孤児拾い鬼「はぁ…はぁ…」
「泥棒だ!!誰かそいつ捕まえてくれ!!」
果物を2つもって人々の間を縫うように駆け抜ける青年は、果物の持ち主の商人に追われていた。
もう2日は何も食べていない。走って逃げるのにも体力が底を尽きかけていたせいか路地に入った途端転んでしまい商人の男に捕まってしまった。
「このくそ泥が!よくもこの間も盗んでくれたな!」
そう怒鳴って数発殴る。
「…はは…」
「何がおかしい!」
「だって…盗まれる方が悪いだろ?」
男はわなわなと震え出し思いっきり殴っては床に転がし腹を蹴った。
「このくそガキ!舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」
一通り殴ったり蹴ったりしていた商人は青年の動きが鈍っているのを見てやめて果物を手に取り路地を出ていった。
「あぁ…くそっ痛てぇ…」
そうボヤいてゆっくりと起き上がろうとするもよろけてもう一度寝転がる。
「あぁ…まだ死ねねぇんだよ……取られなかった果物だけでもあいつらに渡さねぇと…俺が…しっかりしなきゃならねぇのに…」
そう呟くと意識が遠のいていく。
(痛てぇ…死ぬのか…?いや、ちょっと寝るだけだ…ちょっとだけ寝て…あいつらのところに行くだ、けだ…)
「…が…うが!彪禍!!!」
自分を呼ぶ声で目が覚める。
「………うるせぇ…」
「うるせぇ…じゃないわよ!!」
そう言ったのは長い髪を高めに1つにまとめている少女だった。
「また鬼狩りが街に来てる。そろそろ移動した方がいいわ」
「…そうか」
「……何よ、何か不満でもあるの?」
「……いや、なんでもない…ちび共に支度させろ。いつも通りアイツらを狩ってから行くから先に行っとけ」
「了解…じゃぁ囮役行ってくるわね!蒔邪〜行こ〜」
そう言って部屋から出て行った。
(昔の夢か…もう何年前か…いや、何十年…違うな…もう覚えてない…)
ゆっくりと立ち上がった彪禍と呼ばれた男……鬼は人の姿から鬼の姿へと変わり同じく部屋から出て行った。
「おい、そこのお前。生きたいか?お前に望みはあるか?」
そんな声が聞こえてゆっくりと目を開く。
「だ、れだ…」
「私が質問している。私の気が変わらぬうちに答えろ」
「生きたい…俺は…俺を頼ってくれているちび共の、面倒見なきゃなんねぇ…」
「そうか。では、力を貸してやろう。お前はお前自身も周りも助けられるようになるぞ」
(今日のやつも弱いな…)
「楽勝だったね!蒔邪!」
「あぁそうだね莎邪」
蒔邪と呼ばれた少年と莎邪と呼ばれた先程彪禍を呼びに行った少女だ。
「ねぇ彪禍!さっき言い忘れたんだけどさ、また1人拾ってきたの!褒めて!」
「…お前…また拾ってきたのか…」
「だってボロボロで蹲っていたのよ?」
「はぁ…蒔邪…お前が居ながら」
「…」
「蒔邪…お前もか…」
「あはは〜…」
「はぁ…」
蒔邪と莎邪は良く孤児を拾ってくる。彼ら自身も元は孤児。だからなのか孤児を見るとすぐに拾って来てしまうのだ。
「それにあれよ?あのまま野垂れ死にするか、運良く生き残るか…まぁ大体は前者よ。だったら彪禍に育ててもらって食われた方が幸せだわ」
と莎邪は笑顔で彪禍の顔を見ながらサラリと言った。
「いつ死ぬか分からないよりはある程度育ててもらって、知識も貰えるのなら死ぬ日が決まっていた方が僕も楽だと思うね」
と蒔邪も続いて言った。2人の表情はとても晴れ晴れとしていて死についてまるで話していないようだった。
「お前らにとってはそうかもしれんが、他の奴らは知らぬぞ?」
と言ってみるが表情は変わらない。
「そうだとしても今生きれているのは彪禍のおかげだからね!」
「その通り彪禍のおかげ、だから僕らはいつ食われてもいいんだよ?」
「……」
チラリと2人の顔を見て無言で歩きながら鬼の姿から人の姿に戻る。
「さっさと帰るぞ」
それ以外何も言わない。
「は〜い!」「はい」
2人は返事をすると彪禍の後ろについた。
この日はとても綺麗な満月の日だった。
「最近、鬼に殺される隊士が多くなっているようだね…」
「「はい」」
「鬼の出現する情報は貧民街ばかりのようです」
「貧民街のは全て同じ鬼の可能性があります」
「そのようだね…さて、貧民街に詳しい隊士はいたかな」
「はい、1人。鬼に育てられた者がいます」
「でわ、その者に今回は任せてみようか」
「「はい」」
「ねぇ〜彪禍聞いてよ!!蒔邪がさぁ!!!」
「いやいや、あれは莎邪が悪い」
「はぁぁああ!?」
「あーうるせぇうるせぇ…外でやれ」
「蒔邪、莎邪、今は昼間だよ。彪禍を寝させてあげようね?」
「うへぇぇ〜」
「は〜い」
彪禍の前で騒いでいた2人は紫蒔という青年にたしなめられ不貞腐れて出て行った。
「全くあいつらも飽きねぇなぁ…」
「生きてられるだけでも奇跡だからね。僕達からしたら彪禍のおかげで衣食住に困ってない…」
「ただの気まぐれだ」
「ふふ、そう言って僕らを拾ったのは彪禍…君自身だろう?」
と、薄く笑う。美男子。その言葉が良く似合うとても綺麗なその男、紫蒔は彪禍の頭を膝に乗せて喋っていた。
「そう言えば、あの前に捨てた子。鬼殺隊に入ってメキメキと力をつけているそうだよ」
「あ?捨てたやつなんて多すぎて覚えてねぇな」
「とか言ってちゃんと一人一人覚えてるじゃないか」
捨てた子なんて数人しかいない。しかもその後きちんと生きているのを確認できたのもその半分くらいだ。いくら知識をつけさせても育ちがはっきりしており、いい所の出ではなくては生き残るのは難しい。ましてや孤児。貧民街出身。それだけで排除対象になってしまうことの方が多い。
「それにしても、どうして鬼殺隊になんて入ったんだろうね?」
「…さぁな?」
「彪禍を殺しに来るのかな…」
そう言って紫蒔は彪禍頭に手を乗せ、顔を曇らせた。
「俺を殺しに来るなら来るでいい。あいつの妹を喰ったのは俺だからな。復讐しに来てもおかしくなんてないだろ?」
そう言って静かに寝息を立てて寝始めた。
自分の膝を枕代わりにして寝た鬼、彪禍のことを見つめながら。
「…やっぱり覚えてるんじゃないか……」
と、静かに呟いた。
貧民街に出る鬼を狩れと司令をだされた1人の鬼殺隊。梢満は、自分を育ててくれた鬼のことを思い出していた。
「おい」
と、1つ下の妹を抱きしめて路地裏でまるまっている所を声をかけてきた男が1人。
梢満は、声をかけてきたその人物をじっと静かに見つめ返していた。
「お前、親は?」
声をかけてきた男はそう聞いてきた。梢満は、ゆっくりと首を横に振る。親がいたらそもそもこんなところでまるまってなんていないだろう。否、居たとしても貧民街出身の僕らに家にいる資格などないだろうか。
首を横に振ったのを見たその男は薄く笑いこう言った。
「お前らに選択肢をやろう。このまま野垂れ死ぬか、一定の年齢までは衣食住そして知識を与えられるか。この二択だ」
妹は自分よりも体が弱い。それに今は冬だった。妹は今年の冬を越せるか微妙なところだ。今もこうやって抱いてまるまっているのも妹を温めるためだった。食料を取りに行きたくとも弱っている妹を1人置いていくのは気が引ける。しかし、連れていったところで確実に足でまといとなり、食料調達もできないだろう。
梢満は少し悩みまっすぐ男を見て初めて口を開いた。
「妹を助けてくれるのか?」
男は抱えられている少女を見た。弱っている。このままでは早くて数日で死ぬであろう。
「助けられるかは、知らないが……まぁここよりは環境はいいんじゃないか?」
と、周りを見渡しながら言った。
ここは、貧民街の路地裏。死体ばかりが転がっており、来るのは物取りをするものばかりだ。
梢満は妹をギュッと抱きしめ答えた。
「ついてく…」
その答えを聞くと男は虚空に言い放った。
「妹の方が弱ってる。連れてくのを手伝ってやれ」
そう言って路地裏を出て行くと入れ替わるように優しそうな男が出てきた。
「それじゃ一緒に行こうか?」
とにこやかに手を差し伸べて来たのだった。
「梢満さん」
声をかけられて昔の事を思い出すのを止めた。
「どうした?」
声をかけてきたのは部下だった。
「貧民街に出るとの事ですが、調査の結果貧民街ということもあるのか全く情報が出てきません。また、鬼特有の気配も一切ありませんでした。」
「そうか」
と、短く返せばやはり思い浮かぶのはあの鬼、ただ1人だった。
貧民街に出てくるとはいえ基本的に拾っているのはその子供たちの方だ。
鬼自身が動いていないのだから気配が残るわけが無い。
「どうしますか?」
部下は不安そうに聞いてきた。それはそうだろう。全く情報が集まらない。しかし、自分には思い当たる鬼がいる。でも、その情報を一切口にしていない。司令が出てからはや1月たっていた。あの鬼の事だもう既にこの辺りには居ないだろう。もし、まだ居たとするならば子飼いの子達が彷徨いているはずだ。
「貧民街にしては綺麗で元気な人が居ないか探してみてくれ」
部下は少し不思議そうな顔おし、返事をして調査に向かった。
梢満は、再び昔のことを思い出していた。
彪禍と紫蒔に連れられて向かった先は鬼が出ると噂の森の中だった。その森の中にある洞窟に彼らの住まいはあった。中に入ると自分よりももっと年下の子から上の子まで10数人いる。
どうすれば良いのか周りを見渡していると紫蒔が先に声をかけ始めた。
「この子。弱っているからとりあえず体を温められるものと少しでも栄養のある食べやすい物持ってきて。それから手の空いてる子はこの男の子の方にこれからのこと少しだけ話してあげて」
と、指示を出して彪禍の顔を伺った。
小さな子達以外は紫蒔に言われた通り物を持ってきたり俺を見てとりあえず風呂に入れだのなんだのと言って来た。彪禍はそれを見聞きすると奥の方へ行ってしまった。それを見届けると紫蒔は何故かホッとしたような顔をしてまた後でねと声をかけて彪禍の後を追っていった。
風呂に入ったり暖かいご飯を食べ、妹もゆっくりと呼吸をして眠り始めた。その間自分より年下の男女が楽しそうに沢山話をしてくれた。
「ひゅーがはね!おんじん?なんだよ!」
「やさしいけどこわいひと?でもあるよね」
何をどこまで話せば良いのか分からないかのようにたまに首を傾げながらお互いに喋る。そんな雑談をしている時だった。
「あ、いたいた。莎邪と蒔邪がお話してくれてたんだね」
「そうだよ!」
「ほめて!」
と言うと紫蒔は優しく微笑み優しく頭を撫でた。
「さて、彪禍のところでこれからのこと少しお話するから一緒に来てくれるかな?」
と俺を見て言ってきた。
「妹ちゃんならわたしたちが見てるよ!」
と俺に莎邪と呼ばれた子が言う。
それならばと、紫蒔の後について行く。ただでこんな良いことはないだろう。しかもこの森に住んでいる。明らかに怪しいところがあった。
此処に来た時に彪禍が入っていった部屋に紫蒔と共に来た。すると彪禍がやっと来たかと言いたげな顔をしてこちらを見た。
「おまたせ、彪禍。とりあえず話しちゃっていい?」
と紫蒔が聞けば無言で頷いた。
「よし、それじゃまず君たちには新しい名前をあげるね。それから大事な話をしよう」
と優しく微笑む。俺は少し驚いて固まってしまったが話は進む。
「新しい名前はね彪禍が考えてくれたんだけど梢満。梢満ってどうかな?俺も気に入ったんだけど君はどう?」
と聞かれて反射で頷いてしまった。
「それじゃ決まり!ってことでここからが大事な話」
と先程まで優しい微笑みを浮かべていた紫蒔は無表情になり話し出した。
「君達を連れて来る時に言ったよね?ここで野垂れ死にするか、一定の年齢まで衣食住と知識を与えられるか。そして君たちは後者を選んだわけだ。一定の年齢。それは約15歳だ。君たちは約15歳でほぼ死ぬと思ってくれ」
そう言われてキョトンとするも何故か納得がいった。目の前で彪禍が鬼の姿に変わったのだった。
「ほぼって言うのは……死なないこともある……ってこと……?」
「そういうこと。だから一応知識も与える。もし生き残れば何をするのもよし。現に俺もこうやって15を過ぎても生きてるからね。他に質問は?」
話を聞いてしまった以上結局逃げることは不可能だろう。鬼の姿になったということは多分そういうことだ。もし、逃げきれたとしても妹を助けることもできず、結局野垂れ死ぬ。
「……ない」
少しの間考えてから答えた。
「それは良かった。何か分からないこととかあったら俺か……あー莎邪と紫蒔が勝手に教えてくれると思うから聞くといいよ」
とまた優しい微笑みを浮かべて言った。気がつくと彪禍も人の姿に戻ると横になって寝始めていた。
「あ、ちょっと彪禍。風邪ひくよ?……それじゃ梢満はさっきの部屋好きにしていいから戻って妹のそばに居てあげな」
と彪禍に構いながら言った。頷くだけ頷いて部屋を後にした。
それから数年後。妹は何故か俺より先に喰われた。悲しかったがそういう約束だ。だから文句は言わない。でも何故か自分からではなく妹から食べたのかが今でもずっと気になっている。そして何故俺を捨てて行ったのかも。
「危なかったねぇ」
「嫌な匂い……と思ったら鬼殺隊のヤツらがもう此処にも来ているなんてね」
「また引越しかぁ今回はあまり街に入れなかったなぁ」
「しょうがないよ。それに……」
「彪禍に早く報告しなきゃだね」
いつも通り街に食料調達及び孤児拾いをしに行った莎邪と蒔邪は鬼殺隊を見かけさらにその鬼殺隊が誰なのかを知っていた。
「ひゅーがー」
「ただいまー」
「彪禍はまだ寝てるよ」
と奥の部屋から紫蒔がでてきた。
「鬼殺隊がもう来てる」
「引越しだー引越し」
「それに、懐かしい顔が居たよ」
と2人して何かを企むような顔をしてニィっと笑う。
「此処にももう来たんだね……彪禍には俺から言っとくから移動の準備頼める?」
と言うと少しつまらなさそうな顔をして2人は返事をして他の子達がいる部屋へと向かっていった。
紫蒔が彪禍の元に戻ると彪禍は起きていた。
「今の話、聞いてた?」
「鬼殺隊が来てんだろ。今回は早いな……」
「懐かしい顔……と言うと……」
「あいつだろうなぁ」
と呑気に答えた。
「前にも言っただろ?いつか俺は死ぬ。鬼殺隊によってな。ましてやあいつだったら俺を殺す理由もある。良いじゃねぇか」
「……死ぬつもり…?」
彪禍はそれには答えなかった。しかし紫蒔は知っている。この彪禍という鬼はとても優しくて臆病だということを。だからいつも通り鬼殺隊を殺りに行くだろう。でも、そこでわざとミスった振りをしてそのまま死ぬ可能性もあると予想ができた。だから言った。言うつもりなんて毛頭なかったのに。普段だったら言わないことをつい言ってしまった。
「……彪禍……死なないで……死んだら俺たちはどうすればいいの……?」
そう呟いてしまったあと彪禍は紫蒔を見つめていた。
「あ、いや、別になんでもないよ」
と、取り繕ったところで言葉として出てしまったものはしょうがない。特に返事なんて求めていなかった。どうせ帰ってこないと思っていた。しかし彪禍は口を開いて。
「お前らには生きていくための知識も詰め込んであるだろ」
まるで自分が居なくなるのは当たり前というかのように帰ってきた。ただ、それに何も返せず紫蒔は寝に入った彪禍の背中をただ見つめることしか出来なかった……。
「梢満さん。梢満さんがこの間言っていたような人物を見つけました。聞き込みをしたところその子は最近買い物に来るようになったそうです」
梢満は内心でやっぱりと思った。今まで調査してきた街からあまり離れておらず、食料調達に来るにはここが1番だろうと思っていた。
「あの子が鬼なんでしょうか?あ、いや、でも昼間に来ているということは鬼とは関係無さそうですが……」
「いや、もしあの鬼だったら当たりだ。次見つけたら尾行しろ」
その言葉を聞いて少し不思議そうな顔をしたがすぐに気を引き締めた顔つきをして返事をし去っていった。
「やっと見つけられるなんてな……しかもこんな状況で……だ……。」
少し悲しそうにでも嬉しそうにそう呟いた。
カラスが肩に乗ってきてどうしたと聞いてきた。
それに対して何でもないと答えると近くの山の方に向かっていった歩き出した。