「今日も吸血鬼が家で待ってる。」汐月さん→吸血鬼
モブ君→人間
「ごめんね、帰るの遅くなっちゃって。」
カーテンを締め切った僕の部屋には、吸血鬼になった友達が居る。
「ううん、大丈夫だよ。」
吸血鬼になった友達……あすかちゃんは、そう言うと少しやつれた顔で弱々しい笑顔を浮かべた。
吸血鬼は、最低でも一日に一度血液を摂取しなければいけないらしく、それ以上摂取していないと強烈な飢餓感に襲われるのだそうだ。
昨日は少し早い時間にあげてしまったから、本当なら今日はもっと早くに帰ってこなければいけなかった。
「あのね、モブ君……。」
制服に血が飛ぶと大変なので汚れてもいい部屋着に着替えている僕の鼓膜に、ふとあすかちゃんの弱々しくか細い声が触れた。
「もう……血をくれなくてもいいよ。」
「……え?」
あすかちゃんに背を向けていた体を一気に捻る。
血液不足で力の入らない体と霞んだ目をしたあすかちゃんを、僕の視界が捉えた。
そんなに弱ってるのに……どうして……。
僕じゃ、駄目なの……?
「モブ君、いつも痛いでしょ?傷はすぐに治るけど、痛みが無いわけじゃないもんね。」
「ぼ、僕なら大丈夫だよ。あすかちゃんこそ、今だって凄く辛いでしょ?我慢しなくていいんだよ。」
あすかちゃんは人間だった頃もいつも頼りになる人を演じて、頼りない自分は誰にも見せなかった。
でも吸血鬼になって……誰よりも先に頼ってくれたんだ、僕を。
だから……こんな事を言うのは良くないかもしれないけど、僕だけが頼られるこの状況を喜んでないと言ったら嘘になる。
「でも……。」
「僕は大丈夫だから。ね、あすかちゃん。」
僕は袖を捲った腕をあすかちゃんの口元へ持っていく。
ゴクリ、とあすかちゃんの喉が鳴ったのが聞こえた。
苦虫を噛み潰したような泣きそうな顔で、あすかちゃんは僕の腕を見つめる。
それから控えめに口を開いた。
「……じ、じゃあ……ちょっとだけ、ね……?」
震える唇が、そう言葉を紡ぐ。
掛かった、と上がりそうになる口角を、下を向いて隠す。
ガプ……と、控えめに、でも力強く、少し前まで無かったはずのあすかちゃんの牙が、今は確かに僕の腕の皮膚を突き破っている。
ビリッとした痛みが、あすかちゃんが傷口を舐める度にジワジワとした痛みに変わっていく。
「ちょっと……だけ……もう、ちょっとだけ……だから……。」
あすかちゃんは僕に言っているのか自分に言い聞かせているのかわからない独り言を呟きながら、眼前に滴る僕の血を必死に舐め取っている。
その目は、明らかに人間のものじゃなくて……。
そんなあすかちゃんの姿が見られるのはこの世界で僕だけなんだと、その為に今日も消極的なあすかちゃんに血を吸わせているのだと……そう思えば思うほど僕は満足感と罪悪感で満たされる。
……歪な気持ちが僕の中で大きくなっていることは、自分でももうわかっていた。
でも、今更もうやめられない。
……明日は、もう少し遅く帰ろうかな。