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    月石時雨

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    月石時雨

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    優目線で夏共バレンタインのお話。
    漫画を描くほどの表現力がありませんでした(自戒)。
    わかりやすい表現にしてないので誰が読んでも一応大丈夫だと思います。詳しい話はまたポイピクにあげましょう。
    素人なので拙い文章だと思いますが許してください。オチが弱い(´・▽・`)ヨワッ

    バレンタイン 「ごめん」


     教室の後ろ、窓際の席から聞こえた声に少しだけ目線を向けて戻し、耳を傾けた。本日は2月14日、所謂バレンタインだ。多くの男たちは気のないフリをしながら、女子の言動に一喜一憂していた。いつもよりクラス間での人の行き来が多くて騒がしく、正直落ち着かない。それは放課後になるとさらに盛り上がりを加速させた。


     「俺……甘いもの食えないから」


     いつもより少し遠慮がちな奴の声の大部分は、今日は遠慮より疲れで出来ていることを知っている。

    本当は今日1日教室に来るつもりなどなかったのだろうが、僕が無理を言って放課後だけ呼び寄せた。近寄せるな、と言われていたが、好奇心から気が付かない振りをしてしまった。一体何が奴にそこまでの感情を抱かせるのか知りたい。無限の好奇心は止められないものである。


     「誰か他の人に」
     「甘さ、控えめにしたの…!」


     少し頬を赤らめた女子生徒が、皆まで言わせまいと言葉を遮って言った。なかなか強気だ。


     「だ、だからね、お願い。
      今、食べてみてほしいの」


     見たい。奴がどんな顔をしているのか。一体なんて返すのだろう。あいつにそれとなく断る会話術があるとは思えない。かと言って食べるのか?

    思わず止まった手を無駄に動かしながら、固唾を飲むように秋弥の返答を待っていた。目の前の彼女と同じくらい、または彼女以上に心臓が高鳴っているかもしれない。悪いことをしている気分だった。


     「……今すか」
     「…うん。今…目の前で食べて欲しいなって」


     短い沈黙が再び流れて、それからカサカサと袋を開ける音が聞こえた。食べるのか。なんだ食べられるのか。好き嫌いより良心が勝ったようだ。共にする時間が増えてわかる。奴は意外と繊細だ。それ故に他人の気持ちを踏みにじるようなことはしない。


     僕はそろそろいいかと思って、立ち上がって2人の方に体を向けた。顔色は想像より普通。だが、僕が見ていることに気が付かないくらいには目の前に囚われていた。助けてやるか、と遅めの心構えをして歩き出したちょうどその時、秋弥がつまんだお菓子をひとつ、勢いよく口に入れた。


     「……おいしい。ありがとう」


     心待ちにしていた言葉を受け取った彼女は、今にも黄色い悲鳴をあげそうな勢いで、廊下の外に待っていた友人と嵐のように去っていった。過ぎ去ったあとの静けさに少し呆然としてから秋弥の席へ目線を戻すと、先程とは見違えるほどに顔色の悪くなった彼が口元を抑えて机に手をついていた。


     「秋弥?だいじょう、ぶ、」


     近寄って声をかけると、机についていた手で僕の腕を一瞬掴んで、すぐに押し退けるように走って教室を出ていってしまった。慌てて追いかける。行先はトイレだ。吐く。絶対吐く。途端に募る罪悪感。気分だけではなかった。彼に悪いことをしてしまった。彼が繊細な人間であるとわかっていたはずなのに。

     トイレに駆け込んですぐ、1番奥の個室から嗚咽が聞こえた。鍵どころか扉を閉める余裕もなかったようで、遠くからでも少し見えた背を、傍に寄って少し強めにさする。その後ろ姿はなんとも弱々しく、細い体の線が目立つ。何分経っただろうか。随分時間が長く感じる。何も出なくても彼の呼吸が落ち着くまで背中をさすり続けた。初めは冷えきっていた背も、徐々に摩擦で暖かくなっていった。


     廊下から聞こえる声もほぼ無くなった頃、1度口をすすいでから、しゃがみこんで顔を上げなくなってしまった秋弥の横に寄り添って、締りの悪い蛇口から落ちる雫の音をただ聞いていた。謝ろうにもなんとなくタイミングが掴めず、お互い無言のまま時間を経過させて今に至る。何周目かに入った掛けるの言葉選別大会が脳内でぐるぐる行われ、沈黙の重さは大幅に僕の心を押し潰していた。


     「母さんがさ」


     突如破られた沈黙に思わず体が揺れる。大きく脈打つ鼓動を抑えながら、黙って横目に視線だけ向けた。


     「作ってくれるんだ。定期的に」


     ポツポツと紡がれる言葉は、無限のようにも思われた沈黙の時間に嫌という程聞いた雫の音に似ている。膝を抱えて顔を埋めている所為でくぐもった声が、冷たいタイルに反射して直接響くように脳を支配した。


     「昔は嬉しくてたまらなかった。俺のために作ってくれて。…だけど」

     「いつからか、罪滅ぼしの道具に、なって、」


     水道水の落ちる規則的な音に、ポタポタと不規則に音が加わった。こんなことを他人に話していいものかと悩んでいる、のだと思う。この言葉数では流石に全部理解したとは言わないが、トラウマになっているであろうことはわかる。震える手にそっと自身の手を重ね、掛ける言葉を探すのをやめた。みんな少なからず家族に悩んでいるのかもしれない。僕だってそうであるように。


     「残り、貰っていい?」


     無言を承諾だと捉えて袋を受け取った。立ち上がって袋を開くと、下の方でやっと持ち上げた顔と目が合った。それはそれは酷い顔だったので、とりあえず袋を逆さにして残りを全部頬張った。あの子が言った通り甘さ控えめだ。ビターな味わいと言うやつだが、チョコなのだから全部甘いだろう。僕には少々物足りないけど。


     「喉乾いた。飲み物買いに行こうよ」


     無理に頬張った所為で僕の顔も相当酷いものになったのだろう。秋弥は少しギョッとした後に時間差で眉を下げて笑って、まず顔洗えよ、と言って冷たい水道水を両手に掬った。2人並んで顔を洗って、今度は水がきちんと止まるように蛇口を強く捻った。





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