またばじとら書いてるこの人……。宗教。
宗旨替え、神、踏み絵。それが、場地に突きつけた条件。
一つの概念には幾つかの要素が付随して成形されているように、芭流覇羅もまた複数の勢力が結成したチームだった。
帰るアテも無い野良猫たちが、この小汚ぇ路地裏に屯するのがどうにも目障りで、すぐさま蹴飛ばしてしまいたい衝動を抑えながらケータイを開く。……遅ぇな、アイツ。もう帰ってやろーかな。他に行きてえトコとかねえけど。人目に当たらない舗道は杜撰なのか、将又杜撰な人間が集まりやすいのか、往々にして硬い地はヒビ割れて、隙間からは青々と雑草が茂っていた。
ここを指定したのは、他でもないオレだ。汚れた場所は別に好きではないが、綺麗な敷地よりも呼吸しやすい。ただ、くだらねぇ会話も怒号も罵声も、遠いの世界のように感じられるから。手慰みにカチ、カチ、と掌中の物を開閉しながら、代わり映えしない光景を眺めて待つ。
軈て、街灯を遮る形で路地裏にひとつ、人影が現れた。暗夜へ解け合う程に黒く大きなそれは、薄汚れた白いブーツで迷いなく歩を進め、その度に草は拉げて野良猫たちは逃げ出していく。
オレは少し頭を擡げて、見知った来訪者を瞥見した。
「久しぶりだな、一虎。」
二年の隔たりを物語る長い黒髪が、夜風で静かに揺れている。その奥に潜むであろう顔を見る気になれず、代わりに特服を彩る左腕の金字を注視した。
…『壱番隊 隊長』ね。
固く結ばれた紐の如く、口唇はぴくりとも動かさない。当然、場地もそれ以上は発さなかった。再会を素直に喜ぶ間柄でもないだろうに、コイツは何を求めてんだか。
暫くして、何事もなかったように場地は続ける。
「一年半か?」
「バカ、二年だよ。マトモに年も数えられねぇの?」
「うっせ。アレだよ、アレ。アイ、アイ………アイツブレーキ?」
「………相変わらず、バカだな。ある意味、安心したけど。」
「…チッ。伝わってンなら、大体あってるだろ。タブン。」
投げやりに後頭部を掻くその姿に一瞥をくれ、開いた状態の受信ボックスを閉じ、ケータイごとポケットにしまい込む。
どこから入手したのか、用事があるとメールを寄越したのは数日前。未だ場地が東卍のメンバーだと知っていたオレは、内容によっては容赦しねぇと身構えたものの、文面が文面であった為に一笑に伏した後、眉を顰めて躊躇した。
その傍らで独りでに理解し、納得する。オレが場地の罪を背負ったんだから、場地がオレの肩を持つのは当たり前だ。じゃねえと、不公平だからな。如何なる媒体を用いたとしても、コイツの言葉は至ってシンプルだった。東卍を潰したい、と。
「んで?おつかいは出来た?」
「ああ、ショボいガキ殴って盛大に辞めてやったワ。」
「ウケる。また殴ったんだ。」
「オマエにだけは言われたくねーし…ムカついたんだよ。」
何かを得るには何かを失う、トレードオフの関係をオレたちは誰よりも知っていた。大義を掲げて反旗を翻すつもりなら、相応の覚悟を見せる必要がある。東卍を抜けたのだって、あくまで前座に過ぎない。スタートラインに立たせてやっただけだ。オレは優しいからな、ダチのオマエを半間クンたちに信用させる手助けはしてやるぜ。
犇めき合うビルの間から窮屈そうに洩れる、街灯と月光を後背に受けて伸びる場地の影を踏んでやる。
「門出祝いにさ、ちょっと付き合えよ。」
煩わしい街灯も、まやかしの傍輩もいない。要らない。
泡ぶくようだった台詞は次第に息衝き始め、口角は意図せずとも上がった。
このまま、時間が止まればいいのに。
その時、確かにオレは思ったんだ。