「俺、冒険者になる!」
「レモ、これでいい?」
「ん、大丈夫〜ありがとネモ。」
昼下がり、広場の一角にあるカフェで放った俺の強い宣言は、
イマジンの手入れをする二人の間をすり抜けっていった。
「無視すんな!!」
「いや、何回目だと思ってるの…。」
「やめときな〜?キリ、すぐ死にそうだし。」
ヘラヘラと笑いながらネモが磨いていたイマジンを装備するその姿が、
いかにも冒険者という雰囲気で羨ましくてじとりと睨む。
「や〜っとイマジンが揃った! これでヨミガエリに行ける〜。」
そんな俺の視線をどこ吹く風かと受け流したレモは達成感溢れる顔で座り直しつつ、少しだけ残っていたオレンジジュースを一息に飲み干す。
「俺だって、お前みたいにあちこち自分の足で回って、モンスターを倒して、
宝物を見つけて…」
「だから、ずっと言ってるけど駄目だよ。
僕は友達の墓を建てる趣味も暇も無いんだから。」
「ふーん、作ってくれんだ?」
冗談めかして返した言葉に返ってきたのは、意外にも久し振りに聞いたコイツの真面目な声。
「…キリ、君に足りないのは強さだけじゃない。
知識だって無いし、何より恐れを、恐怖を知らない。それは冒険者としてはあまりに致命的すぎる。少なくとも今の状態で行かせる訳にはいかない。」
「大丈夫だっての!お前だって毎日行ってるけど今もピンピンしてんじゃん!
俺だって…」
「そんなに死にたいなら今僕が殺してあげようか。」
「っ…何だよ…。」
明らかにいつもとは違う雰囲気。あの冷静なネモでさえ怖気づいて息を呑む音が聞こえる。
流石に本気じゃないのはわかる、けど…全くの冗談ってわけでもない。
「…今の僕なんかに対してそんな様子じゃ、その辺のウリボの体当たりも怪しいけどね?」
「ッテメェ!こっちが黙ってるからって…」
「お、落ち着いて、二人共。
キリ、そんな調子じゃレモが言った通りになっちゃうよ。今は血が上ってる、頭を冷やして。
それと…レモ、冗談でもそんな事言わないで。」
「…ッチ、わかったよ。」
「ん、ごめんよ〜、悪かったねネモ。
僕も素直なのはキリのいいとこだと思うけどね…
片手の僕にすら勝てない内はお母さん許しませんわよ~。」
「やめろその上から目線。」
ーーーーーーー
「私、冒険者になるよ。」
「…ネモ、あのアホに何か言われたんだね?
ちょっと沖に流してくるから待ってて。」
「いや知らねぇって!?やめろ!こっち来んな!!警備員さーん!」
「ここに居るでしょ。」
「お前じゃねえよ!!」
「ま、待って待って!?キリは悪くないから!
私は、ただ…ずっとこのままなのかなって。」
つい顔を俯かせて、ぽつりと呟いた言葉にため息が聞こえた。
…怒っているだろうか。
「…ネモの臆病さは大事だけど、いざという時に動けないのは
キリより致命的だ。
怖くて足が動きませんでしたなんて、モンスターは聞いちゃくれない。」
「知ってるよ、何度だって言われた。でも、」
憧れは止められないんだ。
真っ直ぐに見つめた先の夜空色の瞳は、
少しだけ眩しそうにしながらも呆れを滲ませていて。
「…僕はずっと止めたからね。」
「へっ?」
「ハァ!?おい、なんで!」
「これで止めたら僕らに隠れてでも行くよコイツ…。
だったら見えるとこでやってもらった方がまだマシだよ。
こうなるんなら、僕も最大限教えはするし。」
何度も与えられた言葉を脳内で反芻する。
諦めたように肩を落とした友人の様子と合わせて考えたら…これは、つまり。
「~ッ!!」
やった、やった!!
二人が何か言い合いをしている気がするけれど、そんなのがどうだっていいくらい心の中が嬉しさでいっぱいになって。
「っありがとう!レモ!!」
「あのね、教えるとは言ったけど、僕だって趣味でやってるだけなんだから。ちゃんと自分でも調べたり考えたりしてよ。」
「うん、うんっ!!」
「ほんとにわかってる?ぴょんぴょん跳ぶのはいいけどちゃんと_」
「なあ俺は?」
「駄目。」
「ネモ。」
背後からほんの少し沈んだ声が、浮足立つ私の歩みを引き留めた。
「頼むから、居なくならないでよ。」
願うように、祈るように、縋るように。
レモの声がゆっくりと紡いだ言葉の意味を噛みしめて。
「…うん。」
…この言葉は、嘘にしたらいけない。
私の為にも、君の為にも。