エイプリルフールの冗談4月1日、それは一般的にエイプリルフールというイベントで盛り上がる日。
エイプリルフールは一年に一度嘘を吐いても許される日で、そんな日に僕の元へは、嘘みたいな連絡が入った。
「はぁっ……はぁ……っ……!」
その連絡を受けて、僕は一心不乱に走った。
だって、嘘だ。そんな……。
そんな……っ!
「あすかが突然倒れて意識が戻らない。」
電話口から聞こえる茜ちゃんの声は確かにそう言った。
信じたくなくても、嘘だと思いたくても、それは事実だった。
たまたま外出していたせいで、あすかちゃんの家に着くのが遅くなる。
それだけで苛立ちを覚えるほどに僕の心は切迫していた。
鍵は開いてると伝えられたあすかちゃんの家。
僕は急いで靴を脱ぎ、揃える暇もなく階段を登った。
何も考えず勢いよくあすかちゃんの部屋のドアを開ける。
「あ、茜ちゃん……!あすかちゃんはっ……!?」
息切れで途切れ途切れの僕の声とは対照的に、茜ちゃんは落ち着いていた声で答えた。
「しげ兄慌てすぎ。そんな心配しなくても大丈夫だよ。」
「え……?で、でも、意識が戻らないって……。」
混乱しながら僕が言うと、茜ちゃんは少し気まずそうに目を逸らす。
「あー……そうだったんだけど、しげ兄に電話した後すぐに目が覚めたんだよね。今はまだ寝てるけど……。」
「そう……だったんだ……。」
なんだか突然、今まで強ばっていた体から力が抜けて、僕はその場にへたり込んだ。
嘘だったらいいと思っていた茜ちゃんからの連絡。
意識が戻ったっていうのは……嘘じゃない、よね?
「茜ちゃん、しばらくここに居てもいいかな?」
「いいよ、しげ兄なら。あたし下で宿題やってるから、帰る時声かけてね。」
僕が承諾したのを確認すると、茜ちゃんは部屋を出てドアを閉めた。
前から茜ちゃんは小学生にしてはさっぱりしていると思っていたけれど、今はその性格に感謝した。
体に力を入れて立ち上がり、ゆっくりとベッドで眠るあすかちゃんに近づく。
さっきまで茜ちゃんが座っていたであろう椅子に腰かけて、心配になるほどに静かな寝息をたてるあすかちゃんの寝顔を覗いた。
茜ちゃんは目覚めたって言っていたけど、僕はまだ、あすかちゃんが目覚めた所を見ていない。
一抹の不安に呑み込まれそうになる前に、あすかちゃんの瞳が見たい。
嘘じゃなくてもいいから、せめて……もう大丈夫だって、笑ってほしい。
あすかちゃんの笑顔は、何よりも安心する。
だから……。
「ん……。」
「! あすかちゃん……?」
今、確かに微かに瞼が動いて声が聞こえた。
そして、僕の声に答えるように、あすかちゃんはゆっくりと目を開ける。
「あれ……茜……?」
あすかちゃんは先程目覚めた時に居たからだろうか、茜ちゃんの名前を呼んだ。
「茜ちゃんなら今下に居るよ。呼んでこようか?」
「あ……えっと……大丈夫。」
その時、僕は違和感を覚えた。
あすかちゃんの態度がやけによそよそしい。
「まだ、気分良くないの?何か欲しいものはある?水とか……。」
「大丈夫……!大丈夫。あの……聞いてもいい……かな。」
「どうしたの?」
この時、聞き返さなければ良かったのかな。
いや、どの道こうなってたのか。
「えっと……君、誰?」
申し訳なさと混乱が入り交じったような表情で、あすかちゃんは僕に言った。
……え、僕に?
「え……あ……僕は、影山茂夫……。ていうか……え……あすかちゃん、覚えてないの……?」
僕も混乱して、咄嗟に名乗ってしまった。
だって、信じられない。
あすかちゃんが、僕を忘れて……。
茜ちゃんは覚えてたのに……?
僕だけ、なのかな……。
「……モブ君……。」
ぐるぐると回る思考回路が、あすかちゃんの声で止まる。
今、あすかちゃんの声ははっきりと僕を「モブ君」と呼んだ。
僕は自分でモブと呼ばれていることを言っていないのに。
だから、覚えてないあすかちゃんが、知るはずないんだ。
だから、えっと……だから……。
僕はまた混乱し始める頭を上げて、縋るようにあすかちゃんに視線を向ける。
もう少しで、涙が出そうだ。
「あ、あはは、ごめんモブ君!今日ほら……エイプリルフール、でしょ?だからちょっと、からかってみちゃった!」
あすかちゃんは、僕とは正反対に明るく笑う。
今までの僕の不安を全て打ち消すほど明るく。
明るく。
「ほんとに……?本当に、冗談……?」
「冗談冗談!私がモブ君のこと忘れるわけないでしょ?嘘吐いちゃってごめんね!」
僕は椅子から立ち上がって、ベッドに座るあすかちゃんに近づく。
「一年に一度しか無いからさ、つい魔が差しちゃったんだよね……!」
僕が嘘を吐かれて怒っていると思ったのか、あすかちゃんは必死に言い訳を並べている。
だけど、僕は……そんなことはどうでもいい。
「忘れてなくて……良かった……。」
ベッドに座っていつもより低い位置にいるあすかちゃんを、上から抱きしめた。
「忘れられたと思って、すごく怖かった。」
「ごめんね。もう二度とこんな冗談言わないから。」
「……ごめんね。」
あすかちゃんはそう呟いて、少しぎこちなく僕の背中に腕を回した。
「……良いのかよ、あれで。」
彼が帰った部屋で黄牙が呟く。
「良いんだよ、あれで。」
私はベッドの隣にある窓の外を眺めながら同じように返した。
「でも……お前覚えてねェだろ。」
「……。」
私は、先程まで居た彼……影山茂夫くんのことを全く覚えていない。
「さっきはありがとうね。『モブ君』って呼び方、教えてくれて。」
「あぁ……でも、あんなのその場しのぎだぜ?これからはどうすんだよ。」
「これからも、黄牙が教えてくれればいい話でしょ?」
「はァ!?俺任せかよ。」
面倒くさそうにため息を吐くこの妖怪は、なんだかんだで手伝ってくれる。
私は、それを覚えている。
「第一、なんで嘘吐いたんだ?正直にそのまま受け入れてもらえばいーじゃねェか。地味顔なら拒否しねーよ。」
「……それは……」
彼のことは覚えていない。
だけど、
「悲しませたくないって思ったの。彼のこと。」
彼の悲しむ顔を見て心が酷く痛むことを、私は覚えていた。