付いていこうとしたのだが・・・。
「ひっぐっ・・・。五条さん?」
「え!?お前、俺のこと見えんの?」
「うん・・・」
普通の人間には、自分の姿は見えないはず。稀に、霊感の強い人間ならうっすらと見えるらしい。だが、この子供は完璧に神様の姿が見えている様だ。
「何もんだ、お前」
「五条さんじゃない?でも、そっくり」
「その五条だか何だか知らないけど、そっくりって言われるとムカつくな」
「お耳としっぽが生えてる」
「そりゃ、俺は稲荷の神様だもん☆」
・・・自分の正体をあっさり喋ってしまった。子供はキラキラした目で見てくるし、どうしたものか。
「おい子供」
「恵。俺の名前、伏黒恵」
「ふぅん。恵は何で泣いてたんだ?」
「それは・・・」
恵という名の少年は、俺と似た奴と何かあったようだ。俺に凄く言いにくそうに、もじもじしているから言うまで待っていてあげる。流石神様!優しい俺♪
「稽古が嫌で、逃げて来ちゃった」
「稽古?習い事とか?」
「ちょっと違う。けど、痛いの嫌で」
今時、スパルタな先生もいたものだ。まだ小さな子供なのに、何だか可哀想になってきた。
「先生、嫌いなの?」
「ううん。好き、大好き。あ、これは内緒にして」
「ははっ♪分かったよ」
となると、稽古が本当に嫌いなのか。色々な習い事で願いを伝えてくる人間も多いが、恵の願いを叶えるとなれば苦労しそうだなと思った。
「狐さんは神様なの?」
「まあ、うん、そう。何々、願い事でもあるのかなぁ」
孤高な神様だもん。恵の願い事があるなら、聞いてあげなければならない。でないと、罰則を食らってしまう。罰則といっても、おいなり取り上げされる位なんだけど。お腹が減るから地味に嫌なんだよね。
「あの、五条さんと恋人同士になりたい・・・です」
「お、おお。恵は五条さんとやらとお付き合いしたいと?」
「年上で身長も大きくて、顔も綺麗で、目も水色で綺麗で」
「外人さんなの?」
「ううん、日本人。呪術師のお兄さん」
「・・・は?呪術師!?」
通りで自分の姿が完璧に見えている訳だ。稽古というのも、呪術師になる為のものだろうと予想が出来る。
神様と呪術師は、相性が良い。お互いの領域に踏み込まなければ、協力し合えるし共存する事もへっちゃらだ。悪さをしなければ、祓われる事もない。
「ん?お兄さん・・・」
「そう、俺の呪術の師匠」
「ま、マジ?」
「神様でも最近の言葉を使うんだ」
「長く生きてるからね。でも、そっかぁ」
難題だ!難題過ぎるだろ!!仮に願いを叶えてしまう事になれば、大きくなってから後悔するのでは・・・。恵の気持ちも尊重してあげたいし、どうしたものか。
「一応聞くけど。恵は男でも平気なの?」
「関係ない。俺が初めて好きになった人。だから、諦めたくない」
真っ直ぐ見上げてくる恵の瞳は、曇りなく芯が通ったものだった。嘘偽りなく、願いを成就してあげたいという気持ちが増してしまう。
恋愛成就は得意分野ではないのだが、神様なら出来るとやる気が涌いてくる。
「ここで会ったのも、何かの縁だろう。いいよ、恵の願い叶えてあげる」
「本当に?いいの?」
「恵だけ特別だよ♪」
そう言って、恵の頭をポンポンと軽く撫でてあげた。願いを叶えるには、もう一度恵の気持ちを口に出してもらわなければならない。
「さあ、好きな人を思い浮かべて。両目を閉じて、声に出してお願いして」
恵は素直に俺に従って、両目を閉じて『両想いになれますように』と、小さな声で祈願した。
儀式的なものだけれど、願いが叶うのは本人次第。どうなりたいか、どうしたいか、という本人の想いが大切なのだ。
「・・・終わったよ」
「ふう。狐さん、有難うございました」
「恵の気持ち、伝わるといいね」
にっこり笑って抱き上げてあけると、恵もふにゃりと笑い返してくれた。ああ、いつの時代も子供は可愛いな。
「めぐー?恵ぃ、どこだ~?」
「五条さんの声!」
「おや、早速願いが叶いそうな予感」
「探しに来てくれたんだ」
腕の中にいる恵は、とても嬉しそうだ。俺は地面に下ろしてあげて、背中をぽんっと軽く押して前に行かせてあげる。
「恵、頑張ってね」
「はい!有難う神様、俺絶対に恋人同士になるね」
パタパタ走っていく恵を見送り、ほっこりした気持ちで境内に戻る。五条とやらの顔は見れなかったが、恵から抱き付いている後ろ姿だけは確認出来た。
「遅いですよ、悟様」
「ごめん、ごめん。ちょっと迷い子に道を示していたからさ」
「はあ。来いっていうから早めに来たのに。神様が不在でどうするんです」
境内のど真ん中に、黒猫が一匹。二つに分かれた尾っぽで、地面をベシベシと叩いている。不機嫌の証拠。
「へえ。一応、神様業をしているんですね」
「にゃんだとぉ~!この、この♪」
「ヒギャンッ!?駄目、お腹をくすぐっちゃ・・・」
ボンッ!!という音と共に、黒髪に黒い瞳の男の子が現れた。俺のように着物ではなく、現代人が着ている服を着ていて、お尻の方からしっぽが生えている。
「何するんですか!猫又の姿になるの大変なのに」
「俺としては、人型の姿の方が抱けるし好きなんだけどなぁ♪」
「・・・変態狐」
「あれれ?神様に暴言吐いてもいいのかなぁ~?」
「っ!?動けない!!」
猫又の彼は、俺の神社に捨てられていた子猫の頃から世話をしてやっている。俺の加護を受けて、今や立派な猫又になり行動を共にしているのだ。
「ず、ずるいです。神力を使うなんて」
「だってさぁ。めぐ逃げちゃうんだもん♪」
『めぐ』と名付けた彼は、猫だからすばしっこい。狐の俺でも、捕まえるのに苦労する。恥ずかしがり屋なのか、抱き締めるだけでも逃げようとするから神力を使ってしまう。
「はぁい、捕まえた」
「うう・・・」
「こらこら。毛を逆撫でないでよ」
「すみません。昔からの癖で」
めぐを抱きしめれば、尾っぽがビリビリと逆立っている。感度が良いのか、お尻の方を撫でてやると、びくびくと体が反応して面白い。上から下へと、小ぶりなお尻を撫でる手が止められない。何だったら、俺の息子がどんどん元気になっていく。
「や、ん、んんっ・・・」
「お仕置き、しなきゃだね♥️」
「い、嫌だーーーーーッッ!!!!」
ー続く・・・?ー