愛しい子 愛しい人ー恵は可愛いね・・・
五条先生がよく俺に言うこと。 出会って間もない頃の、幼い頃の俺なら。まあ、言われてもおかしくないと思うのだけど。高校生になっても言われると、少し複雑な気持ちになる。
「めーぐーみー」
「うるさいです。あ、こら!」
「ンフフ~♪」
俺が呪術高専に入学してから、場所をわきまえずに五条先生が抱きついてくる。二年生の前だろうが、お構いなしだ。
「廊下で何してんだよ。セクハラ教師」
「やあやあ、二年生の諸君!今日も恵のことヨロシクね☆」
「おい、悟。恵の頭に顎乗せながら喋んな」
「おかか」
「恵も嫌なら嫌って言うんだぞ?」
「は、はあ」
まだ一年生は一人だけだからと、体術の授業は二年生と一緒。呪術師としてキャリアもあるし、同じ教え子としても信頼しているからこそ、五条先生も気を許しているんだと思う。
「そんじゃ真希。恵を頼んだよ」
「悟は任務か?」
「うん☆僕って忙しいから」
「任務・・・そっか」
五条先生が俺の担任なのだが、呪術師として優秀で一番強いとされている人だ。昔から休み無しで、危険な任務を任されているのも知っている。
「大丈夫だよ恵。帰ってくるから」
「別に心配していません」
不安そうに見えたのだろうか。五条先生が大きな手で、優しく頭を撫でてくれた。もう、小さな頃の俺じゃないのに・・・。
「本当、オマエは可愛いね」
「はいはい」
俺は五条先生を軽くあしらうと、ジャージに着替えて先輩達とグラウンドに向かった。
※※※
「よーし恵。いつでもかかって来な!」
「ごく・・・よろしくお願いします」
禪院先輩の体術は、凄まじい威力がある。男の俺でも、蹴り一つで吹き飛んでしまう。五条先生の折り紙みつきで、狗巻先輩やパンダ先輩よりもかわすのが難しい。現に、芝生の上に倒されたばかりだ。
「う~ん。一年前の憂太よりはマシだけど。まだまだ恵には基礎トレーニングが必要だな」
「はあはあ・・・」
「ガンバレ~恵」
「しゃけ~!」
お気楽だな。パンダ先輩と狗巻先輩は、俺が何度も倒されている姿を階段の所から見ているだけ。
禪院先輩の動きやすように、巻き込まれないようにしているとパンダ先輩は言っていた。
「後で筋トレメニュー組んでやるよ」
「は・・・はい。はあはあ・・・」
あれだけグラウンドを自由に動いても、禪院先輩は息一つ乱れていなかった。俺が思い描いていたよりも、高校生活はハードになるだろうな。
※※※
授業も終わり、寮に帰ってきた俺はスエットに着替える。ゆったりとした格好の方が、やはり落ち着く。普通の高校と変わらず、通常授業の宿題もあったりと本当に忙しい。寮の生活に慣れるまで、好きな読書はお預けになりそうだ。
「とりあえず、あの人が帰ってくるまでに終わらせとくか」
五条先生が任務から帰ってくると、邪魔をされて宿題も出来ない。自分でも言うのはあれだが、そこそこ頭は良い方。少ない時間での勉強も得意気だったりする。
「・・・ん?ああ、もう18時か」
部屋のカーテンを閉めに窓へと近付いていけば、帰宅したばかりの五条先生が外を歩いていた。
俺の部屋に来るだろうな。そう思い、部屋のドアの前で五条先生を待ってあげる。しばらくすると、聞き慣れた足音が聞こえてきた。
ーコンコン・・・、五条先生がドアを叩く。俺はドアノブに手を掛け、扉を開いた。
「お疲れ様です五条先生」
「ん・・・ただいま恵」
珍しく大人しい。ほぼ棒立ちで、いつものように抱きついても来ない五条先生。今にも倒れてしまいそうな先生の背中支え、俺はベッドへと連れ行ってあげた。
「ごめん・・・アリガト」
「あまり寝てないんですか?」
「二徹目~・・・。呪術師最強ってーのも疲れるね」
「バカ。今日はもう寝て下さい」
「ん~・・・」
ベッドサイドに座る、自分より体格のいい五条先生の上着を脱がし始める。アイマスクを取れば、綺麗な瞳で俺を上目遣いで見てきた。
「ふふ。何だか可愛いですね」
「可愛いのは恵だって」
「前言撤回」
「ん、あ・・・?」
目の下にくっきり隈がある。本当に二日間、まともに寝ていなかったらしい。俺は布団を巻き上げると、五条先生を布団の中に押し込んだ。
「一緒に寝てくれないの?」
「今はやることがあるので」
「ブーブー」
「後でいくらでも一緒に寝てあげますから。だから休んで下さい」
そう言って、自分より中身が子供な五条先生を言い聞かせてみる。五条先生は頬を真っ赤に染めて黙り込んだかと思えば、サッと布団に潜り込んでしまい何も言い返してはこなかった。
次第に布団の中が温かくなってきたのか、それとも安心してくれたのだろうか。すう、すう、と五条先生の寝息が聞こえてくる。
ーこれが最強の呪術師『五条悟』・・・
そっと布団を捲って五条先生の様子を伺えば、どこにでもいる青年の寝顔があった。
ー俺しか知らない『五条悟』は可愛い・・・
「おやすみなさい悟さん」