luz de la luna とある国のとある町はずれの森にある古くて大きな館。大きな扉をノックして中へ入る。返事はいつもない。
「ドクター、邪魔するぜ」
「私はドクターではありませんと何度言えばわかるのですか、ガスト」
「あれ、ガストくん、珍しいねこんな時間に」
「こんな時間って、もう0時過ぎてるぞ、ノヴァ博士」
ここは何かの研究や実験をしているノヴァとヴィクターが住む館。同じ森の中で暮らすガストはたまに遊びにきていた。用がある事がほとんどだが、ヴィクターに呼び出されて実験に付き合ったり、暇を持て余して他愛ない話をしたりしなかったり。二人が何を目的にどんなことをしているのか、ガストは知らない。ただ、自分と対等に接してくれる二人と過ごすことはガストにとって心地が良かった。
ガストの活動時間は太陽が沈み月が出る頃から、再び太陽が昇るまで。ヴィクターはいつ寝ているのかわからない。ガストがここを訪ねる度、必ず起きている。ノヴァは寝ていたり起きていたり、日によってバラバラだった。
「あらら……また寝ちゃってたのか〜。最近、本当昼夜逆転しちゃってて…困ったなぁ」
「そう言いながらまた朝まで起きているのでしょう、ノヴァ。それで、今日はどうしたのですか?」
ノヴァの言葉に呆れたようにため息を吐きながら返すヴィクターに問いかけられ、ガストはここへ来た用事を思い出す。少しためらいながらも用件を口にすると、ヴィクターはまたため息を吐いた。
「あ、えーっと、またアレもらおうと思ってさ」
「またですか。そろそろ新鮮なものを手に入れた方が良いと思いますが……」
「あー、わかってるんだけどさ、どうも女は苦手で。男は口に合わなかったし……」
「あれ、ガストくん、まだ女の人が苦手なの?」
「前よりはましになったんだけど、まだ苦手で……。慎重になりすぎてるのか、なかなか上手くいかないんだよなぁ」
ガストは人間の生き血が生きる糧になるヴァンパイアだ。この町では『ヴァンプ』と呼ばれている。人間を必要としながらも共存が難しく、他の同族との争いもある中で、生き血を手に入れるのは大変だった。それでも、必要最低限の血液は必要だ。だから、人間に手を出すこともある。ヴァンプは自分とは異なる性を持つ相手の血液ではないと体が拒絶反応を示すことが多い。稀に、同性でも反応が出ない者もいるが、ガストは異性でなければならなかった。
「お待たせしました。これに頼るのも構いませんが、近頃供給が減っていますので、早くご自身で確保することに慣れて下さいね」
「供給が減ってる?何かあったのか?」
「森の入り口に、無人の教会があったのは知ってるよね。あそこに最近、新しい神父さん……聖職者の子がきたみたいで」
「ノヴァや私の実験、研究内容に協力的な方々とはあの場所で実験用としてさまざまな供給を得ていたのですが、人が来たことにより使用できなくなりました。今は別の場所で行っているのですが、森深くにあるせいで人間の足が遠のいてしまっているのです」
「そうそう。だから、それも貴重な1つなんだよ~」
ヴィクターから手渡された血液パッドへ視線を落とす。これをもらいにくるのはガスト一人ではないと聞いた事がある。ヴァンプは血液を摂取しなければ、生きていけない。供給が減り安定した提供が出来なくなるかもしれないと言われれば、自ら動かなければならない。今まで必ず手に入れられていたものが手に入らなくなるかもしれない。それはガストにとって大問題だった。
「やるしかないのか……はぁ」
「まぁ、まだストックはあるし、無理しないでね」
「でも悠長にしてられねぇし、頑張るよ。……それにしても、聖職者、か」
「貴方にとって、聖職者は天敵ですよ。不用意に近づかないでくださいね」
「ああ、わかってるよ。ありがとうな、ドクター。ノヴァ博士も。それじゃあ、また」
軽く手を挙げて挨拶を済ませ、大きな扉を開く。来た時よりも明るい外に眉をしかめる。見上げた空には無数の星が輝いていた。
「ノヴァ」
「うん、多分、会いに行くだろうねぇ」
館を出たガストが向かった道は彼の住処とは反対方向だった。おそらく、教会へ向かったのだろう。ヴァンプにとって聖職者は天敵だ。ガストにとって聖職者は天敵であり、探し人だった。町に出かけて教会を訪ねては、人を探している。それを知っていて、ノヴァは敢えて聖職者の話をした。
「……彼は幼い頃、女のヴァンプに噛まれて眷属となり、そのヴァンプが死んでようやく自由に動けるようになりました。ヴァンプに捕まったこと、ヴァンプになってしまったことは、彼にとって不運としか言いようがありません」
「うん、そうだね。そして、そのせいで聖職者と接触すると火傷を負ってしまう。……その度に、皮膚培養力の高いヴィクから移植してる。いつもありがとね、ヴィク」
首筋、頬に伸びるヴィクターの継ぎ接ぎを指で撫でる。いくら皮膚培養力が高くても、短期間で移植を繰り返していては、間に合わない。火傷の範囲が広ければなおのこと。最近はその頻度が高くなっていた。
「彼にも困ったものですね、そろそろ懲りてもらわないと私が尽きてしまいます。……私の不運は貴方が私の主人であることですね」
「ええ!?そんなふうに思ってたの!?ひどいよヴィク~~!」
泣き顔で抱きついてくるノヴァを真顔で見下ろした。モノクルが月明かりでキラリと光ってノヴァの髪を照らす。足をバタバタとさせる幼い仕草に思わずヴィクターから微笑みが漏れた。
「冗談ですよ。抱き着かないでください、縫合がまた緩みます」
「ああっ、ごめんごめん」
「……何事も起きないと良いのですが」
「うーん。そうだねぇ……せめて、溶けないで欲しいなぁ」
二人で見上げた窓の外には、大きな三日月が浮かんでいた。
to be continue...