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    shr_777

    主に万山のえろいやつを上げたい。ここに上げてるやつは全部裏垢@bakuretsu_084にも上げてます。

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    shr_777

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    出そうと思って書いてた万山バディものミステリー。雰囲気だけ気に入ってるので供養。いつか本出せたらいいな。

    「はー、最っ高……」
     ほぼ貸切状態の浴場に、わんと声が響く。肩まで浸かった湯船から熱さを可視化するように立ち上る湯気を、山崎退は目を細めて眺めていた。曇ったガラス戸の向こうでは闇の中で雪がはらはらと落ちている。
     久しぶりの非番だ。日頃、職場である警察署で怒鳴られたり殴られたり、駆けずり回ってまた殴られたりで心と体はすっかり疲弊していた。それを労るのに温泉は最適だ。都内にあるできるだけ近場であるこの旅館は、多少年季が入っていて大いに流行っているとは言い難いけれど、選んで正解だったと山崎は思った。普段食べることの無い、極上の海鮮や手間を尽くした料理は和食好きな山崎の口に合ったし、就業時間ギリギリに滑り込んだ浴場は他に人の姿が無かった。本当は意中の女性と来るのが理想なのだろうが、悲しいかな職業柄(ということにしておく)女性と良い雰囲気になる悠長な時間はない。
     何はともあれ山崎は今とても幸せだった。日頃の苦労はこのときのためにあるんだろうとすら思えた。
     浴衣に着替え敷かれた布団に寝付くまで、つかの間の休息を心ゆくまで満喫したのだった。
     
     翌朝山崎は喉の乾きを覚えて目を覚ました。障子から漏れる日はまだ薄らとしていて、スマホで時間を確認すると午前五時を過ぎたところだった。たしか突き当たりの方にスペースが出来ていて自動販売機があったはず、と山崎は羽織を引っ掛けて廊下に出る。
     早朝故に温度は上がりきっておらず、外は薄暗い。年季の入った絨毯のせいか、はたまた積もった雪のせいか廊下はやけに静かだった。
     廊下の向こうに煌々と光る目印のような蛍光灯が見える。そこを目指して廊下を進むと、向こうの角から人影が飛び出してきた。小柄な女性だ。こちらは他の客を気遣って静かに歩いているのに、相手はどうも焦っているのか忙しなくパタパタ足音を立てている。すれ違うときにチラリと盗み見ると、視線を感じたのか相手も一瞬視線を寄越して、すぐに逸らされてしまった。振り返るわけには行かなかったので足音を聞いた限りでは、山崎が泊まっている部屋の手前で曲がり、おそらくエレベーターの方向へと向かったようだった。
     自分と目が合った女性の怯えた様子に少し傷付きながらも、そればっかりは無理もないことだと己を慰めた。好き好んで知らない男と薄暗い廊下で見つめ合う女性は早々いない。防犯意識が高くて結構なのだが、山崎は全く別のところで妙な胸騒ぎを覚えた。こんな旅館で、しかも早朝に何を焦ることがあるのだろう。しかし考えすぎかもしれない。人それぞれ事情があるし、もし彼女が挙動不審だったからと言って引き止めれば必要以上にまた怯えさせてしまう。けれど彼女の表情にはなにか鬼気迫る、ただならないものを感じた。どうしたものか。
     ぼんやり考えながら目当ての場所にたどり着いたので、いくつかあるうちのひとつの自動販売機から、ミネラルウォーターを買ってキャップを捻った。喉を潤しながら彼女が出て来た方の廊下を眺める。これといって不審な何かがある訳では無い。仮に部屋で何かあったのだとしても場所がわからない。きっと杞憂だろう。そう思うことにした。仕方ない、職業病だ。
     喉が渇いたとは言え、冷たい飲み物を買ってしまったために指先はすぐに冷えてしまった。残りは部屋で飲むことにして、部屋で緑茶でも淹れようとその場を後にした。
         
     空になった湯呑みを見つめて、山崎はうーんと唸った。ひとまず部屋の温かい緑茶で落ち着いたは良いものの、やはり考えれば考えるほど先程の女性に違和感を感じる。そうは言っても少し時間の経ってしまった今、彼女を追いかけることは出来ない。部屋の場所を知っている訳でもない。二進も三進もいかないのでだんだん考えるのも無駄な気がしてきた。かくなる上は。
    「歩くか」
     まずは現場だ。廊下の奥に何があったのか確かめないことには始まらない。山崎は元来それほど仕事に真面目な男では無かった。たった今彼を突き動かすのは好奇心だ。要するにただの野次馬であった。
     再び羽織を肩にかけて廊下に出る。大して時間は経っておらず、そこはしんと静まり返ったままで、山崎はなんとなく息を詰めた。
     ついさっき歩いたところを辿るように進み、途中のエレベーターへと向かう廊下を見たがやはり誰もいない。気を取り直して例の角に目を向ける。恐る恐る廊下の端を歩き始めると、小さくパタパタ近づいてくる音が聞こえた。心臓が速まる。さっきの彼女だったら都合は良いが、怪しまれてしまうかも。しかし引き返すわけにもいかず、せめて少しでも不審に見えないよう普通に歩くことにした。音がすぐそこまで来ている。どうやって声をかけたら怪しまれないだろうか。
    「わっ」
    「えっ?」
     予想外の声に驚いた。男だ。背が高い。しかも室内で謎にサングラス。呆気に取られる山崎に、負けず劣らず驚いた顔で男は後ずさる。相手も急に現れた山崎に驚いたようだった。
    「あの、大丈夫ですか」
     奇妙な出で立ちに引きながら、山崎は思い切って声をかけた。
    「あぁ」
    「すいません。驚かせてしまって」
    「いや」
     見た目の割に慎ましい答えが返ってくる。男はじっと山崎の顔を見つめた。
    「……拙者は、大丈夫だが」
    「拙者?」
     聞いてはいけないところだったのかもしれない。男ははっとして、口を結んでしまった。
     拙者。時代錯誤な一人称だ。しかし何故か聞き覚えがあった。侍の知り合いはいないはずなのに。
     サングラス越しに目が合った、気がした。妙なサングラスだ。その上室内で掛けている。攻めたファッションのその割に、顔立ちは涼やかで鼻筋はすっと通っている。それがまた攻めたファッションを引き立てている、という具合の奇抜なのに完璧なビジュアルだ。この顔をどこかで、
    「……っ!」
     ​──河上万斉だ!
     叫ばなかった自分を褒めたい。なぜ思い出せなかったのか。日本広しと言えど、ここまで強烈で奇人な男はいない。山崎が地元の高校で三年生に上がった年に、ピカピカの制服で入学してきたこの男──河上とは、一年しか重ならなかったものの、歯向かってきた不良を川に落としたとか、拳銃を持ったヤクザと騒動になったとか、人伝に様々な恐ろしい噂や伝説を聞いたことがあった。あの河上が、なぜこんな平和な旅館にいるのだろう。いや、不良でも旅館くらいは来るのかもしれないが、ならこの状況はなんだ。
     思わずじっと見つめると、その平和な旅館とは不釣り合いなほど、河上は外の風景と比にならない白い顔をしている。山崎は胸騒ぎがした。
    「なにかあったんですか」
     山崎が声をかけると、河上は躊躇いがちに口を開いた。色のない唇から出たのは掠れた声だ。
    「すまんが、警察を呼んでくれるか」
    「え?」
    「人が死んでおる」
     
          〇

     廊下の奥にあったのは死体のある部屋だった。
     手入れの行き届いている様子は、山崎が泊まっていた部屋と変わらない。倒れている浴衣姿の男性と、畳に着いた赤黒いシミだけが異様さを醸していた。
     山崎は捜査を進めている人間の邪魔にならないよう歩み寄って手を合わせた。遺体はうつ伏せに倒れていて、後頭部には酷く殴った痕跡が残っている。ベッド付近には仕事のものと思われる書類や冊子が乱雑に置かれていて、彼が少し前まで確実に生きていたことをありありと表していた。
     被害者の名前は大戸修二。映像制作を専門としたアンセムという会社のディレクターらしい。撮影の仕事を近場で行っていて、撮影スタッフや関係者と共にこの旅館を利用していたとのことだ。
    「山崎ィ、お前非番だったんじゃねぇの」
    「そのはずだったんですけどね……」
     駆けつけた刑事の一人は、山崎が属する警視庁捜査一課の上司である土方だ。来て早々浴衣姿の山崎を見た上司は微かに同情を浮かべた。
     土方は若いながらも叩き上げの刑事として手腕を発揮している優秀な刑事だ。厳しい世界で生き抜いてきたからなのか、はたまたナチュラルボーンなのか、他人にも自分にも厳しい性格で、常に険しい表情をしている。元の男前が台無しというか、男前だからこその迫力があるのかもしれないが、一般の方々からすると相当に近寄り難い。それはそうとして課の内外からは鬼の土方との異名を取り恐れられている男でもある。山崎より年下なのにも関わらず昇進も目前だ。それだけの実力と実績があることを知っているため、多少のコンプレックスは抱きつつも、山崎は彼の部下であることには不満を覚えたことは無い。鉄拳や暴言、彼との食事のときの悪癖は全く別の話だが。
     何かと誤解されがちではあるが彼にも慈悲はある。険しい表情はいつもの事だが、やはり少し申し訳なさそうだ。
    「お前も何かと運がねぇな」
    「こればっかりはどうも」
    「まぁ起きちまったもんは仕方ねぇ。さっさと着替えてこい」
    「はいよ」
     土方は返事を聞くと、軽く頷いて直ぐに背を向けた。
     こうなると山崎も悠長にしていられない。手早く準備に取り掛かる鑑識や、その他の刑事達を縫うようにして部屋を出た。
     戻ってきた山崎は土方から、沖田と共に事情聴取をするように言いつけられた。しかし部屋を見回しても亜麻色の頭が見当たらない。土方が舌を打った。
    「おい、総悟はどこ行った。アイツまたサボりか」
    「まさかこんなときに。いいです、俺がついでに探しますんで」
    「おー、頼むわ」
     廊下へ出ると曲がり角から丁度沖田がひょっこり顔を出したところだった。手には既にジュース缶を持っている。
    「沖田さん、早々にサボりですか。勘弁してください」
    「んなわけねェだろ、うんこだうんこ。我慢しすぎると捜査に支障が出ちまう」
    「仕事熱心なことで……」
     可愛らしい顔だちの美青年から繰り出される下劣な言葉に、山崎は脱力した。ぷらぷらと揺らす缶を隠しもしないので説得力はない。とんでもない態度だが、彼もまた若いながらも山崎より遥かに実績を積んでいて、出世街道まっしぐらとの噂をされていたりいなかったりする。
     一度現場に出れば若く恵まれた身体で着々と捜査を進め、一方甘いマスクと先天的な加虐性を武器にした人心掌握にも優れている。しかしその加虐性はしばしば行き過ぎるところがあって、主に土方とのじゃれあいにおいて遺憾無く発揮される。敵でも味方でも非常にやりにくい男だ。おまけにやる気にムラがある。要は実力はあるが素行は悪い問題児なのだった。
    「関係者の方々はそれぞれの部屋で待機していただいてます。行きましょう」
    「おう」
     ジュース缶は飲みきった様で沖田は自動販売機の横のゴミ箱にヒョイと投げ入れる。きれいに弧を描いて目標に落ちる缶を見届けて、山崎は沖田と共に関係者のいる客室へ向かった。
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    shr_777

    MOURNING出そうと思って書いてた万山バディものミステリー。雰囲気だけ気に入ってるので供養。いつか本出せたらいいな。「はー、最っ高……」
     ほぼ貸切状態の浴場に、わんと声が響く。肩まで浸かった湯船から熱さを可視化するように立ち上る湯気を、山崎退は目を細めて眺めていた。曇ったガラス戸の向こうでは闇の中で雪がはらはらと落ちている。
     久しぶりの非番だ。日頃、職場である警察署で怒鳴られたり殴られたり、駆けずり回ってまた殴られたりで心と体はすっかり疲弊していた。それを労るのに温泉は最適だ。都内にあるできるだけ近場であるこの旅館は、多少年季が入っていて大いに流行っているとは言い難いけれど、選んで正解だったと山崎は思った。普段食べることの無い、極上の海鮮や手間を尽くした料理は和食好きな山崎の口に合ったし、就業時間ギリギリに滑り込んだ浴場は他に人の姿が無かった。本当は意中の女性と来るのが理想なのだろうが、悲しいかな職業柄(ということにしておく)女性と良い雰囲気になる悠長な時間はない。
     何はともあれ山崎は今とても幸せだった。日頃の苦労はこのときのためにあるんだろうとすら思えた。
     浴衣に着替え敷かれた布団に寝付くまで、つかの間の休息を心ゆくまで満喫したのだった。
     
     翌朝山崎は喉の乾きを覚えて目を覚ました。障子 4406

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