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    IMAI

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    IMAI

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    プロポーズへの心の準備と荒川組のシノギについての極大妄想

    ##さっちゃんと

     その目には、見覚えがあった。
     
     ナンバと足立さんに指摘されて、俺はその既視感に気が付いた。二人が言うには、さっちゃんは俺への対応だけが違う、ということだった。別に贔屓されている訳じゃない。さっちゃんは俺たち三人に平等に優しい。俺一人だけを特別扱いしているとは思わない。お茶は平等に淹れてくれるし、俺たちの誰が煙草を咥えても、さっちゃんは火を点けてくれる。(そんなことしなくても構わないと言ったけど、職業病だと彼女は笑った。)
     それでも、二人から見るとさっちゃんの俺への扱いだけが違うのだそうだ。それが声色なのか、態度なのか、分からない。でも少しだけ、俺にも引っかかるものがあった。

     瞳だ。俺を見る、その目。真っ直ぐに視線が合って、不意に逸らされる、その秒数。
     俺はその目に見覚えがあった。


     
     二十一世紀が始まる少し前。俺の所属する東城会系の三次団体・荒川組は、表向きには荒川企画という社名を掲げていた。狭いビルの四階に構えた事務所。階下には覗き部屋というストリップ劇場があって、それは荒川企画の所持する店だった。

     荒川企画――荒川組の主だったシノギは、性風俗だった。

     ストリップ、ソープ、それから、大きく関わっていたのはアダルトビデオの撮影と販売だ。といっても、俺自身はそれらの運営制作の中心に関わっていたわけじゃない。
     稼業の周囲を固める下っ端。それが荒川組の下っ端、春日一番の立ち位置だった。
     中学時代の先輩、牛尾パイセンと揉めた一件もそうだ。この辺り一帯でアダルトビデオを販売している大手といえば、荒川企画だ。その顔を立てずに勝手に他のビデオを売られては、極道の面目丸潰れである。それが実際には動物の映像を流すアニマルビデオ詐欺だったとしても、そんな舐めた真似を許すわけにはいかない。

     俺は大抵、フロント企業に関わらない雑務やその場限りのキリトリを任されていたが、「荒川企画」に呼び出しを喰らうこともほんの少しだけ、あった。

     演者の女を探す時と、女を慰める時だ。

     俺はソープ生まれ・育ちのお陰か、人より「後の無い女」を見分けるのが上手かった。それが得意だなんて自覚はなかったが(嬉しくもない)スタッフに褒められたことがある。いわく、俺が見つけて来た女はバックレることがほとんど無い、とか。
     お金に困っている、切羽詰まっている子が、なんとなく分かるのだ。派手で高そうな服を着ていてもその裾が擦り切れているだとか、逆に、髪に手入れをする余裕もないような子。見た目はごくごく普通でも、話し掛けた際の反応で分かることもある。匂い、みたいなものがあるのだ。勿論、実際の体臭とかじゃない。懐かしさと言ってもいい。見たことがある・知っている危うさ、そういうものを肌で感じることがあった。

     アダルトビデオの出演は、風俗に出るより稼ぎは低くなるが、体を傷つけることも少なくて済む。多くの人間と関わるのが不得意なタイプの女の子は、ビデオ出演の方が向いていることもある。
     とはいっても、時はアダルトビデオ全盛期だ。オーディションも開催していたし、自分から門戸を叩く女の子だって少なからず居た。だから、街中でそういう女たちを見付けてくる命令は、滅多に下されることはなかった。

     どちらかというと俺に期待されていたのは、演者の女達を慰めることであったと思う。俺は監督でも男優でもアシスタントでもない。組ではしょっちゅうカシラにぶん殴られて、顔に痣を作っている下っ端だ。極道とはいえ、俺の組での立場の弱さは女達にもすぐに伝わった。そうすると、彼女たちの警戒は緩む。仲間意識だ。俺も、彼女らも、仕事の場での最底辺。そうして少しだけ口の弛んだ彼女たちのストレスと愚痴を、聞いてやるだけの仕事だった。

     大抵の男は解決策の見えている女の愚痴を嫌がる。文句を吐いた所で結果は変わらないのだから、黙ってさっさと仕事を済ませてしまえ、と、苛立つ野郎が大半だ。黙って頷いてやるのが苦痛なのだ。
     その点俺は、桃源郷の姉さん方の愚痴を聞き慣れている。風俗の女の姦しさを聞いた数だけでいえば、生まれた次の日から聞いていたのだ。そんじょそこらの男には負ける気がしない。

     泣きじゃくる女を慰めるのは、世の男が思うより難しい仕事ではない。隣に座ってただ話を聞いてやればいい。内容を真に理解できなくてもいい。ただ、真面目に聞いてやるのだ。暖かい飲み物でも手渡してやって、身体には触れない方が良い。三十分も泣いてみれば大半は落ち着いて、こちらの話を聞いてくれるようにもなる。

     ただ時折注意しなければいけない目があった。ビデオに出演する理由として、金だけが目的と割り切れている子はいい。しかし、中には金だけが目的ではない場合があった。
     寂しさだとか、誰かに求められたいだとか、そんな精神的な拠り所を求めて神室町をうろついている女というのは少なくない。そういう女は、俺が隣にいることを、純粋な優しさだと勘違いすることがある。それが愛情由来の寄り添いだと、期待する。
     すがる瞳だ。
    「一番」
     俺の名を呼んで、じっと見つめるその瞳。期待、勘違い、羨望、依存。

     俺は彼女達に仕事で、上からの命令で寄り添っていたのだ。俺はそんな目から、ずっと逃げ出してばかりいた。
     俺は彼女たちを傷つけたくなかった。
     


    「さっちゃんもその気があんだろうよ」
     足立さんが臆面もなく言う。その言葉に、俺は心底驚いた。それと同時に、しっくり来てしまった。多分ずっと前から、気付かない振りをしていたほんの些細な違和感に。
     でも、昔の俺と今の俺は違う。バスローブを着てライトに囲まれたベッドに座る女達と、さっちゃんは違う。逃げ出す必要はない。

     今の俺なら彼女に見合うことができる。

     もう極道ではない。足を洗った。まともな職にもついている。街の人間にも、好かれている――と言っていいだろう。皆良くしてくれる。ハマの英雄だなんて自惚れる気はないが、俺とさっちゃんが結婚したとして、きっとみんな祝福してくれる。
     少なくとも俺との結婚が、彼女の立場や生活を傷つけることはきっとない。

     相変わらず料理はからきしだが、このところは一人暮らしも板についてきた。掃除や洗濯、買い物、ゴミ出し。何でもちゃんとやれる。中卒の俺が、一人前に敬語もきちんと使えるようになったんだ。人に合わせて暮らすことも出来る。
     もし子供ができたなら絶対に可愛がる。育児をさっちゃん一人に押し付けたりなんかしない。おむつだって交換するし、夜泣きをするなら俺が一人であやしたっていい。かつて桃源郷の姉さん方が、俺にそうしてくれたように。

     そう思うと自信が湧いてきた。
     俺は彼女を幸せにできるのかもしれない。

     さっちゃんは若い頃から苦労してきた女の子だ。まだ十代の時から家族を支えて水商売に身をやつし、まだ三十代の若さでチーママを任されている。さっちゃんの店はさっちゃんが居なければ回らない。さっちゃんが仕事を続けたいなら、俺は主夫をやったっていい。どんな形であれ、彼女を助けてやることはできる。

     そうしたら俺は本当の家族が持てるのだ。
     夫と妻と子供。仲睦まじい小さな一家。

     それは多分、荒川の親っさんも望んでいたことだ。親っさんは行き場のなくなった極道達に居場所を与えてやりたいと言っていた。その行き場のなくなった極道の一人には、俺も入るんじゃないだろうか? 

     俺は自分の手で、俺をまっとうな人間にしてやれる。誰かを犠牲にするのではなく、誰かを助ける形で。それは素晴らしいことに思える。

     俺はこの歳まで碌にデートもしたことがなかった。人に恋をしたこともなかった。誰かと幸せな家庭を築くことなんて、夢見てもいなかった。
     だけど、そんな俺でも、普通の平穏を、普通の幸せを求めてみてもいいのかもしれない。幸福の予感が飛来して、気持ちが浮足立った。
     
     足立さんと難波に背を押されて俺は立ち上がった。

    「なあ、さっちゃん」




    ***********

    一番は恋に恋してる
    さっちゃんには振られる
    「できるかできないかじゃなくて、したいかしたくないかでプロポーズしなさいよ!」
    「結婚なんかしなくたって、血の繋がりがなくたって、私たち仲間(家族)でしょ!」
    もしかしてやっぱりくっつくんじゃないの~~??
    くらいのEDを期待しているんですけど、まあ、普通に最後ライスシャワーを浴びる幸せな二人…HAPYYEND…の可能性も全然あるよな…って身構えてます!うふふ!
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