ホワイトデーにおにぎりをあげる話「え、僕が作ったおにぎり?」
目の前で少し恥ずかしそうに頬をかいて目を逸らすあすかちゃんが言った言葉を、僕は信じられなくて繰り返した。
「……うん。」
だけど、返ってくるのは肯定を意味する一音。
勘違いしないでほしいのが、これは明日のお昼ご飯の要望を聞いた訳じゃない。
「本当に、良いの?ホワイトデーの贈り物がおにぎりで……。」
やっぱり信じられなくて、もう一度改めて確認する。
僕がここまで信じられないのには、理由がある。
「うん、いいよ。」
「……でもあすかちゃん、人の手料理苦手じゃなかった?」
「あすかちゃんは人の手料理が苦手」僕はそういう風に記憶していた。
それは去年や今年のバレンタインデーで意識せずともわかる事だった。
学校の人気者であるあすかちゃんは、バレンタインデーに女子からたくさんチョコを貰っていた。
基本的に受け取るあすかちゃんだけど、唯一受け取らないのが手作りチョコだったのだ。
理由を聞いたら、小学生の頃に手作りチョコで嫌な目に遭ったらしい。
それからは人の手が加わったものは食べられなくなったと、そう言っていた。
なのに……あすかちゃんはホワイトデーの贈り物に僕が作るおにぎりを要求してきたのだ。
「モブ君は別だよ。」
「別?」
あすかちゃんの気持ちに揺らぎは無いようで、逸らしていた視線を僕に向ける。
「モブ君は変なモノ入れないって信じてるから。だから……特別。」
まっすぐ僕に向けられた視線が、一直線に信頼を伝えてきている。
その視線が嬉しくて、僕は了承することしかできなかった。
「わかった。じゃあ、作ってくるね。」
ホワイトデーの朝は、少しだけ早起きをした。
前日におにぎりの具を何にするか考えたけど、どれがいいか決められなくて結局塩おにぎりになった。
あすかちゃんとは12時に公園で待ち合わせをしている。
一緒にお昼ご飯を食べようって話になったんだ。
支度を終えて外に出る。
今日は天気が良くてポカポカしていて、そのせいなのかなんだか僕も気分が浮ついてきた。
公園のベンチに座って待っていると、しばらくしてあすかちゃんもやって来た。
「おはよう!モブ君。」
「おはよう。あすかちゃん。」
あすかちゃんはいつにも増して明るい挨拶を僕にする。
あすかちゃんもこのポカポカ陽気で気分が良いのかな?
「はい。これ、ホワイトデーの贈り物。」
そう言って、今更「本当に良かったのかな?」なんて考えてしまった。
でも、その考えは数秒で打ち砕かれる。
「わぁ!ありがとう、モブ君っ!」
だって、こんなにも笑顔を輝かせたあすかちゃんが、僕の持ってきたお弁当箱を大事そうに抱えているんだから。
「早速、食べてもいい……?」
うずうずと待ちきれない様子で聞いてくるあすかちゃんに、本当に作って良かった……と思いながら、どうぞと返す。
ベンチに座って二段弁当の上の段を取ったあすかちゃん。
下の段は僕の分だ。
どっちもおにぎりが二つ入っている。
「あ……。」
「ん?」
そこで僕は重大な事に気がついた。
おにぎりしか、持って来てない……。
お昼ご飯を食べる約束をしていたのに、塩おにぎりしか作っておらず、おかずを完全に忘れていた。
「おかず……忘れて来ちゃった……。ごめんあすかちゃん、塩おにぎりだけじゃ味気ないよね……。」
正直に謝るけど、あすかちゃんから反応は無い。
少し怖くなって、チラッとあすかちゃんの方に視線向ける。
「……モブ君は、塩おにぎりだけじゃ足りない?」
「え……う、うん……。」
あすかちゃんの問いに戸惑いながらも正直に答えると、彼女はしたり顔でにんまりと笑った。
「そうなるかなと思って、おかず作ってきました~。」
ジャーンというように、あすかちゃんの鞄から出てきたのは僕が持ってきたのと同じような二段弁当。
その中に炭水化物は無くて、本当にこうなる事を見越して作ってきたことが窺えた。
「え、凄い……!あすかちゃん、未来予知もできるの?」
「あははっ!違うよ。私はただ、モブ君だけに作らせてくるのは悪いなと思っただけ。」
「あと、飲み物もね。」と付け足し、あすかちゃんはペットボトルのお茶を二本取り出した。
あ……飲み物も忘れてた……。
慣れないことをしたせいか、それとも今日は天気に関係なく浮ついていたのか、いつも以上に忘れ物が多い。
あすかちゃんの持って来たおかずとお茶に感謝しながら、僕はお弁当を食べ始めた。
「……ねぇ、どうして僕のおにぎりが食べたかったの?」
しばらく黙々と食べ進めて、お弁当箱の中身が半分程減った頃、僕はあすかちゃんにずっと疑問に思っていた事を聞いた。
あすかちゃんは一口目と同じ嬉しそうな顔でおにぎりを頬張っていて、それを咀嚼し終えた後口を開いた。
「だって、手作りって近くに居る人じゃないと味わえないじゃない?それがよかったの。」
「どういうこと?」
僕が聞き返すと、あすかちゃんはおにぎりを軽くラップで包みお弁当箱に戻した後、隣に座る僕にまっすぐ向き合うように座り直した。
「モブ君が今私の傍に居る。私にとって、これ以上の贈り物なんて無いから。」
そして、僕に優しく幸せそうな笑顔を見せてくれる。
僕は、この笑顔にとことん弱い。
「だからモブ君。今日も隣に居てくれてありがとう。」
その笑顔を見つめながら、僕は思った。
「こちらこそありがとう。あすかちゃん。」
来年のおにぎりは、何の具にしようか。