「今日も吸血鬼が家で待ってる。」モブ君→吸血鬼
汐月さん→人間
「っ……ハァ……ハァッ……!」
私は、自分の家への道のりをひたすらに走った。
乱暴に家の門を開閉して、激しく上下する肩によって震える手を力任せに押さえつけて玄関の鍵を開ける。
少し前まで私しか住んで居なかったこの家は、もう夕方だというのにどこにも電気が点いていなかった。
焦る気持ちが更に心拍数を飛躍させる。
「っ……モブ君ッ……!!」
不安で押しつぶされそうなまま、縋る思いで自分の部屋の扉を開ける。
「あ、おかえり。あすかちゃん。」
そこには、昨日、一昨日と同じ影があった。
……良かった……居てくれた……。
安心したからか腰が抜けて、思わずその場に座り込む。
「すぐに帰って来られなくてごめんね。体調大丈夫?」
「うん。何ともないよ。だから、そんなに慌てなくても平気だよ。」
立ち上がったモブ君が「学校お疲れ様。」と言いながら、私の隣にしゃがんでまだ息の整っていない背中を優しく摩る。
背中に伝わる冷たい体温が、モブ君はもう人ではないという事と、確かにここに存在しているという事を証明してくれた。
でも……モブ君がここに居てくれる理由は、私が血をあげられるからだ。
「着替えたらすぐ血をあげるから、ちょっと待っててね。」
足に力を入れて、無理やりフラフラと立ち上がる。
手早く着替えを済ませ、私のベッドに座ってぼーっと床を見つめているモブ君の隣に座る。
「どうかしたの?……悩み事?」
「……うん……僕のせいであすかちゃんに負担をかけているんじゃないかって、今日一日ずっと考えてたんだ。」
……それってもしかして、他の人の事を頼ろうとしてる……?
駄目……そんな……待って、やめて……。
「ふ、負担なんかじゃないよ……!私がしたくてしてるんだよ……?」
モブ君は、私と違って頼ろうと思える人がたくさんいる。
だから私の所に最初に来てくれたのは、本当に奇跡みたいな事で……。
それを手放したら、もう二度と手に入れられる事は無いだろう。
そんな焦りが、声色に滲む。
「……でも……。」
「モブ君。」
未だ渋り続けているモブ君の声を、半ば強引に遮って意識を向けさせる。
モブ君の視線が私と絡み合ったのを感じて、ゆっくりと両手を広げた。
「おいで、モブ君……。」
今の私はどんな顔をしているんだろう。
目の前のモブ君は泣きそうな少し切なげな表情をしているから……多分、同じようなものかな。
ぼんやりと考えていると、首の左側にビリッと衝撃が走る。
モブ君が首に噛み付いたのだ。
その勢いを受け止められず、私の背中はベッドに包み込まれた。
無我夢中で血を啜るモブ君の頭を、優しく撫でる。
……モブ君は、ここに居る。
……モブ君が、まだ私の血を求めてくれている。
その事実が嬉しくて、思わず笑みが零れた。
「ねぇ、どうして……」
「?」
そこまで言って、口を閉じた。
口の周りにベッタリと私の血を付けたモブ君が、不思議そうに私を見つめる。
その目に笑顔を映しながら、私は心の奥底で思った。
やっぱり、聞かないでおこう。
「……ううん、何でもない。」
私がそう言うと、まだ足りないのかモブ君は再び私の首に顔を埋めた。
私もまた、優しくモブ君の頭を撫でる。
「……。」
モブ君と一緒に居たい人はたくさん居る。
私は今、そんな人達からモブ君を取り上げて、独り占めしているのだ。
それが許される状況になってしまった。
モブ君が、私の所に来てくれたおかげで……。
その事実があれば充分だ。
だからせめて今だけ、ほんの少しの間だけでも……
この歪で幸せな時間に浸っていたい。
だから……ね、モブ君。
私以外の人の血を吸っちゃ、ダメだよ……?