フェルの番観察日記(
まさか自分の番に選んだ相手が「男」で「人間」で「異世界から来た者」になるとは思わなかった。
しかし、これが運命というやつよ。
我は魔導コンロで番が飯を作るのを後ろで眺めながらうんうん、と頷く。
初めて会ったときは随分弱くて頼りない人間だ、と思ったものだ。
だが話を聞くと、召喚された国で戦争が起こりそうな気配をいち早く察し、逃げてきたというのだから驚きだ。
異世界に来たばかりで知らぬ事ばかりであったろうに…。
まぁ我なら戦争にも負けんがな。
我が番いわく、「弱いものには弱いものなりの戦い方、身の守り方がある」なるほどな。
弱々しい見た目だし、実際此奴は弱いが、それをちゃんと分かった上での判断力、行動力は誉めて良いだろうな。
性格も温厚で優しい…優しさに満ちておるが、誰にでもというわけではない、と番は言う。
自分の手の届く範囲だけ、と線引きができておるところが我は好ましく思う。
線の外側の人の王族とか政治とかには興味を持たぬが、屋敷で働く人間や世話になってる人間にはお節介すぎるほど優しく暖かく手をかけ愛情を注ぐ。
その引いた線の内側に我がいるのだ……しかも番ぞ?
その事実が嬉しく誇らしい。
あぁ。番から漂う甘いにおい。
此奴自身の魂の香り。
花の蜜のように甘く、柔らかでにおいだけで我を幸せな心地にさせる。
丸くて形の良い尻も良い。
我に騎乗するとき、我が弾む度に背中に弾力の良い尻が当たる。わざと跳ねまくってたら「痛い。もう降りる」と言われたのでほどほどに楽しんでいる。
毛の生えてないヒトの肌が不思議だったが、触れれば滑らかで、舐めれば舌触りも良い。
そして甘くて美味い。
此奴はにおいだけではなく肌の味も格別だ。
あまりにも美味いので舐めまくってたら「肌荒れする!」と怒られた。
…ので、こちらも控えめに楽しんでおる。
此奴の好ましいところをあげたらキリが無いが、手だ。手は外せない。
飯を作る奴の手は見ていて飽きない。
次々に食材を極上の料理に変えていくその手捌きは魔法のようだ。
あまり見てると「近い近い」と苦笑いで、「もー…これ食べて待ってて?」我のひとくちにも満たぬが料理の端をくれるので喜んで咀嚼している。
料理だけではない。
我の好きな奴の手は、我を優しく撫でるのが上手い。
マッサージとかスキンシップなどと言いながら奴は良く我を撫でている。
その手がまた…極上の心地よさなのだ。
撫でられると力が抜け、思わずウットリと目を閉じてしまう。
夜元気になってなかなか寝ないスイも、彼奴が撫でたりトントンと優しく叩くとそのうち静まる。やはり心地が良いらしい。
「…さ、さっきからフェル、ニヤニヤして…どうした?」
我があまりにも奴を見てたので、さすがに鈍い彼奴も気がついたようだ。
「飯ならもうすぐできる…から」
『飯も楽しみだが、我はお主を見ていた。今夜はどう味わおうかと』
「ば……バカ!フェル!!」
一瞬で真っ赤になりよる。面白い。
あぁしかし。
その頬も、潤んだ黒い目も、震える唇も、漆黒の美しい髪も。
全部が我にとって好ましい。
まさか自分の番に選んだ相手が「男」で「人間」で「異世界から来た者」になるとは思わなかったが、今はもう此奴以外考えられぬ。
優しくて暖かな此奴の眼差しと、その心地の良い手に包んで欲しくて我は身体を寄せる。
「近い近い」と奴は笑い、我の鼻先を撫で。
「大好きだよ、フェル」
吐息混じりな声が我の耳をピクピクと揺らした。
あぁ、この柔らかな声もだ。
日中の柔らかで優しく響く声も好ましいが、一番は夜だ。
我に組み敷かれながら出すあの高くて甘い声はたまらんな。
此奴の身体のイイトコロはすべて把握しておる。だから夜は我の好きなように此奴のナカを突いて甘い声を出させている。
焦らすようにすると此奴から「もっと…」等と切なく言われるのも……
「あーーー!あーあー!フェル!待ってストップ!!」
奴の好ましいところをあげたらキリがない。
……んむ?
「…あぁぁあ…あのさ、フェル?」
『うむ?』
「フェルって思ってること口に出るタイプ?」
『む?』
我が番はもうダメ、と呟いたかと思うとみるみる赤面し、そのまま我の胸に顔を埋めてきた。
ぽすり。
「…さっきからフェルの、念話で全部聞こえてるよ…!バカ」
『ぬっ!?』
何……だと…!?!?
思っていたことが念話に漏れてたとは…!?)
ぎゅう。
我の胸毛を掴む此奴の手。
恥ずかしさを押し殺すようにプルプルと震えておる。
『す、すまなかった…』
これは謝っておいた方が良さそうだ。
奴との付き合いで我はそう素早く判断する。
「は、恥ずかしくて…気付かないふりしてたんだけど…限界……!」
はー…。
我が番は長く息を吐いて暑い暑いと手をぱたぱたさせて自分をあおいでいる。
「……沢山、俺のこと好きになってくれて…ありがとう」
『……うむ』
「びっくりしたけど…嬉しかった………」
あぁもう溜まらん。
オスを煽る天才なのか此奴は!
我の毛並みに隠れる我が番を捕まえ、正面に立たせる。
真っ赤な頬はいつか此奴に食べさせて貰った「桃」という果実にソックリだった。
『愛している、我が番よ』
「うん……」
潤む此奴の眼に我の顔が近づくのが映る。
やがて我と番は人間の愛情表現である口と口を付ける「キス」をした。
我の念話は他の従魔達にも垂れ流しだったようで、しばらくドラとスイから『わい談おじちゃん』と不名誉なあだ名で呼ばれることになる…。
おわり。