レプリーゼ カタカタ……、と調子よく鳴っていたキーボードの音が不意に崩れたと思ったら、次の瞬間唸り声ともなんともいえない音が、低く部屋に響いた。 耳障りのよいものとは到底言えない種類の声だ。その調子から声の主の体調を正確に推し量ったらしい男が、
「少し休んだらどうです?」
と、モニタの向こうにいるであろう上司に声を掛けた。
「ああ……うん……」
相当疲れているのだろうか、返って来る返答も先程の搾り出すような声と大した違いはない。不明瞭な言葉を受けてどう思ったのか、男は一区切りするように小さく息を吐いて席を立った。
二年前の春 、大学から警察学校を出て交番勤務を経て、まだ総てが手探りだった折り目正しい新人だった頃にこの部署に配属され、それ以来、目の前の男と東京はもちろん日本の津々浦々からロンドン、香港、ワシントンD.C.からベルリンまで、場所がどこであろうと仕事中は常に二人で行動してきた。仕事の濃さに付き合いの長さも手伝って、一見飄々としていて得体が知れないと称されているこの男の様子は、外の人間と違って大抵正確に推し量れるつもりなのだ。
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