『聖女はオオカミを喰らう』『聖女はオオカミを喰らう』
逢魔時。誰もいない境内に屈み独り、100円ライターで火をつける。
ぱちぱち、ぱちぱち。
羽宮さんへ、と書かれた白い封筒が火で炙られ、地面で揺れだす。
今週に入ってからは、まだ2通目。先週は5通、下駄箱へ捩じ込まれていた。
中学にあがってから、色づきだしたキモい連中の手紙にはウンザリだ。迂闊に封を切って、自分の指も一緒に切ってしまってから、わざわざ中身を確認するのはやめにした。
封を開けたら、指が切れるようカミソリが仕込まれいて。オレの指から滴る血に濡れた便箋には『◯◯先輩に色目を使うな!優等生ぶりやがって!死ね!!』と怨念たっぷりの殴り書き。
――うるせぇ、テメェが死ね。つか、◯◯って誰だよ。馬鹿か。
悲しい、とか。怖い、とか。よりも純粋に、殺意がわいた。
オレのガッコーは、お節介にも中間・期末の結果が上位20名まで各クラスの掲示板に貼り出される。で、オレは毎回5位以内に名前が載ってて。センコーがやたらテストの後になンと『今回も、うちの羽宮は素晴らしい成績をおさめた。まさにクラスの誉れだな。みんな、羽宮を模範としなさい』なんて、余計なことを言う。死ね、腐れバーコード禿げ。
オレは離婚した父親の顔色を伺って、勉強をする癖が未だに抜けないだけだ。いつになったら、やめられるのかはわからない。これは一種の呪いだ。誉れなんかじゃ、絶対にない。
「……死ねばいいのに」
ぽつり、呟いて。神社の境内で場地と同じ銘柄の煙草にも、火をつけた。『模範的な優等生』のオレは他の生徒と違って、手荷物検査が実施されない。学年主任兼、担任のバーコード禿げが勝手に決めた、特例だ。だから煙草の1箱や2箱、スカートのポケットに突っ込んでても問題なし。
めらめらと燃え盛る夕陽へ、ふぅ、と煙を吹きあてる。
場地との待ち合わせまではあと、10分。丁度、境内を燃やす夕陽が沈む頃だ。
――場地と出会ったのは、中学にあがる少し前だった。
冷め切った夫婦生活に終止符を打った、母親に引き取られたものの。母親は毎日仕事仕事で、自分の子供の誕生日さえ忘れる始末。家に帰って『ただいま』と母親へ声をかけても、『うん、』とか無機質な返答しか返ってこないのにオレは心底うんざりして、退屈だった。だから、なんとなく同じ学年の少しイキってる男子と遊ぶようになった。
周囲からは、ビジンでひんこーほーせーな羽宮さんが、不良の男子に絡まれてる、としか見られてなかったし。実際、頻繁に金をたかられたけど。話しかけても『うん』しか返さない母親と一緒にいるよりは、はるかにマシな気がした。……『友達』だと思ってたから。
あと、イキってる男子うちのひとりがつけてる、チリンって鳴るピアスがイカしてて。すげぇ良く見えた。ただ、そんだけ。
で。
そんなバカなオレを拾ってくれたのは、誰でもない、場地だった。場地だけ、だった。
定例になりつつあった、イキり男子達との夜遊びの最中。立ち寄ったゲーセンで、たまたま場地と出会って。たまたま、イキり男子が場地の逆鱗に触れて。
イキってるだけで碌に喧嘩もしたことねぇガキが、ちっせー頃から道場で鍛えてた場地に敵うワケもなく。ワンパン食らっただけで、イキり男子はオレをアッサリ見捨てて逃げた。ダセェにもほどがある。最悪だ。
でも、オレはそん時まだ勘違いをしてた。自分をアッサリ見捨てた奴をダチだと思ってたから……思っていたかったから。場地に食ってかかって。
イキりどもの金づるか、とんだ仲間だな、てな風に鼻で笑われアタマにキた。場地は女に手をあげたりする奴じゃないから、オレが一方的にキレ散らかしただけだったけど。
そんなオレに、場地は。テメェのことなんか、他人だからわかんねぇ、って言った癖に。「友達の為に体張れる奴はキライじゃねぇよ」と、続けた。
……はじめて、だった。
ちゃんと、『オレ』を見て言葉をくれたのは。場地が、はじめて、だったんだ。
虫でも蔑むみたいな目でオレを見下す、父親。オレから目を逸らし続ける、母親。テストの点数しか見てないガッコーの奴ら……オレを財布にして、都合が悪くなったら即捨てたアイツらとも、場地は全然違うイキモノ、だった。
そっから、オレは場地とツルみだした。場地はオレと違ってガッコーへ行かず、その辺で喧嘩したり好きにブラブラしてるから、いつでも一緒、ってワケじゃないけど。
放課後や、ガッコーが休みの日は殆ど一緒に過ごしてる。
そして、今日も聴き慣れたエンジン音が石段の下で停止した。
「一虎ァ!!」
境内にドスの効いた声が響く。
オレは咄嗟に顔をあげる。視線の先には、肩まで無造作に伸ばした髪のところどころへ入った金メッシュ揺らす、ガタイも顔もイイ男――場地の姿。
「場地……」
場地は大股で素早くオレのとこまで寄ってくると、もう隅っこしか残ってない燃えカスを忌々しげに睨む。
「また、ラブレター?」
「知らない。中身、読んでないし。ラブレターかもしんないし、また誰かに色目使うな、とか書かれてたかも……どっちかな」
「チッ、」
ザリッ。
場地が忌々しげに舌打ちしつつ、まだ火がついていた手紙をブーツの底で踏み潰す。何度か境内で先に待ってた場地に火をつけかけた手紙を取られ、読まれたことがあるから内容は大体知られてる。
「気に食わねェ……」
それじゃなくても、厳つい面してんのにこうやって不機嫌丸出しで眉間へ皺を寄せてると、まさに野生の狼って感じだ。オレは場地のこういうとこが、他の奴らと違って気に入ってたりする。
「……オレは割と気に入ってンけど」
「?」
「場地が、オレの為にそーゆー顔してくれんとこ」
何か文句を言いかけ、半開きになった唇にワザとらしいリップ音を立ててキスをする。相変わらず、何のケアもしてないカサついた硬い唇の感触にオレは満足し、ニィッと笑う。
「ったく……」
「ネ、場地。オレ明日、日曜日でガッコーないから、どっかとーくいこ」
「……家帰んなくていいのかよ」
「一回帰った。替えの下着とか取りに」
普段より少し重い学生鞄を差し出すと、場地は無言で受け取り歩き出す。
オレが、オレの家や親を忌避してるのを。オレの母親が、オレに対して完全無頓着で。自分のガキが家にいようが、いまいがまったく気にも止めていないのも。場地はよく、知っている。
そんでも、オレは場地とは違ってまだ一丁前にガッコーなんか行ってっから。家に帰らなくていいのか、とか変に気を遣ってくれる。自分は近頃、元白豹と謳われてた族のいる組へ入り浸ってン癖に。
「場地のゴキで、海行こ。とーくの海。まーっくらで、なーんも見えなさそうな海」
「ンで、そんなとこ行くんだよ。もっと、夜景の綺麗な横浜とかあるだろが」
「暗くて、なんも見えないとこのが場地と世界で2人っきりって感じがするじゃん」
オレの歩幅に合わせて、ゆったり進む場地の骨ばった手に、自分の指を絡める。
「――オレは、場地しかいらないし」
沈没した夕陽の変わりに、境内の電灯がジジ……ッと鳴き、オレンジ色の光が場地の横顔を照らす。端正な面立ちをした、オレだけの狼。
……毎回毎回、くだんねぇ手紙をここまで持ってきて燃やすのは。その瞬間だけが引き出せる、オレが好きな、お前の表情があるからだよ。
オレのことが、好きで好きでしょうがないって書いてあるツラがさ。