ボクのいちばんぼし 心の内でだけ取り決めた記念日に、ボクは一歩踏み込んだ。
「キミ、ボクのこと怒ってナイノ?」
公園の片隅のベンチで、ボクとキミは並んで座っていた。熱々の鯛焼きを頬張るキミにそれとなく声をかけると、彼はこちらに目を向け、こてんと頭を傾げた。
「なんのはなし?」
皮肉でもなんでもなく、本当に心からそう思っている。そんな声色、そんな表情だった。
「ボクがキミたちにしたコト」
饒舌な魔術師にしては珍しく、言葉少なに答える。すると、彼はますます不思議そうに視線を宙を泳がせた。
「なんかしたっけ?」
アレのまわりを二十五周は結構前だし、星ブロックケーキは別にイタズラじゃないし……と、丸っこい手のひらを口元にあてながら、彼は真剣な顔でぶつぶつとつぶやきだした。
思わずため息をつく。曖昧な言葉を選んでしまったボクにも非はあるが、これでは埒が明かない。ギュッとマントを握り込むと、ボクは彼を真っ直ぐ見据えた。
「キミたちを裏切った時のことダヨ」
慎重に言葉を紡ぐ。揺れる感情が顔にも声にも出ないように。
ボクの目的を理解したのか、彼はようやく神妙な面持ちになった。食べきった鯛焼きの包み紙をくしゃくしゃに丸めてくずかごに捨てると、彼はボクをじっと見つめ返した。
冴え冴えと冷え切った冬空の下で、キミだけが春の色をしていた。
この星に帰る道を手繰り寄せるまで、多くの同じ形、同じ姿を見てきた。キミが星と呼ばれていたように、彼らも皆、キミが持つそれと同じ、素朴な優しさと芯の強さを持っていた。
だが、それでも、ボクにとっては、あの春の色だけが特別だった。
会いたかった。
遥か異空を超えてでも、キミに。
この星を再び訪れた日のことはよく覚えている。無事ローアを停船したはいいものの、いざとなるとやはり尻込みしてしまって、船の中でまごついていた。すると、キミの方からやってきたのだ。
「マホロアぁっ!」
ローアが扉を開けると同時に、キミが飛び込んできた。ローアが通知も確認も無しに扉を開けたものだからボクは心底ビックリして、身体がこわばってしまって。そんな状態で思い切り飛びつかれたものだから、そのまま床にひっくり返ってしまったのだ。尻もちをついて痛いのに、見上げたらそんなこと些細だと思えてしまった。
「マホロア! ほんとにマホロアだ! よかったぁ、無事だったんだね! また会えて嬉しい!」
彼は心から喜んでいた。ボクが生きていることを。ボクとの再会を。
「怒ってるよ」
端的な、だがはっきりとした言葉だった。
ヒュッと息が詰まる。胸が痛い。息がしづらい。呼吸が浅くなる。口元を押さえてなんとか平静を保とうとするも、うまくいかない。
冷めた声が脳裏で響く。ああそうなんだ。そりゃそうだよね。何を期待してたんだろう。喜んでたなんて勘違いに決まっているのに、どうしてそんなふうに思ってしまったんだ。せせら笑いに、涙声が混ざり合う。いやだ。お願いだから。どうか、どうかボクを――。相反する感情が、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。喉が渇いて張り付いて、上手く言葉が出なくなって、それでも必死に返答を練っているうちに、先にキミが口を開いた。
「最初は、よく分かんなかった。嘘のはずないのに、って」
嘘のはずないのに? 頭の中でオウム返しをする。文章として聞き取れても、意味を理解することができなかった。
「……嘘なわけがない。きみが話してくれたことも、きみがしてくれたことも、きみが作ったものも、ぜんぶ嘘だったなんて。そんなわけない。そんなはずないのにって」
彼の言葉に、かつての生活を思い出した。あの頃のボクは、ローアのために各地を巡る彼らに、様々なものを用意した。冒険をサポートするアイテム、楽しいアトラクション、興味深いハルカンドラの話。全て、ボクを冠の元に導かせるための餌だった。――当時のボクは、そのつもりだった。
「だから、ぼく、怒るよ。嘘じゃないくせに、うそだったなんて、ウソつくなら」
不意に、ぐっと顔を近づけられた。彼は険しく顔をしかめていた。あの日、キミだってきっとこんなカオをするはずだと、ボクがそう思い描いていた表情だった。
「そんなこと言うきみに。きみに、そんなことを言わせるモノに、ぼくは怒るよ」
彼の柔らかな手がボクの頬に押し当てられた。その力強さに、彼の心からの怒りを感じる。でもそれは、ボクにはひどくやさしくて、あたたかな怒りだった。
「……ボクが聞きたかったノッテ、ソーユーコトじゃ、ないんだケド」
心の震えを誤魔化すように、軽い声色でそう答える。すると、彼は一転して、にかっと笑った。
「それってさぁ、騙したな、許さないぞ! みたいなこと? だったらざんねん! そんなこと、ちっとも思ってないんだもん」
彼はへにゃりと力が抜けたように頬を緩めて、くすくす笑った。
「ボクみたいなのを許しちゃってイイノカィ?」
ククク、と笑い返した。かつては見せないよう努めていた、意地悪な笑い方で。
「許すとか許さないとかじゃないの」
フードの裾をゆるく引き寄せられ、丸いおでこ同士が触れ合った。ボクの視界が、キミの顔でいっぱいになる。
「ぼくは、ただきみが好きなだけだよ」
星空の中に、滲んだ三日月が揺らめいていた。