残留「そろそろ寝るか」
一人暮らしの部屋でポツンと独り言を言い、小戸川はよいしょと布団を敷いた。寝巻きに着替え、剛力に処方してもらった薬を飲み、布団と布団の隙間に体を捻り込む。
(効かない薬だと言うのに、我ながら律儀だわ)
どうせまた数時間後に白んだ空を絶望的な気持ちで眺めることになるのに、性格だろうか、キッチリ服薬は守っている。
やがて脳の裏が細かく痺れる感覚が広がり、ふわりとしたごくごく軽い眠気がやってきた。この状態になると手足は軽くふらつくし、タクシーの運転などままならない。
ぼんやりと天井を見上げて、意識が飛ぶのを待っている。
(天井のシミを数え終わる頃には……なんて言葉あったな。なんだっけ、下ネタだっけ)
見つめていた天井のシミが羊のような形に見えて、ふ、と鼻を鳴らした。
羊を数えると眠れるなんて俗説を堂々と言う、白川のことをふと思い出した。
(あ、マズイ)
とは思ったが、小戸川の脳内はすぐに彼女でいっぱいになってしまった。
(いや白川さんはアルパカだから。羊じゃなくて。今俺に必要なのは羊をかぞえることであって)
誰に訊かせるでもない言い訳を並べて頭を軽く振っても、白川は出て行かない。潜在意識の中に入り込み、居座り続ける。
(まるで本物の白川さんみたいな振る舞いだ)
小戸川は脳内から白川を追い出すことを諦めた。
(せめて夜の間だけでも)
小戸川は瞼の裏にいる白川にうっすら笑いかけた。本当に、わかるかわからないかの笑み。白川も笑い返す。現実で起こり得ないことを、夢か現かわからないこの時間だけでも楽しむのもわるくないだろう。
こうして、小戸川の予想通り、いつのまにか空が白んでいた。白川の笑みは優しく残ったままだったので、打ち消すのにとても苦労するハメになった。