ブルーロックのパワーパフボーイズひと通り基礎練習を終えて、拭いても拭いても流れ出る汗を拭いながらドリンクボトルをべこっと押す。
隣でボトルを早々に空にした蜂楽が、ふと俺の顔をまじまじと見ていることに気がつく。
急にまじまじと見るものだから、つい気になって突っ込んでしまった。
「なんかついてる?」
「うーん、いさぎそこ擦りむいちゃってる。」
「え?あ、ほんとだ…気が付かなかった」
指摘された箇所を指の腹で恐る恐る触れてみると、微かに皮膚が擦れ血が滲んでいる。
自覚すると痛いってやつだ。
潔は今の今まで怪我をした自覚なんて無かったが、傷口を認知してしまったからかピリピリとした痛みが走った。
「あちゃ〜、ドリブルで俺ともつれた時に擦っちゃった?」
「そうかも…普通に気づかなかった。」
「いや、俺もいま気がついたよ。凪に怒られちゃうかな?オレ」
ちょっと見して、と蜂楽が両手で顔を挟み込んだかと思うと、そのままグッと顔を近づけた。
練習後だからか、蜂楽の意外に大きい手のひらが熱くてちょっと気はずかしい。
「ん〜顔は傷残っちゃったらまずくない?」
「いや、別に今更気にしねーよ!既に色んなとこ傷だらけだしな。」
「そういう問題じゃないじゃん!ダメだよ〜これからプロの選手になったら、たっくさん写真撮られたりするんだから!」
汗ばんで熱くなった手は離さないまま、蜂楽はプリプリ怒っている。これ、女子がよく言ってるあざといってやつだ、と潔は他人事みたいに思っていた。
「とりあえず染みそうだけど、お風呂行こいさぎ。」
「あ、おう。」
「あれ、お風呂どっち?」
「ばかばか!そっち違うってそこトイレ!」
パッと手を離されて、そういえばここ廊下だったな…と我に返る。
相変わらず迷子になりかける蜂楽を引き摺りつつなんとか風呂場へ着くと、そこには見慣れたピンクの髪が目に入った。
「あっ、ちぎりん!そっちも今終わり?」
「おう、お前らも今までやってたのか?」
「そうなんだよ、蜂楽とサッカーやってるとつい時間忘れちゃうんだよな。」
「確かにな〜、俺もさっきまで國神と練習してたんだよ。」
國神の姿が見えなくて当たりを見渡すと、それに気がついた千切にすかさず「あいつは筋トレ」と返された。
相変わらずストイックな奴だ、スタミナ切れを知らないのかと思うほど羨ましい。
「潔、何その赤くなってんの。」
「さっき俺と練習してた時に擦っちゃったみたい。」
「あー…まぁハードな練習するほど知らんとこに傷ついてるもんな。」
「いや、俺気が付かなくてさ。蜂楽に言われるまで、痛くもなかったし。」
ケラケラ笑いながら談笑していると、不意に垂れてきたシャンプーの泡が頬に落ちてジクジクと傷が痛む。
「いっ…たっ!」
「あーあ、シャンプーは痛いよ。早く流しちゃえ」
「そらよっ、シャワー攻撃ッ」
「ぶへっ!おいこら千切!もっと痛いわ!」
「あっはは!!ちぎりんドS〜!」
正直言うと、こうやって傷が染みるのは日常茶飯事で。
それこそ加減を知らない子供の頃は、痛いとわかってるのに滑り込んだりひっくり返ったりして、大泣きして母を困らせていた。
新しい服も靴も、成長してから買ってもらったウェアもユニも全部泥だらけにして帰っていた。
あの頃はこうしてワイワイ仲間と楽しく風呂に入るなんて無くて、ただただ上手くいかなくて1人ズキズキと痛む生傷と戦いながら反省をしていたものだ。
「そうだ潔、お風呂上がったら絆創膏貼ってあげるよ。」
「それがいいな、顔だから人にやって貰った方がいいとおもうぜ。」
「じゃあ、お願いしようかな…」
「まっかされましたー!」
湯船で仁王立ちしながら、ビシッと敬礼する蜂楽。
それを見てケラケラと笑う千切、なんだか試合と比べてみんな雰囲気がゆるくて、こっちまで自然と口角が上がる。
「ほら、逆上せるからもう上がろーぜ。」
「え、ちぎりん長風呂ダメなタイプ?」
「いや、俺じゃなくて潔がそう。」
「そうなの?じゃああがろ」
「えー、もう少しゆっくりしようぜ」
「なんで潔は逆上せる癖に、長く入りたがるんだ?」
「あー、なるほど危ないね。ほら潔上がるよ!」
心地よかったからもう少し、って思っていたけど、千切には全部お見通しだったみたいなので大人しくみんなに従うことにする。
ほら潔、と千切が手を出してくれたので甘えてそのまま引っ張りあげてもらう。
千切もやっぱりこんな綺麗な見た目してるけど、男子高校生だからめちゃくちゃ力が強い。俺を引っ張りあげても1ミリも体幹がブレてない。
「あ、蜂楽お前、ちゃんと拭けよ!」
「え〜乾くから大丈夫でしょー!」
「相変わらず自由だなぁ蜂楽は」
「のんびり屋さんすぎるだろ潔…」
この後着替えて、ドライヤーして、歯磨きして…あ、ストレッチもか…とぼやけた頭で整理してみるが、全部めんどくさい。
それに加えて千切は脚のケアもしてるんだよな…と思うと尊敬の念が湧いてくる。
ちなみに蜂楽はドライヤーが嫌いらしい、だから毎朝髪の毛がライオンみたいに爆発してて面白い。
「あ、そうだ潔。こっち来て」
「んぉ、なに?」
「やー、見て見てこれ!俺制服のポッケに入れっぱなしでさぁ」
「なんだそれ?めっちゃファンシーだけど」
「なんか貰ったんだよね〜、誰からかは忘れちゃった!」
ほい、と蜂楽が見せてきたのは絆創膏だった。
だが本来のものとは少し違う、少々可愛すぎる柄。
イエローグリーンのギンガムチェックに、キラキラしたストーンとハートマーク、クローバーのプクッとしたシールが可愛らしい絆創膏。おおよそ男子高校生がつけるようなものでは無い。
「…すっげ、絆創膏っつーかシールみたいだな。」
「え、これつけるの?もしかして俺が?」
「え〜だって勿体ないじゃん!ほら、こっち向いて」
「消毒液取ってやるよ」
「え〜またしみる…」
いや、別に傷の消毒なんていつもやっていることなので大したことではないのだが。
それより何よりその蜂楽が持っている絆創膏を自分が付けるという事実が恥ずかしすぎてそっちに意識がいっている。
「まぁ確かにブルーロックの絆創膏って面白くないしな。」
「えっ、面白さで俺を売ったわけ!?」
「潔、フェイスシールだと思えばいいんだよ!」
「いやまてよ!お前ら他人事だからってな!?」
2人になんとか対抗しようとバッと立ち上がると、蜂楽のポケットからヒラヒラと何かが落ちた。
「「「あ」」」
床に舞い落ちたそれは、潔に今まさに貼られようとしていたファンシーでキュートな絆創膏のカラー違い。
それぞれ淡いイエローと、ビビットピンクのこれまた可愛らしい絆創膏である。
「あー…何枚かもらってたっ…け?」
「ば〜ち〜ら〜???」
あはは…と作り笑いして誤魔化そうとする蜂楽と、なんでこんなの何枚もあるんだよ!と突っ込む千切。
俺にだけこんな恥ずかしい思いをさせようと企んでいたのだろうが、人数分あるなら話が早い。
「ハッハッハ!!お前らのぶんだぞこの2枚!ぜってーつけろよな!」
「なっ、嫌に決まってんだろ!こら潔拾うな!」
「お、俺たち2人はどこも怪我してないって〜ぇ!!」
「こ、こんのっ待て千切!トップスピードで逃げようとすんな!蜂楽は上着ろ!!」
人が居ないことが幸か不幸か、静まり帰っていた脱衣所はバタバタと3人の足音が響く。
足の速い千切はそそくさと逃げようとするし、蜂楽も得意のフェイントを活かして俺の手から逃げようとする。
「…っだー!やめやめ!わかったよ、大人しく俺が犠牲になるよ…」
「…っは、名前の通り潔良いな。よいちくん!」
「ふぅ…さっすが潔、貼ったら凪に見せてやりなよ!」
息を切らしている2人はやっと諦めたか、と息を整えながらにこにこ顔で俺の顔に絆創膏を貼り付けた。
こいつら…完全に遊んでやがるな…?
「あはは!可愛い〜いさぎちゃんだ!」
「めっちゃ天然娘みたくなったな潔!あっはは!」
「お、お前ら…っ!」
相当ツボに入ったのか、腹を抱えてゲラゲラと笑う2人に、ぐぎぎ…と納得がいかないような顔を向ける。
でもやられっぱなしは良くないだろ?
油断したな、とニヤリと笑い今だ、と用意していた絆創膏を2人同時に両手でベタっと押し付けた。
「…は?」
「…ありゃ?」
いきなり顔面に衝撃が来たせいで、2人とも元々大きくて零れそうな目がさらに大きく見開いている。
ポカンとした顔が拝めて、潔としては満足である。
何が起こったか分からないような2人にご丁寧に説明してやろう。
「せっかく3枚可愛い〜のがあるんだから、もったいねぇだろ?ひょうまちゃんとめぐるちゃん」
千切には俺と反対の左頬に、蜂楽には鼻筋に、それぞれラブリーでキュートをお見舞いしてやった。
俺がやられっぱなしで終わるわけないだろ、とドヤ顔で返して見せた。
「こっ、のやろ〜!!なんでピンクなんだよ!!」
「にゃはは〜俺黄色だ〜でもでももう貼っちゃったししょうがないよねぇ〜」
「あっはは!俺だけ恥ずかしい思いさせようったってそうはいかないんだぜ!」
「なんかあれ、女子が好きな変身系に出てきそうで嫌…姉ちゃんが昔観てた…」
「「「…はは、ふつーに嫌」」」
これがこの後、ブルーロック生き残りメンバーにまことしやかに受け継がれる、ラブリーボーイズの誕生である。
蛇足↓
「潔、何それ」
「うっ、な、なんだ凪か…」
「いや、そんなに驚く?」
懐かしい写真を掘り出してしまって、片付けも進まないままついアルバム漁りの旅に出てしまっていた。
一切動かなくなった俺を心配するように覗き込んだ凪に全く気が付かなかった。
「いや〜これな、色々あって蜂楽と千切にやられたんだ。」
「なんか随分アホっぽく見えるの気のせい?」
「アホっぽいとか言うな!この頃はこれでゲラゲラ笑ってたんだよ」
「ふーーん、なにそれ。俺と出会う前にこんなことして遊んでたの。」
「や、遊んでたっていうか…おふざけ?みたいな…」
この写真のどこが癪に触ったのか、後ろから手元を覗き込んでいた凪はそのまま俺のことを背後から抱えて動かなくなってしまった。
「…可愛いもの、好きだったっけ?」
「いや、別にそういう訳では無いけど…」
「ま、いいや。今度からキスマつけちゃったとこ全部に可愛いーやつ貼ってあげんね」
「…は!?い、いらねーよこのエロ魔人!」
まっさらでがらんどうな部屋に、バシン!と軽快な音が1つ響いた。